22
***********************
「あぁだめだ。くそ、どこで何やってんだよあのデブ……ったくチクショーめ」
虎目が電話に出ない。
どうせどこかの高架下で泣いてる。傍らには空になったコーラの二リットルボトルと、マクドナルドのビックマックセットの残骸が転がって。
「………………あ~…………」
不思議なもので、あんなダメで馬鹿デカイだけの舎弟でもいなくなるとなんだか、なんだか……心配というか、気掛かりというか……落ち着かないもんだ。
「おはよう」
「あぁ、おはよう」
妹が普段着で部屋から出てきた。
「おまえ、何その服? 外行くのか?」
病気になってからというもの、部屋着以外の服に袖を通していないというのに。
よそ行きの格好をしているのは久しぶりだ。
「うんん。さすがに女の子の前でパジャマのままなんてかっこ悪いでしょ。大人の女性として。建前だけど」
ふふっと漏らす含み笑いに、お袋の面影が重なる。
「そうか。そういう事が出来るくらい余裕があるんなら、俺は安心だわ」
「うまくやれそう? あ、朝ご飯食べた?」
「朝飯はもう食ったけど。うまくって何が?」
思い出したくもない。
このとき、下腹部にキーンとした痛みが走ったのをよく覚えている。
「あの子と」
まだ、子供の面倒を見ていかなければいけないという現実を、受け入れられていなかった。
否、受け入れたくなかったんだ。
「うまくやるったっておまえ、やるしかねえんだから。ただの託児所とかとはワケが違う、ボスの隠し子だ。やるもやらないもない。やるしかないんだって、一者択一なんだよ」
「そっかそっか。ごめんね変なこと聞いて」
妹はよくわからない返事をして、冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、器にシリアルを入れて牛乳を注ぐと椅子に座った。
足取りはだいぶしっかりしていそうだ。このまま治るといいな、そう思ったらまた疲れる。
――どうして、いつから、希望を持つ方が、何も希望が無いより疲れるようになったんだろう。
――どうして、今より良くなった現実を想像すればするほど、辛くなるようになったんだろう。
「ええよ。それにしてもあの子、なんか妙に大人びた事ばかり言うんだよ」
「たとえばどういう事?」
シリアルをザクザクと咀嚼しながら眉を上げる。
「なんだか俺のこと馬鹿にしてるような感じだな。ヤクザのくせにウジウジしてるだの、質問した事には何でも答えろだの、あんぱん冷蔵庫に入れるなだの……いくらボスの子供とは言え、俺はあの子とそんなに密に関わってないんだぞ。そんなに親しくもないのに、偉そうにも程があるっての……」
「子供相手に何をそんなムキになってんだか」
妹は目を緩いアーチ型にして笑った。可愛らしい笑顔。
「だからこそだよ。餓鬼だからこそムカつくんだろうが。ったく。咄嗟に何か考えて、うまい事あの子を預からずに済む方法を考えりゃよかった。ちくしょー。喉まで乾いてきやがって、やってらんねーなー」
冷蔵庫を開ける。
あぁ。食べ物がたくさん入っているっていうのは、どうしてこうもイライラした心を癒してくれるんだろうか。
所詮は人間も動物ってわけだな。原始的な事に安らぎを感じようとしている自分に、自分で情けなくなってくるな。
「でもさ、あの子は隠し子なんでしょ? いろいろ大変な状況なら、きっとボスの人とその彼女さんと居たってつらい思いをしただろうし、場合によっては一番教育によくないところを見ちゃってたかもしれない。って考えてみると、やっぱりウチで預かってあげて正解だったんだって。あの子も一人の人間であって、一つの命なんだからお荷物扱いしちゃかわいそうでしょ」
「もう、そこは……もう考えたくない。あと、俺は決してお荷物扱いなんてしてないからな。そこは勘違いしてくれるなよ」
「でもさっきの言い方からすると厄介者扱いしてるのは丸見えだった」
「そんなこと知らんぜ。悩みを増やすな……あ、よっこいしょ。お前チーズ食うか」
「私はいらない」
「じゃ、俺食うわ。いいよな?」
「うん」
「これと蒲鉾と……よしよし。なんだ、なに見てる」
「なんだか、お兄ちゃんも、まだまだ子供っぽいよね、と思ってさ」
「はあ? 兄に向ってまだ子供って。おまえは親戚のおばさんか何かか? せめて若く見えるとか、そういうのにしとけ気持ち悪い」
「何いってんの。捉え方の悪い人。あ、もしかしたらお兄ちゃんまだ子供だから、あの子と対等に付き合えるんじゃない?」
「よいしょっと。対等って、どこがだ。俺は仮にも現時点であの子の保護者だぞ。善良ではないかもしれねえけどさあ」
「本気でちゃんとぶつかろうとしているのが見ていてわかる。そこが良い意味でも悪い意味でも子供。純粋。素直。お兄ちゃんらしい長所だから安心して。むしろ自信もっていいところだと思う。文句は多いけど、でもなんだかんだ何事もコツコツひたむきにやるし、マメだし、家事もできるし、面倒見もいい。それって社会に出ている男の人として最高の長所だと思うよ」
「ふん。どうでもいいわそんなことぁ。俺は死んだクソおやじみたいになりたくねぇだけだ。努力じゃねえ、むしろ逃避だよ逃避。バッドサンプルがあれば、それをバネにして男は走れるんだわ。男ってのは放っておくと不思議と、不気味なくらい父親のそっくり生き写しになっていくんだよ。それを避けたいだけの話だ。大したことじゃない」
――インターホンが鳴った。




