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疫病神のムルシエラゴ  作者: 愛車 風斗
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 背もたれに思い切り背中を押し付けて、伸びをしながらカウンターを観察する。

 さっきから目の端にあった、少し分厚い冊子を手に取ってみる。

 

「へえ。なんだこれ。パワーストーンの知識だってよ」

「そう。マダムは占いもするし、こういう風水の知識も豊富なんだよ。話の引き出しは四次元ポケット並みだから、あの人」

「へえ。そういえば今思うと、ボスもゴテゴテした変なブレスレットしてたっけなぁ。金運がどうだの、魔除けがこうだのって言って風呂入る時も寝る時も取らないでやんの。どれどれ~」


 俺はパラパラッと冊子を開いてみた。

 いろいろな色や模様を持つ様々な石が載っている。それぞれに何らかの効果や謂れがあるらしく、仕事運や健康運や、自分が助けてほしい部分にあった石を探せるようになっている。まるで、お菓子のカタログみたいだ。


「んん、あれ――」


 ザワッと鳥肌が立った。

 瑪瑙という石、これの名が――


「ああこれ、オニキスだよ」

「これ、これ俺の……」


 ボスに貰った、俺の名前――


「そうだね。きっとこれからとったんだろうね。もしかしてこの石のこと、知らなかったの?」

「知らん知らん……いま初めて知った……石の名前だったなんてそんな事、思ってもみなかった」


 瑪瑙の効果は魔除け。

 かなりポピュラーな石らしい。


「うそだー」

「ほんまほんま。ほんまに知らんかった」

「ふーん。じゃあ君のボスは、君の無事を祈ってこの名前をつけたのかもね。親身というか過保護というか、なんか羨ましいねぇほんと。私なんかフリーランスの独りぼっちなんだからもう。想ってくれる先輩なんか居ないし。唯一の友達は、マダムだけ」


 タヒチはただでさえ甘そうなウインナーコーヒーにさらにシナモンシュガーをザッシザッシと振りかけながらブツブツと呟いている。




 ――ある場面が思い出される。

 俺がかつて、路頭に迷っていた時の事を。




 二十二のときだ。今から十四年前。


 俺は十八の時に就職した町工場みたいな小さなガラス屋を辞めて、三年半くらいブラブラしていた。

 クソ親父は俺が高校二年の時に自殺した。車の中で練炭。深夜。パチンコ屋の駐車場。

 お袋はそれから四か月後に過労で死んだ。

 高卒で事務員やってた妹に食わしてもらったり、親の保険金で中古の軽トラ買って便利屋の真似事したり、一日中スロット台に座って二万円を三万五千円にしたり。



 ――どうしようもない日々だった。


 ――どうしようもないのに、どうしたらいいのかわからなかった。



 次第に、どうにかしようとしてどうにもしない自分が心地よくなって、だるんだるんに弛んだ魂に二度と火が点かないような気がして、焦りも羞恥心も無くなっていた。


 湿気った煙草のように、もう何者でもなかった。




 冬だった。

 俺はその日、全く無気力になって、着替えも歯磨きもせずに百円だけ握り締めて自販機で微糖のコーヒー買って、街灯やときどき通るタクシーや、コートを着て早歩きするサラリーマンを眺めてぼうっとしていた。


 表情もなく。


 ただ定期的に呼吸と、瞬きと、珈琲を舐める動作だけして。


 当時、よくそうやっていた。

 寒さに対する反応さえ面倒で、薄着でタバコを吹かしてコーヒーを啜り、何かの妖怪のように街灯の明かりの下から道行く人や車をドロリとした目で眺めては愚痴とも呪いともとれぬ言葉を頭の中で捏ねては伸ばし、千切っては投げ。


 放屁した。

 何も起きない。

 何もないのが、一番面倒くさかった。


 いきなり後ろから声をかけられた。

 そこにいたのが、ボスだった。


 今とは違って当時はまだ景気も良く、構成員もたくさん抱えていた。

 黒塗りセンチュリーの後部座席から呼びかけるその男を見て、俺はなぜか、久しぶりに自分の〝本当の父親〟に会ったような、そんな気持ちになった。

 初対面なのに、肉親が迎えに来たような不思議な包容感を纏っていた。

 向こうも俺が何かワケありの寂しい人間だというのを裏社会の住人特有の凄まじく鋭敏な嗅覚で嗅ぎとった。


 この世界の人間には、みんな共通するにおいがある。


 ヤクザ。風俗嬢。呼び子。ホスト。キャバ嬢。売人。族。始末屋。的屋。闇金。


 みんなみんな、社会の裏面で黒く、粘っこく、そして時に光を放って生きている。


 そんなスパイシーな人種のエキゾチックな匂い。


 五分もしないうちに車に乗せてもらい、翌日には裏社会の仲間入りを果たした。

 妹には新しい仕事と言ったが、雰囲気や服装ですぐにバレた。


 女に男の嘘が通用した試しがない。


 もしあるとすれば、それは相手が馬鹿なだけだ。馬鹿だから、嘘そのものが嘘だと思って、自分を守ってくれようとしていると信じたいだけだ。貝より脳味噌の小さいただの石っころだ。


 真っ赤なジャケットなんて着る仕事、そうないもんな。


 身寄り無しでどうしようもない俺を可愛がってくれたボスのために、俺はなんでもやった。

 ボスは俺を一番かわいがってくれた。

 それを面白く思わない他の構成員から嫉妬をされ、顰蹙を買い、嫌がらせをされたりもしたが、それでも俺は忠実に組織の為に働いた。


 現に最後の最後まで組織に残ったのも、この俺じゃないか。

 そう思うと、本当に、本当に悔しくなってくる……。




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