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「けっ。どいつもこいつも。ろくでもねえ」
吸殻をアスファルトに叩きつける。
革靴の踵で踏みにじる。
……今の俺みたい。
「へっ。クソ。雨まで降りそうじゃねえか。縁起悪ぃな」
妙にどっちつかずの心境が我ながら気持ち悪い。
自分はあの女に頼りたいのか、それとも一刻も早く消え去ってほしいのか、わからなくなっていた。
それはプライドが許さない事でもあったし、また同時に自分自身がそこまで弱っているというなによりの証拠として目の前にまざまざと突き付けられていた。
それが火傷のように心に痛みを生む。
燻って消えかけて、か細い煙を上げる吸殻。
満身創痍のそれを、ただただ、じっと眺めていた。
「こんなにたくさん、なんだか逆に申し訳なくなっちゃう」
外で三本ほどタバコを吸ってから部屋に上がると、妹とカナコちゃんはさっそく夕食をとっていた。
この二人、すっかり馴染んでしまっている。まるで本当の親子に見える。
女同士ってのは、男の三倍くらい仲良しになるのが早いんだ。おまけに初対面でも男の三十倍くらいよく喋るときた。打ち解けるのに間があるはずがない。
なにより妹もこの性格だ、母性が刺激されたのかもしれない。
「あのさ。二人とも、ちょっと話聞いてくれるか」
「……なに?」
俺は団らんにメスを入れ、声をずんと潜めた。
「――ここから逃げようと思う――」
それを聞いて、二人は箸を持ったまま固まった。
「なんで、どうして? 何から? 今日? みんなで?」
……というわけでもなく、特になんとも思わないといった感じだった。ただ、気になる、そんな感じ。
その方が、拍子抜けだった。
先に口を開いたのはカナコちゃん。
質問の機銃掃射。
本当のところ、なんで? も、どうして? も禁句、そう言いたかったが子供相手に別の意味で通用しないのはわかりきっている。
「さっきのお姉ちゃんね、ちょっと危ない人かもしれないんだ。俺はカナコちゃんと、このお姉さんの事が心配だから、守ってあげる。おじちゃんのいう事、聞いてくれるかな」
自分で言いながら、おじちゃんか……、そこが引っ掛かって頭皮が痒い。
いやだね。
おじちゃんって……さ。
「いやだ!」
「あ!? なんでやねん」
カナコちゃんは首を横に振った。
何がだめなのだ。
「だって、タヒチお姉ちゃん、おじさんの事たすけてあげなきゃって言ってたもん」
「いつ、どこでそんな立派なことほざいた」
「さっき、学校から帰ってくる車の中で」
ああそうだ、あいつが小学校まで迎えに行ったんだった。
さぞかし注目を浴びたろうな、あんなハリウッドスター御用達のチャラチャラした草履みたいな形の車で行きやがってからに。
「たすけてあげなきゃって? それホンマか? ほかに何か言ってた?」
「うん。あのおじちゃん、すごく惜しい人だから、気付かせてあげなきゃいけないんだってさ。その為に、わたしみたいな子供の力が必要とか言ってた。よくわからなかったけどさ」
「…………」
子供を利用する計画があるのか!
あの小娘。腹の中はどんだけ腐っているんだ!
ますます許せないぞ!
「わたしね、タヒチお姉ちゃんにね、頼まれたの」
「なにを?」
「これね、本当は言っちゃダメかもしれないんだけどね」
「教えて、教えて。内緒にするから。なに頼まれた?」
「んっとね…………」
「うん、うん」
「……ん~……」
「………………………………………………はやく」
「やっぱりや~めぴっぴ~のかれぴほしい~♪」
合掌。
「ああああ!? そこまで引っ張っといてやめるのかよおおおお!!」
「うるさい!」
「はむっ!? いま、うるさいっつった?」
「あとおじさん息がタバコ臭い。お父さんみたいでヤーダー!」
「えぬぅあんな……もっくぁぁんの…………? ちょ、なにこの子……?」
カナコちゃんは俯いて目も合わせてくれなくなった。
「ったく……餓鬼ってのはこれだから嫌いだぜい。あーもう」「ねえ」
妹が俺の腕を掴んだ。
「なにさ」
「私も正直驚いてるんだけど、でも逃げる必要はないんじゃないかって思う」
「なんでそう思うのさ。ええ?」
「だって、もし本当に危ない人なら、あんなすごい音のする車で行動するわけないでしょ。それに、ドアの隙間から見えたけど、あれってスーパーカーだよね? 派手過ぎる。おかしい。あなたの世界の人間が乗る車じゃない」
「いやいや。その見立ては甘いよ。車ごとき、金さえあればどんだけでも見繕える。人の持ち物に騙されんなって前から言ってんだろーが。特に男は持ち物では見栄を張りたがる。メンツを気にする奴はベンツに乗る。そういう世界に住んでんだからそれが常識なんだよ。朝起きたらおはようございますだろ? アウトロオの世界では朝起きたら今日も無事に目が覚めてありがとうって先祖に感謝するところから始まる。住む水が違うんだ、凡人とはよぉ」
「そうじゃなくて。その論点が脱線し過ぎるところ治らないのお兄ちゃん」
「いや聞こうよ。俺のトークこれでもけっこう筋通ってんだよ? 聴こうよ」
「だからそういう事が聞きたいんじゃなくて、あんなどこにいても目立つ車と服装で行動する裏社会の人間はいないって言いたいの。そうでしょ? あからさまに足がつくような事をすると思う? それに、この子だってちゃんと迎えに行ってくれた。学校の生徒の保護者も何人もあの女の人の顔を見たと思うよ。明日も会うことになってるんなら、とりあえずまた顔合わせをしてから判断しても遅くはないと思う。だから今日は、もうゆっくりして。お願い。私の方こそお兄ちゃんが心配だから。これ以上の負担は、かけたくない」
俺は後頭部をガリガリと掻く。ヘアワックスが手にべっとりとついた。
「……女にそこまで言われたら、まぁ……従うしかねえなあ……」
まだ腹の虫が収まりきらないながら、どっかと胡坐をかいて、溜息をつきながら、奴が買ったカップラーメンに湯を注いだ。




