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奴が机に頬杖をついて、こちらを眺めてくる。
「……なに。じろじろ見るなよ」
「ねえいまどんな気分?」
……またどんな気分? だってよ。
「なにがだよお。まったくめんどくせえ。俺はてめえの恋人かなんかかよ」
「面白いでしょ、あの人」
「……面白いったって……いや、まあ、なんというか……でかい声では言えないけど、なんで一人でこんな店始めようと思ったんだろうな、と思ったよ」
「私と同じ理由よ」
「なんなんだ? その理由って」
「あの人もそうだし私もそうだけど、ざっくばらんに言うと人の心を助けてあげたいっていう気持ちがあるかな。善意ってやつ。人のためになりたいっていう心」
「いや、そりゃあおまえ、誰だって人に頼られたら嬉しいだろうけどさ。だからってそれをそのまま自分の生き様として形にできるのはすごい事なんだぜ? なかなか誰にでもできることじゃない。たいそうな事だよ」
奴は噴き出した。
「君がこんな知的な事を言うのも、すごい事だね」
「や、やかましいわ! でもおまえ……なんでおまえみたいなチャラチャラした女が、人の心を助けたいなんて殊勝な事を思えるんだ? まだ若いから世の中の酸いも甘いもわからん年頃だろう……あ、もしや! 親兄弟に死なれたか。それか恋人に死なれたか」
「何を邪推してんの。そんなこと、世の中をしっかり観察してたら、ある程度鋭い人であればみんな同じ事を思うんじゃないかな」
「……あっそう。なんか説教された気分」
「でも根本的にあるのは人間性かな。うん」
「ってーと、どういう事だ?」
「趣味だよ趣味。それだけ。そういう行為が好きなだけ」
「な~んかしっくりこねえ説明だよな~。軽くあしらわれてる気分だわ」
「またまたぁ」
その時、奥の方から「瑪瑙さーん。辛いもの平気ぃ?」とマダムの声。
ちらとタヒチの目を見て「大丈夫っすよ」と応える。
一瞬、間があった。
「――ねえ。君はこの先、一体どうなりたいの?」
「……なに? なんだって?」
「仕事を進めるうえで、一応ヒアリングしておきたくてさ。今後、自分がどうなっていきたいのか、現段階での展望を聞いておきたいの。漠然としていていいし、ざっくりでもいい。ぼんやりとしたイメージやニュアンスでも構わない」
「………………うぅ~ん」
俺って、どうなりたいんだろうね。
あれは嫌、これは嫌、ならすぐ思いつくけど、なにがいい? どうなりたい?って聞かれるとすぐ出てこないよな。
「……難しい質問だったかな」
「あぁ、意外と難しい。ちょっとすぐには思いつかんわ」
「実は私も……同じ事聞かれたら、答えられないんだ」
「へえ」
急にセンチになりやがって。
なんなんだ。共感してほしいのか。
「私自身も、自分の本当になりたい姿とか聞かれても、案外とすぐに答えは出ないよ」
「あっそう。まあしいて言うなら、どうなりたいっていうよりか、どうなるんだろうか、って思うがな。今は余計に」
やっとコーヒーを頂く。
びっくりするくらい美味かった。
缶コーヒーみたいに水で薄めたようなシャバさがなく、しっかりと味の根が張っている。
あのマダム、どうやら店を構える珈琲屋の主としての腕は確かなようだ。
「そうだね。そういうもんだよね。正しくはどうなるのか、よりもどうすべきかって考えなきゃいけないんだけど、どうなるのかなんて、最終的には人間にはどうしようもないからね。結局何をどれだけやっても最後は天命を待つ、しかないんだもんね~。ある意味平等で、ある意味不公平で、だけど、それに揉まれて生きるしかできないんだもんな~。人生ほど不条理なものはないよ、この宇宙で」
「今度はいきなり理屈っぽくなって。今更キャラ変えようなんて読みづらいぞ」
初めてこいつと、ちゃんとした世間話をしたような気がする。
「いや、ここは事実だからさ。三十六年も生きてれば経験値は私より高いだろうから、そこは認めるし、そこは私もちゃんと尊重する。筋は通すから。私だって。知識だけで追いつける部分にはどうしても限界があるからね。むしろ、知識より経験の方が価値は重いくらいだから」
「へッ。やっと年上を敬うことに気付いたか。そーかそーか。まあお前ら餓鬼は先人の苦労をよぉく見てそこから学ぶこった。人の振り見て我が振りを直して、人を敬い魂を磨いて生きるこった。みんなみんな、そうやって歳を重ねてきてんだ」
「でも、こっちとしても教材を選ぶ自由くらいはあるから」
「けっ! ぜってー水を差すよなおまえって! もういいわ。せっかくマトモなこと言ったと思ったのによ、くそったれぃ」




