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ドアを開けると、そこにいた。
「本当に来るなよ気色わるい。だいたいなんかのブランドモノの香水使ってるだろおまえ、臭くて気持ち悪いんだよ本当に。水商売の女かよ」
「おはよう。残念ながらこの匂いの元は香水じゃなくてトリートメントの方だよ。似合ってるでしょ? この香り」
ふわりと笑う。
この女、八重歯だったのか。
「どうでもいいわんなことぁ。てめえの髪の毛の事なんか。ハゲろ。隣のタク坊みたいにハゲてまえ」
「タク坊ってなに?」
「坊さんみたいなタクシー運転手のおやじ。隣に住んどる近所迷惑じじいや」
「へー。仲いいの?」
「阿保か。まったくや。それで、今日は何をするんじゃ」
「昨日言ったじゃん。掃除だってば、掃除」
「っけ」
家の中にすいすいと上がってきて、ゴミ袋の束をどさっと下ろす。
「おいこら……おい!」
「はい?」
「昨日いったろ。妹は病人。病人! 負担がかからんように最大限の配慮をしろよ。でないとおまえを丸刈りにしてあのフェラーリもろとも港で沈めたるからなこんちくしょ。容易い事だよ俺にしてみりゃあよ」
「あれランボルギーニなんですけどー」
「知るか! どっちも一緒やろ。車体が物語っとるわ。薄っぺらのペラペラ、やかましいだけの下品な粗大ゴミじゃ」
「わかった、わかったから。さーて、と。じゃあデカブツからいきますか。粗大ゴミなんでしょ? それ」
それからはもう大騒ぎ。
「そのコートは高かったんやぞ。クリーニングすればええだけやろ。何で捨てなきゃいかんのや、納得がいかん!」
「ほら見て。こんなに黴だらけ。黴を生やす時点で大事になんてしてない証拠でしょ。だからあなたの人生にも黴が生えてるんじゃんか」
「てんめえ、性根の腐り具合が半端でないな! こら! 小娘! 謝らんかい先に!」
「後でまとめて謝るからさ。おっと、この仏像はなんだろ?」
「ボスのドバイ旅行土産じゃ。夢を叶えるゾウやわ、触れるな。縁起の悪い奴が触ったらゲン担ぎが出来なくなるわ。しっ! しっ! 悪霊退散! はっ!」
「あなたに夢も何もないでしょうが。はいこれ燃えるゴミね、袋入れて、さあ」
「おまえ、バチ当たりにも程があるだろ。仏像だぞこれ、鬼か! 返せよ馬鹿たれ!」
「君の人生は元からバチが当たってるようなもんだから今更どうって事ないでしょう。それにガネーシャはインドの神様だから、日本人が思ってるような供養や信仰の仕方と手順が違うんだよ。それにこれは粘土製の置物だから安物だね。おっと、これなに」
「わかったようなフリして、調子こくな。何も知らねークセに。その服はジムに行く時のセットアップじゃ。ブランドやぞこれ。こんなものも知らないだろお前みたいな若造は」
「ゴミね。ガラ悪すぎでしょこれ。身体より先にアタマ鍛えた方がいいんじゃない」
「だまれ。ボケ。返せ。あとその皿はあかん、阿芸兎のボスから付き合いで貰った高級な」
「安モンだねこれも」
「高級品やっつっとるやろボケナス! んだらこの野郎!」
「ほら。ちゃんとしっかり吟味しようよ、なんでもホイホイ貰ってないでさァ。百円ショップの値札に似せたシールを貼るブランドなんてないでしょ。君こそ何も知らないでしょ。ふっふふっふふーっと。これは何かな~」
「そ、それは兄弟の盃……ばんこ焼や」
「ゴミね。ワレモノの袋入れて。あとこの変な機械の部品みたいなのはなに?」
「それは思い出の品や。俺が高校の時、族の間で交換しあった単車の」
「ゴミじゃんかこれ。ゴミでしょどう見てもコレェ」
「流行ってたんだよ当時は。今もネットオークションに出したら高いかもしれんから、置いといてくれんか。旧車が好きな人間ってのは今も一定数おるんや。これはホンマの話や。誓ってもいい、嘘やないぞ、これだけは」
「だめだめだめ。キリがないから。これは?」
「あ、俺が中学で柔道部だった時の柔道着! あ、黒帯だぞほら! 見ろよこれ、努力して黒帯取ったんだぞ!」
「はいゴミ~みんなゴミ~」
「さすがにこれはあかん! これも思い出や、数少ない良い思い出!」
「じゃあねえ、黒帯だけ許してあげる。いつでも首を吊れるように」
「どアホのボケがぁぁぁぁぁぁぁぁ! 縁起でもねえこと言うなっこのぉぉぉぉぉぉぉお!」
「はやく新しいゴミ袋だしてよほら。窓も開けて。ホコリがすごい舞ってるのわからない? あー、私こそ終わったら服クリーニングに出さないといけないレベル。ほんっと頭悪い人って気もきかないんだからもう。腰も痛いし、女子なのになんでこんな事やってんだろ私……」
「ずっとえらっそうに指示しやがって。覚えとけよボンボン。妹の前だからこの程度やけど二人きりやったらお前みたいな小娘は簡単に捩じり潰したるからな、青二才が。若いし堅気の女やからって甘く見てやってたけどもうそろそろお釈迦様のようにはしてやれねーぞ」
「まぁそう言ったところで君はたぶん三日後には忘れてるでしょうけど、この大量のミニカーは何かな。コレクションなのかな。おもちゃ王国でも作るのかな」
「おう。そうやコレクションや。俺が餓鬼の頃うんと大事にしてたんだよ。少ねえ小遣いで一台ずつ一台ずつ集めて、当時は綺麗に布で拭いて机の上に飾っとったんだわ。貧乏な家でもミニカーくらいは買えたんだよ。俺の青春や。これがなにか問題あるんかい」
ここで、変な間があった。
奴の目が少し、鋭くなったような気がした。
「……君の実家も、貧乏だったの?」
――君の実家〝も〟。
「あぁ、貧乏だったぜ。クソ貧乏だ。親父はパチンコ中毒のゴミ野郎でお袋が近所の製麺工場でパートして俺らを食わせてくれたけど、それも親父がみーんなもぎ取ってくもんだから、いつもいつまでもカツカツ地獄さ。中学生になっても自転車も買ってもらえない有様だったぜ。情けねえ話だろ笑えよ」
「……なるほど。いいサンプルがとれたなこれは」
「はい? なんだって?」
「何でもない。とにかく、そのダサいミニカーも、全部捨てよ。嫌な思い出も思い出しちゃってるじゃん。悪い記憶のきっかけになってるんだから、捨てちゃおうよ」
「アホか、さすがにこれは捨てたくない。これだけは他の物より愛着があるんや」
「だいたい君、なんでこれだけミニカー持っていながら私の車がわからなかったの?」
「俺には昔の車しかわからん。今の車は好きじゃない。117クーペとかZとかエスハチとか……そういうのがええんや。おまえの乗ってるのなんかどう見ても成金車やないか。チャラチャラしていて、車としての根本の哲学がない。要するに極端すぎて基本がなってないんや。普及してないのもそのせいや。嫌いやあんなの」
「あーあ。生き方が偏屈だと価値観まで偏屈なんだなぁ。はい、捨てるよ。きっぱりしなよ大人なんだからさぁ~モテないぞ~粘着質~ガムテープおやじ~」
「あかん!」
「いいから!」
「あかんってーのこれは!」
「やめてください」
隣の部屋に避難していた妹が、いつの間にかそこにいた。
「妹さん。どうしてそんなに、拘るんですか?」
妹の態度に、奴は驚いているようだった。
「私からもお願いです。そのミニカーコレクションだけは、兄が当時、本当に大切にしてたものですから、それだけは、とっておいてやってください」
「おまえ……」
俺は瞳孔が広がっていくのを感じた。理解してくれている、それが、その実感がとにかく嬉しかった。
「……わかりました。じゃあ、このミニカーは残しましょう。で、こっちのプラモデ」「それもダメ!」




