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俺は猜疑心を丸出しにしつつ、勤めて冷静に問いかける。
「一体なんなんだよ、あんたはよ」
「はいはい。私からいくね。私はこのランボルギーニ・ムルシエラゴの運転手で、人生リフォーマーのタヒチで~す!よろしく!」
「ああ!? ちょっと待て。お前、これの運転手か! それでいて、その態度はこのヤロー!」
「まあまあ待って待って、ちょっと待ってって!」
勢いそのままに車から降りた俺だったが、相手がやけに食い下がっている。
「なんじゃおのれは。ナメとんか」
「待ってほんとに待って。ちょっと不躾だよほんと」
自分のようなアウトロオが堅気の人間に畏れられる事は常だが、なんだかこの女の場合はそういうのとは全く違うように思えた。なんというか、堅気からしたヤクザ者のようないわゆる得体のしれないモノに対してではなく、むしろ逆な、良く知ったもの、手に取るように熟知したモノだからこそ何とか必死にいなして上手く取り扱おうとする、そんな感じがした。
「それはこっちのセリフじゃボケェ。こんな住宅街の交差点でオマエ、こんなやんちゃな車でスピード出して走る馬鹿がどこに居るんじゃ。スマホの画面と食いモン、これ全部弁償せえ。車の掃除代も出してもらわんと困るわ。マットからダッシュボードから、ベタベタやからな。それとこんな車乗ってそんなええ服着るくらい金あるんなら、詫びの一つでも入れてもらわんと帰せやんなぁ、姉ちゃん」
――歳の頃は、おそらく二十歳前後くらい。女子大生か。
しかし身なりは、やたらとボディラインにぴったり沿ったジャストサイズの胸の開いた薄ピンクのシャツにベスト、ボトムはスカートではなく、しゅっとした皺のない真新しいスラックス。
それでいて、ランボルギーニ――俺は今どきの車には疎いが、ソレが高級車という事くらいは知っている――こんな車で一人でフラフラするなんて、いったいどこの令嬢だろう。
今思えば、あの怒りは完全に感情の勘定を間違った、自分勝手な要素が多かった。
あの頃の自分……今だから言えるが、惨め以外の何ものでもなかった。
「わかった、ちゃんと埋め合わせはするからさ、ちょっと穏やかに話そうよ、ね。お願い」
「敬語使えんのか餓鬼。小娘がまぁこんなたいそうな……もういいや。それで。幾ら出すんじゃい」
「ん~。ちょっと換算は出来ないかな」
「…………へえ?」
ここで変に正気を取り戻した俺は、急ブレーキの音を聞きつけて集まってきた周囲の人だかりに気付いた。精肉店のエプロンをした、前歯のない剥げたおやじが大丈夫かと声をかけてきたが、それはいろいろな意味で目の前の小娘に言ってやってほしかった。
「換算できないって、どういう意味や。まさか払わんってのか。ああ?」
「そうね、えっと。ここではちょっとアレだから、巳件公園で話そう。ついてきて。車、壊れてないでしょ?」
……いや、元からこの車は壊れている。
よく見れば、停めてあった自転車にぶつかってもいたらしく、自転車の車輪が虚しくキリキリと回っている。自分の今の心情そのままの光景に侘しくなる。
「し、知らんわ。ガソリンさえ入ってりゃ動くやろ、車なんか」
「おっけいじゃあ、行こうか」
色々な苛立ちが募ってきたが、野次馬も煩わしいし警察を呼ばれるのもまた七面倒という暗算から渋々、女の言葉に従う運びとなった。
うだうだと得策を考えていられる状況でもなかったわけだし。
「はやく行け。逃げんなよこら、ナンバー見たからなナンバー、俺は覚えたぞ、ちゃーんと」
女の顔を真正面から指差して、釘を差しておく。
「逃げませんから。気を付けて来てね」
「どの口が言うんじゃ」
車に乗ってから、しまった、性能の差にモノを言わせてとんずらされるのでは、と危うんだが、そういう訳でもなく跳ね上げタイプのドアを閉めてから、ごく安全なゆっくり運転で国道へと出ていく。ウインカーだってちゃんと出す、なんだ、一時停止で止まって学生に道を譲っているじゃないか。
今、目の前の運転が普段のこの女の態度だとしたら、さっきの暴走は、いったい何だったのか。まぐれなのか、またある種の〝事故〟なのか。
余計に混乱が――いや、怒りが焚き付けられて、ハンドルを握る手から前頭葉あたりにかけて熱を持ち、感冒し、煮沸していった。
やがて、二台で巳件公園の駐車場へ入り、話がしやすいように一番奥へ、何となくこちらを向けて車を停めた。特に意味はない。




