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疫病神のムルシエラゴ  作者: 愛車 風斗
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「さあ話の続きや姉ちゃん」

「はい」

「……はい、じゃなくて、幾ら出すかを答えてもらおか。ん? なんやお姉ちゃん。金持ってるやろ~、そんな出で立ちなんやからさ。お父さんか、旦那か、〝パパ〟か知らねえけどさ」

「いや~、それがさっきも言ったと思うんだけど、現金換算は出来ないのよね~」


 涼しそうに宣う女の後ろに、恐怖や焦りといった影は全く見えない。

 なるほど。こんなタマだ、並大抵のトラブルや揉め事など屁でもないくらいのセレブなのだろう。物腰がすべてを物語っている。


「ほう。じゃあ要するに……そうや、別にこの車を俺にそのまま」

「渡さない」

「じゃあどうするつもりでおるんや。何の算段があるっていうんや」


 ここで小娘、意味ありげな表情――美味いと勧めたコーヒーを一口飲んだ後のような――をしてから、頷く。芝居がかっているあたり、やっぱり、普通の女子大生ではないな。


「これから、ゆっくり、じっくりとそれを還元していくから。それでチャラって事でどーお?」

「はっ。あっそ、面白いと思うぞ。ロオ~ンってか。ええと思うけどな、一つだけ。アウトロオに借り作るとな、おっかねーぞ、ここだけの話だけど」


 ちょっと馬鹿にした様子で首を振られる。

 あまりにも、今まで出会った人間たちと違う人種に、こちらの脳味噌も理性も震度六強で揺さぶりを掛けられる。

 なんだろうこの、新鮮な気分は。


「利息とか原価とかそういう観念が生じないこの状況でローンっていうのもおかしな話だよね~。フフフッ」

「なんやワレ。馬鹿にしとんのか。おい。こら!」

「うん。してるよ」

「 お    ま 」


 ここで、さすがの俺も態勢を崩した。


 この状況、自分に過失があるこの状況で、この小娘は俺の事を馬鹿にしていると、それもシラフのド真面目な真顔で言ってのける?


 最近の若者、それもチャラチャラしたこういう……ユーチューバーだとか、インスタントプログラマーだったか? インスタグラマーだったか? なんだかそういう実体の有耶無耶な小銭稼ぎをしている類のガキのこの人を舐め腐った態度たるや…………………!!


「おまえなあ、ええ加減にせえ! 相手に迷惑かけて、かたや事故で殺していたかもしれん状況でその態度とモノ言いはおかしいやろ! 道理ってもんがないやないか!普通に考えてみろ、どんな教育を受けて育ってきたんじゃ! 常識や常識!」

「君がそのセリフ、滑稽~。アウトローが説教か~」

「君ってなんや。お前がわざわざ俺に説教させとるのや! 俺の貴重な時間とエネルギーを使ってよ! そうか、金が有り余るだけ有り余って常識が麻痺した可哀想なご両親かっこ笑いに代わって俺が教えといたるわ。こういう場合は自分の非を認めて素直に頭を下げるのが常識や。車が壊れてなくても深いな思いをさせた事が既に罪なんや。わかるかな。人の気持ちってのよ! そういえばさっきから一度も謝罪の態度も言葉も無いなあ。その辺りも、どういうつもりでおるのかしらんけど、ここまで俺を怒らせたのなら」

「こわい、と」

「ああそうだ。その通り。こわいぞ。俺を怒らせたらもう、それはそれは」

「しつこいよね」

「あ! っ、くそ、おまえ!」

「こわいんじゃなくて、しつこいって表現の方がしっくりくるな~。こわいっていうのは、それだけねちっこく執着して喚き散らす辺りがもう不気味って意味でこわいって世の中の人は言うだけで……とにかく、さっきの状況は私が意図的につくりだしたから事故じゃないんだ。どっちかといえば、事件。恋だって事件的に始まる方がロマンチック~。フフフ」

「え、ちょっと待て。意図的につくりだしたって、それどういう意味や?」


 意図的に、俺の車に突っ込もうとしてきた――普通の解釈ならそうなる。


 ――なんでーー?


「うん、確かに普通の解釈ならそうだよね。でも惜しい。もうちょっと突っ込んでみて。意図的に相手に損害を与えました、こっちは債務を背負いました、この状況で今の私に生じている義務とは?」

「ちょっともう一回(いっぺん)言ってくれ」


 それつまり、賠償、償いの義務――


「そう、アタリ! 要するに、私は君に対して借りを作ったんだよ。君に対して精神的な苦痛を与えたこと、食品をダメにしたこと、車のバンパーに傷をつけたこと、スマホの画面にヒビが入ったこと……これらの一連をひっくるめて、私は君に対して借りを作った」

「……おう。 ……………………なんで?」


 なぜだ。

 胃がムカムカしてくる。


 初対面の相手に、いきなり借りを作られたと言われたら誰だって身構えるだろう。

 なんて不吉な出来事なんだ、と。


 いきなり相手に借りを作るのは精神的に大きなプレッシャーだが、全く知らない相手に貸しを作ってしまうのも、それはそれで下腹がザワザワしてくるものだ。


「頼まれたから。君の人生を、リフォームしてほしい、ってね」


 女は、また大真面目な顔でそう告げた。

 子供がうっかり手を放し、身寄りの無くなった風船が目の前をサッと通り過ぎてどこかへ飛んでいく。

 あちらこちらへぶつかりながら、ヨロヨロと地面を転がって、床屋の前の枯れた観葉植物のその尖った葉に当たってパァンと弾けた。


「……頼まれた……? いったい誰から?」


 その光景から目を離して、?マークだらけの顔で尋ねてみる。


「それは、内緒」

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