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「おっといかん」
脊髄が急ブレーキをかけた。
――これはよくない。
先回りされていた。
「あんたら困った人だなあ! その鯛はな、上物なの上物! それも今日一番の!わっかんねぇかなぁシロートにゃあさ!」
「うっせぇんだよ、知らんわそんなこと!」
だがあろうことか、相手も相手で漁師に絡まれて足止めを食らっているようだ。
状況はよく分からないが、顔を真っ赤にして怒鳴る小柄な漁師の店の商品をひっくり返したようだ。これ幸いと、水産業者らに紛れてずらかろうとしてみたものの、この場所でこんな真っ赤なスーツではさすがに無理があった。動く赤信号のようなものだ。
「あ、居たぞ! 待てこらあぁ!」
「あんたらこそ待て、鯛弁償せえドラ猫!」「うっせえ海坊主!」
競争的な競りの掛け合いに、狂騒的な罵声と騒音。
面白く聞こえるだろうか?
これは、俺達アウトロオの中では日常風景だ。
平和という言葉を知らない人間の日々が、これ。
エアコンの聞いた部屋でゆっくり読書?
それは、堅気の特権なのだ。
「逃がすかあああああ!」
人一人が辛うじて通れるくらいの狭い防波堤の上へ登る。すぐ横は海だ。
肩越しに振り返る。
――真後ろ。
「ようあんた。波乗り、やる人?」
相手は走りながら片方の眉を歪めた。
「は、はあ?」
「波乗り。サーフィン、サーフィン。ここ海だよ」
「何の話してる、ふざけんじゃねえ止まれ!」
「ふざけてなんかいないさ。ほらビッグウェーブ、ルッキン足元」
「え、うわほっ!?」
水揚げされたばかりのワカメに派手に足をとられた相手は、そのまま防波堤から海へ叩き落ちた。
「ワカメで人殺しとか出来そうだな、こりゃ」
手がヌメヌメになってしまった。後で虎目のTシャツで拭いておこう。
海に落ちた相手が浮き上がったところへタイミングよく大漁旗を翻した漁船が突っ込み、まさに言う事なし。
「っさまぁああああ!! 待てこらああああ!!」
「え? マジかよもう」
もう一人いたらしい。
虎目はどこだ。上手く隠れているといいが――
身体を半回転させ、遠心力で勢いをつける。
「よっと、失礼するぜィッ!」
咄嗟の閃きで体を宙に投げ、真横を通ったターレットトラックに繋がれた荷台へと飛び移る。
ジャッキー・チェンみたいだなと、自分で自分を褒めてやりたくなる。
セルフイメージは、文字通り自分で上げるスタイルだ。
さすがにこれは予測できなかっただろう。足を踏み外して堤防から転落し、漫画のように鼻血を吹き上げる追手を尻目に、沢山の黒鰹と共に冷蔵建屋まで運ばれていく。
「あー。つら」
しかし、なんだか今回の相手はぬるい気がする。
なんというか、今までよりはるかに鈍く、トロい。
こんなにドジだったとは思えない。みんなして風邪気味なのと違うだろうか。
違和感を感じずにはいられない。
だがこの違和感が、のちに最悪の形で現実になる。