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「いらっしゃいタヒチちゃん。今日もスーツ素敵。……あらぁ、お友達かしら?」
声も体型も太いくせに仕草や口調はタヒチよりしなやか……なんだこの人物は……。
「うん、曲がり角でごっつんこしてお友達になった人」
「やだ。青春じゃないのよぉちょっと、羨ましい~。アタシもこんなダンディさんと、そーいう風に運命的な出会いしてみたい時期だったのよぉ~」
「…………」
俺はいろいろ言い訳したかったが、とにかく目の前のスゴさにおされて口が開けない。
凄み、っていうのか、こういうの。貫禄っていうのかな。
俺はタヒチに勧められたものを頼む事にした。
「ウインナーコーヒー砂糖たっぷりと、カフェモカ微糖で一つね」
「はい。お待ちあそばせ~」
俺はカウンターに腰かけて、おしぼりでやたら掌をゴシゴシとしながら小声で問う。
「なに、あれ。なんかデコトラみたいなの居たな」
「なにあれって、ママのマダム・カフェモカだよ」
「どっからどう見たらママなんだよ」
「人柄だよ人柄。だけどあの人ね、バツ一で息子さんがいるんだよ」
「嘘だろおい。あの……あの見た目でパパァ?」
「あれが素の姿でも、人前では普通の仮面を被ってる人なんてたくさんさ。見た目や、元々の性別がどうかなんて関係ない。というか、むしろほとんど全員が人前では仮面を被ってる。一歩自分の気の許せる場所に行けば誰がどんな素性かわからんでしょ?」
「ま、まあそうだけどさ……いやぁ驚いた……おまえここの馴染みなのか?」
「結構ね。小さい時から良き相談相手だよ」
「おまえみたいなアホでも相談なんかするんか」
「人間だからね。本で勉強するのもいいんだけど、やっぱり生身の声と言葉でないと学べないものも多いから。私はここで人生の大切な事をたくさん学んだ気がする。なんなら、学校よりもここに毎週通ったほうが得るものが多いんじゃないかってくらい」
「なあ、もしやお前って学生?」
「そうだよ」
「なんだそうだったのか……ちっ。やっと身元が分かった」
「人生という学校の学生。一応、落ちこぼれの底辺ゴリゴリだけど、君も学生ってことになるね」
「もうおまえ本当に嫌い。あと、お前なんかあのビッグマミィーに洗脳されてる気があるから気を付けろよ」
「余計なお世話ですぅー」
「はぁいお待たせあそばせ」
猫の絵が描かれた結構大きなサイズのカップが着地。
こちらに来ていた事にまったく気づかなかった。大柄なのに足音がしない。
同じ業界の人間の匂いが一瞬、した気がするが、まさかこんな格好や趣向の人物に限ってそれはないわな……。
「あ、ども」
ほう。なかなか美味しそうじゃないか。
「ごゆっくり召し上がれ。そっれにしてもタヒチちゃん、ナイスよ、ナ・イ・ス」
「……ん?」
「この人。結構いい男じゃないのよぉ。ほんとダンディー」
やめろ、そういうのお呼びじゃねえんだよ。悪霊退散。
「タヒチちゃんは可愛らしいけど、あなたは大人の魅力があっていいわ。ねえダンディーさん。名前はなんていうのかしら?」
「へえ、自分の事は瑪瑙って呼んで頂ければええですわ」
「瑪瑙さんね。貴方はきっと何か今、悩んでるでしょ?」
「……ええ、まあ」
会ってそうそう何だ。俺は身構えた。
霊感商法の勧誘も、最初はこんなんだ。
「詳細は言いたくなるまで言わなくてもいいけど。一応あたしから言わせて。どうせ悩むんなら、限界まで悩んでみてごらんなさい。そっちの方が、後々いい方に流れるから」
「へえ、ありがとござっす」
何いってんだこいつ。
「それよりあなた、お腹すいてない?」
「あ、すいてます。何か安くて腹持ちいいもの無いすかね」
「えっとねえ、いちおうこれがメニューだけど、新しく来てくれた人には絶対に食べてほしいのがあるの。ほら、ここ」
「て……天津飯、すか?」
どう考えても似合ってないだろう、こんな喫茶に天津飯なんて。
コンセプトが地方のラブホテル並みに和洋折衷に失敗して支離滅裂だぜ。
「そう。あたしのオススメだから。いかが?」
「あー、じゃあそれ一つ」「私はナポリタン!」
「はい、ご注文承りました。ちょっとお待ちあそばせ~」
マダム・カフェモカは奥へ行ってしまった。
なんだよあそばせって。
あの人が一人で切り盛りしているようだが、たいして広くないスペースで、あの巨体で調理となるとまぁまぁ辛いだろう。バイトも居そうにないし。




