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疫病神のムルシエラゴ  作者: 愛車 風斗
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「…………」

 俺はなるべくどっしりとした気迫を纏って、戸口に立った。

 さっきの女と、その傍らに立つボブカットの可愛らしい小学生の女の子が立っている。


 車はどこかに停めてきたらしく、見当たらない。


 ココア色のランドセルがよく似合う、ボスの妾の子・カナコちゃん。今まで何度か一緒に遊んだり、迎えに行っていたから面識はある。最後に会ってから一カ月もたっていないはずだが、前より大人びたような気がする。髪が伸びたせいだろうか?

 いや、伸びたのは身長かな?


「……そんじゃ二人、とりあえず中、入ってもらおうか」


 気が気じゃないのによくも、口も身体もお芝居しやがる。

 つくづく俺も、器用貧乏だねえ。

 人間ってのは高性能なのか単純なのか、ほとほとわからん習性がある。俺は髪をしっかりセットしてある事も忘れて頭をガリガリ掻いた。


「お邪魔しま~す」「お邪魔しまぁす」

 はつらつとした幼女の声と、人を小ばかにしたような間の抜けた声。

 奇妙な世界の住人達の、来訪。


 ランドセルを背負った女の子。微かなそばかすが初々しさに花を添えている。


 そして、妙にしっかりと着込んだスーツ姿の長髪の若い女。薄いピンク色の開襟シャツ。ベストはなにやら光沢のある生地で、オーダーメイドなのか全く身頃が余っておらず、ボディラインにしっかり沿うよう仕立てられている。


「え……あ、こんにちは……ど、どちらさま……?」


 妹は辛うじて笑顔を作ったが、それでも引き攣り、すぐに真顔に近い表情になる。


「あぁ、えっと……えー……さっきそこで事故を起こしそうになって、そのお詫び……みたいな感じに来たタヒチさんと、こっちはその、俺んとこのボスの妾っていうか、まあ娘の」

「カナコです。よろしくお願いします!」


 ご丁寧に一礼した彼女の元気な挨拶が、陰気で古臭いボロ屋の一室に響き渡る。ガサガサにささくれた木材の表面に蜜蝋を塗り込むように、とても場違いに感じられた。

 なんというか、男臭い工業高校の教室に一人だけ女子生徒が入ってきたような、そんな感じだ。


「おお。お利巧お利巧」

「こら勝手に触るな、このっ手ぇどけろ!」

 カナコちゃんの頭を気安く撫でるな。インチキ野郎め。

「ちょっと何、ひっどい」


 妹はタヒチとカナコちゃんの間を何度も視線を往復させながら、困惑を隠せないでいる。


「こ、こんにちは……いろいろと質問したい事が多すぎるんですけど、まずどうしてここへ来ることになったんですか?そこをもう少し詳しくお願いしたいです」


 妹は少し声を尖らせる。

 俺が話し始めるより前に、タヒチが応えた。


「先ほどですね、すぐそこの交差点で私の車とお兄様の車がぶつかりそうになったんです。悪いのは私です。急ブレーキをかけた際にお兄様の携帯電話とお車とお食事に損害が出てしまったんで、とりあえずはそのお詫びにとこうして挨拶に伺った次第でして」

「そ、そうなんですか。とりあえず、お互いに怪我はないんですね?」

「ええ、そこはご心配なく」


 俺は落ち着かなかった。

 あまりタヒチに喋らせておきたくない。

 刑事(デカ)の誘導尋問のように、どんどん自分にとって都合の悪い方向へ話を持っていかれるような危なっかしさをひしひしと感じるからな。

 

「……とまあ、こういう事なんだわ。望まない結果なんだわ。それで、カナコちゃんの事なんだけどな、その、ボスが暫く席を外す事になったから、ウチで預かることになった。子供だけどもう小学生だから最低限の行儀や分別はつく年ごろだとは思う。世話はなるべく俺がするから、ごめん、いきなりで悪いけど、少しの間ここに置いてやってくれ。ボスの方も今……色々と大変なんだ、本当に頼む」


 妹もタヒチも、もちろんカナコちゃんも、俺と虎目が今、どっかの社長をうっかり襲ってしまって全国お尋ね者、三面記事主演の危うい身だなんて全く知りえないだろう。知っていたら、今ここでこうしていて平然としていられる訳がないからだ。


 だが早晩、事件の事はバレる。

 それを思うと、今の自分の人生そのものの意味が無いようにすら思えてくる。


「これ、この通りだ、な。な」


 俺は最大限の謝罪の気持ちでもって、生涯で三回以上はしないと決めてある土下座を、妹に捧げた。皺ひとつ付けないように気遣っていたネクタイが床に折り重なり、額を、何か漢方薬のような妙な香りのする、油分のきれた古いフローリングに突いた。


「すごい、アウトローの土下座がみられるなんて。ふふふふ、嬉しい!写真撮ろうっかな♪」「貴様は黙ってろメスガキ!!」


 惨めな姿の俺に含み笑いを漏らし、タヒチはおもむろに、俺の横に腰を下ろした。なんともいえない、胸がぞわぞわするようないい香りが、長い髪からふわっと香ってきて、すぐに掻き消えた。


「っこいしょ。という訳で妹さん、私とお兄さんは青春もので主人公とヒロインが曲がり角でごっつんこして恋に落ちる原理に基づいて、正式にお友達となりました。お詫びはおいおいさせて頂くとして、まずはせっかくのご機会、何卒よろしく仲良くどうぞ」「ゴラァ待てえ! なんだそのながったらしくて訳のわからん理屈は。それに友達じゃねえ。勘違いすんな!」


 顔を上げた先で、驚愕していた表情をさっと崩し、なんとか笑顔を作る妹の顔が眩しく、切なかった。口角が、感電したようにひくひくと、震えていた。

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