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「まず聞きたいんだけど、家族はいるの?」
「俺は三つ下の独身の妹と二人暮らし。あと……」
俺はこの時、罪深くも後ろめたい気持ちを抱いた。
――ボスの隠し子、カナコちゃん。
俺に託されたこの幼い七歳児の事を思い出し、瞬時に冷静さを取り戻した。
「ワケアリの小学生の女の子が一人。ちょうど迎えにいかなきゃいけない時間なんだよ」
腕時計を翳して見せる。
「あらら。じゃあ、まずそちらを優先させないとね。私が行く。場所だけ教えて」
「馬鹿か笑わせるな。知らない奴に、しかもこんな危なっかしい車で行かせられるわけねーだろ。俺のムーヴで行くから引っ込んでろ、餓鬼」
「いやいや、ダメダメダメ!」
「ああ、癪に障る! 駄々っ子みたいな喋り方すんな! あと何がダメなんや!」
「いや、女の子なんでしょ?こんなぼろぼろの古い軽自動車じゃそれこそ可哀そうでしょうよ。女の子だよ? カボチャの馬車と汚い荷車と、どっちに乗りたいと思うわけ? 幼い子供に惨めな思いさせるなんて」
「あーわかった。わかったもう聞きたくねえわ。早よ行ってこい。で、俺はどうする? ここで待てばええんか、ああ?」
「家で待ってて。場所は知ってるから~」
「 ば 」
俺が何か言う前にガルウイングは降り、爆音を轟かせてさっさと走り去っていった。
「ただいま」
「おかえり」
靴を脱ぐのに少しもたつき、バランスを崩して上がり框に膝をついた音にすら心配してくれる、俺のたった一人の家族。
妹は堅気で会社員として普通に働いていたが、この二か月前に原因不明の病気に罹った。
突発的に来る眩暈と頭痛で、日常生活が今まで通りに送れないのだそうだ。
自律神経失調症でもなく、鉄分もヘモグロビン値も正常。
睡眠もまぁ最低限はとれている。
脱水や便秘でも頭痛、眩暈、吐き気などが発生するらしいが、妹はどれも当てはまらない。
医者はできる事をすべてしてくれた。それでも原因も治療法もわからなかった。
保護を受ける事も考えたらしいが、俺が言い聞かせて一緒に住まわせた。今まで妹に助けてもらったり、心配を駆けさせた事も数知れずだ。俺は母親が早くに他界しているから、もし母親が存命なら訪れていたであろう介護を妹にすることになったって、俺自身は正面からその事実を受け止める覚悟だ。ただまあ、未婚で若い妹の方は、耐えがたいだろうが。
こんな身体になってまで、彼女は俺のために、体調がいい時には炊事や洗濯をしてくれるんだ。
「寝てなくていいのか。最近、よく掃除やゴミ捨てや色々やってくれてるけど。俺の家だけど気負う事なんて、何もねぇからな。無理だけは、すんなよ」
「大丈夫だから。心配しないで。それよりなんか疲れた顔してない?」
この、世界で一番可哀そうで、世界で一番健気な妹のためにも、俺が潰れるわけにはいかない。
「今日はちょっと、変な事あってさ」
「なに? また警察と?」
「いやいや、それよりもっと――」
ヤバイ奴。
インターホンが鳴る。
「もしも~し。お届けものですよ~」
間延びした、むかっ腹の立つ声が訪問する。
「え、女の人? 知り合い?」
妹は声を聴くと、一瞬、ムッと眉を寄せた。
「ああ、まあその、知り合いってところになるのかな。若い女だけどその、変な関係じゃないからな。それと一応説明しなきゃいけないんだけど――女とは別に、ここで寝る人が一人増えることになるんだけど……ええか?」
俺は何をどこから説明すればいいやらさっぱり見当もつかないわけで、妹にとってはそれに輪をかけて困惑する状況だ。家に誰かを住まわせるというのだから。
常人ならまず首を縦には振らないだろう。
それでも妹は、小さいころから俺がどんな人間かを見ている。
「……あっそう。どんな人?」
普通は頭ごなしに拒絶するのだろうが、こうして訳をちゃんと聞こうとしてくれるんだ。
それだけでも、なんて優しいんだろう、と思わないか。
病気さえなければ、今頃はきっと立派な彼氏を見つけて、求婚されていてもおかしくない頃だろうに。本当に、運命というやつは、自分の事も含めて……嘆かわしい。
「今から入ってくるから、少し待っててくれ」




