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「おい、なぜ家の中に入る必要があった。何を企んどるんじゃおのれは」
「まあいいいじゃんか」
俺は外に出て、スラックスのポケットに拳を突っ込んで駐車場へ向かいつつタヒチに苦情を申し出る。
「おら、乗れ」
「土禁?」
「いや違う。でもあの家はもう出禁だからな」
顔面を指差してびしゃりと告げる。
「あらま」
俺のムーヴの中でも、奴は飄々としていた。
「ところでまだ質問の答えをもらってないんだが。なんで家の中まで入ってきたんだ、お前は」
「あぁ。まず生活環境を見させてもらったの。狭いわりに物が多いよね。あれマジ、サイ~アク」
「ああ? 自分よ、いきなり上がり込んでおいた上でダメ出しとはいい度胸してるよなぁほんと。それに病人がいるってのにつつくなんてどこまで厚かましいんだてめえはよ、ああ?」
俺は信号で車が止まると、奴を思い切り睨みつけた。
でもなんだか、ふざけて言っている感じは、その時はしなかった。
「病気の妹さんを心配しているなんて善良で兄妹愛の強い兄を売ってるわりに、なんだか基本がダメだと思ってさ~」
「基本? なんだてめえ、ここまできて説教垂れるのか。自分がどんな事を言っているんか、分かってんのか?」
「人生は中身から。肉体はしょせん借りもの、生きているのは魂。中身を変えるには肉体を置く環境を変える事が何より先決! というわけで、明日さっそく家の大掃除をしてね。拒否権はなし、付き添いはあり」
「はあああ? なんでそんなに一方的に指図されなきゃなんねーんだよ。おかしいだろ、お詫びするって言ってるのと、辻褄が合ってねーぞ!」
「おかしくないです~」
「いやおかしいわ。それに置いてあるもの全部理由があって置いてんだよ。馬鹿か察しろ、まったく」
「どんな理由?」
信号が変わり、車を発進させる。
「どんなってあのな、例えば俺が手柄を上げた時の祝いの盃とか、ボスから貰った物や西野殺人塾が出してる組新聞の過去分や、他に同業者や昔の仲間から貰った大事なものがたっぷりあんの」
右折しつつ、俺はちゃんと説明をする。
しかし「それ、結局自分のエゴだよね?」という、さも分かり切ったようなコメントが鳥の糞みたいにフロントガラスにこびりつく。
「うるせーよ! 俺の物なんだからどうしようと俺の自由だろうが! そこまで言うとおまえ、プライバシー侵害で訴えてやっからなぁ!」
「あぁもう残~念。お尋ね者の君に今は何の手出しも出来ないの~。そのうえ妹さんと、挙句になんだかわからない子供まで抱え込んで、後にも引けない。そこまで追い込まれてもまだ悪あがきするつもりかな~?」
「だから、嫌味を言うのはやめろっての分からんかおのれは」
俺は乱暴に車を加速させる。
「だから、嫌味じゃなくて事実だよ。事実! あのねえ……偶然とかそんなんじゃなくて、現状って絶対にぜんぶ必然なの。ここまで重たい人生にもなって気付かないって逆にすごいと思うよ。頭悪すぎ」
「…………あーもう、捨てろって言いたいんだな? そこを飲み込んだら話は先に進むか?」
ハンドルを両手の平手でドンと叩いてなんとか怒りを抑える。
「そう。物を捨てるのと同時に過去の自分も捨てて。お願いだから。スッキリしようよ。この、精神的な部分が実はすっごく大事。運気っていうのは気分の事だから」
「はいよ。もうわかったよ。お、ついたついた」
ここで、近所のコンビニへ到着。
さっきダメになった肉まんとコーヒー、俺にはつまみ類に酒、カップ麺。
それとカナコちゃんや妹のためと言い、サラダや菓子パン、ゼリー類をどっさり、なんと六千円分も買ってくれた。
「二十四番を二箱」「あ、タバコはだめ」
「……聞いたか。タバコはいらねえ。あと割り箸もいらん。レシートもいらん」
おごりは正直うれしかったが、気分を持ち上げて美味いことコントロールしようとしているのかと勘繰る気持ちももちろんあった。
裏社会ではこういう恩を売る行為は面倒臭い後腐れをすることが日常茶飯事、へいへいと何でも受け入れていたら中毒を起こす。美酒に酔ったら寝首をかかれるのだ。
受け身ではやっていけない世界だ。
あー世知辛い。
「なあ、タヒチとやらよォ」
「なあに?」
ニコニコとした顔が、前髪の隙間から覗いて俺を見上げる。
――どこにでもいる、年頃の娘といった感じ。
いや、むしろ、そこら辺の同世代の娘よりはるかに美形な方だと個人的に感じる。
そして所作はとてもナチュラルだ。
本当なんなんだコイツは――
「俺……小さい餓鬼の世話とかしたことないんだけど、明日から、いや今晩から一体、どうすりゃいいんや? なんかアドバイスしろよ俺に」
「どうすりゃって、相手に任せりゃいいんじゃない?」
タヒチは、少し溶けてほどよい柔らかさになった雪見だいふくを、緑色のフォークみたいなので突き刺してもちを伸ばしながら軽く返してきた。
「……いや任せるたって、任せてやれるもんかい。まだ子供なのに自活能力もないだろうが。生活の事なんて考える歳でもねえし、もうちょっとまともなアドバイスくんねえかな」
俺は運転席の窓に肘を持たれ掛け、額に手を当てる。
知恵熱だろうか。とても体温が高く感じる。
「子供だからこそ、放任するのがいいのよ」
「馬鹿、それじゃネグレクトだろ。これ以上俺を貶めようとするな」
「お、自分がダメな奴っていい加減気が付いた?」
「……お前な、そろそろ本気で怒るぞ。若いからって容赦せんからな。普通に傷つくわ。お友達気分なのはわかったから、最低限の礼儀はわきまえろ、そろそろ」
すると、タヒチはもう一個の雪見だいふくに、緑色のフォークを勢いよく突き刺した。
「そう!」
「……は? ……なに、いきなり。こわいんだけど」
「ほら、ここ。人は自分で薄々わかっていることや、言われると予感している事を言われるとムッとしたり傷ついたりするんだよ。図星。だから、これを逆手にとるの。例えば相手は君の実の子でないし女の子だから、あれをしろ、これをしろと言われてもきっと、言い返したり背いたりはしないだろうね。だけど、正直で純粋だからこそ、親役である君がああだこうだと口出しするのはダメなんだ。子供から要求させるべき。要求という行為を学ばせるいいチャンスだよ。教育は言いくるめるんじゃなくて、あくまで導く。そっと、手を添える。手をぐいぐい引っ張ったらダメなの」
やたらと立派な講釈だ。
「……あ? ……そうなのか? じゃあなんだ、風呂入れだの飯ちゃんと食えだの言うなっての?」
「そう」
「本当にそんなんでいいのか? 育児放棄と紙一重な気がするけど」
「いいからオススメしてるんだけどねえ。つべこべ言ってないで一回やってみたら?」
「……はい。わかりました。あと、君っていうのはやめろ。少なくとも俺はお前の年上だ」
「年齢しか相手に誇示できるものがない人間は」
「あ~~~~~~~~~~ったかい~~~~おっ風呂っは! 入りてぇ~な! っと! よいしょっと! もう喋んなさげまん!」




