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アジトのエアコンを消し、戸締りをしてからジャケットを肩から引っ掛ける。
アジトの鍵……投げ捨ててしまいたくなるのを、必死でこらえ、手放したいそれを、本心とは真逆に思い切り拳の中に握り締める。
鍵の凹凸が掌の一番柔らかいところに容赦なく突き刺さる。まるで、自分の心の状態をそっくり表してわざわざ示してくれているような、誰かがじぶんの人生を覗き見て絵を描いて眺めているような、たった三秒くらいの間の出来事にさえ、そんないやらしさを感じた。
「くそ。相変わらず臭っせぇ車だなぁ、ったくもう」
力なく、ゆっくりと階段を降り、駐車場に停めてある愛車のドアを開ける。
重い玄米の袋のような自分の身体をシートに投げ込む。ここ最近、いつも、意識が身体に一秒半くらい遅れてついてくるような感じがする。生きているようで生きていないようななさけなさを、そのたびに感じて冷や汗も出なかった。
平成十年式、ボコボコのダイハツ・ムーヴ。二年くらい前にコミコミ十万円で購入した下駄だ。中古車店の店員からは、思い切りアクセルを踏んだり、高速道路を走行するなと言われている、言ってみれば屋根がついただけの原付だ。
自分のアパートまでは十五分とみておけばいい距離だ。キーを差し込み、エンジンを始動する。
途中、コンビニに寄ってちょっとした食料品を買い、あと一つ交差点を超えれば自宅、という地点に差し掛かった時だった。
信号の無い、陰気な裏路地の交差点。
ひび割れて剥がれた一時停止線で止まり、カーブミラーに通行人や車が映っていない事を確認し、直進しかけた時――
凄まじい爆音と共に飛んだ来た物体。
血のように真っ赤なスポーツカー。
左側からかなりの速度と気迫を纏って突っ込んできたそれは、ほんの一瞬、自分の車にまっすぐ向かって飛ぶ弾丸のようにも見えた。
えもいわれぬ、抗いがたい殺気に車体全体が塗り潰されていた。
「オイぶつかっ……!!」
渾身の急ブレーキに車輪が鳴き、買ったばかりの肉まんやコーヒー、その他車内にある物という物が前方に吹き飛んでフロントガラスにぶち当たる。バンパーが何かに当たった嫌な感触もあった。
しばらく身を固くしていた。
三十秒――一分――
酸素が足りない。
喉がひりつく。
固く閉じていた目を開け、視界情報がゆっくりと脳にダウンロードされ始めた途端、窓がノックされた。
「え……」
髪がサラリと長くてやたらと身なりのいい若い女が、窓の向こうからこちらを覗き込んでいる。深い水の底に沈んだ落とし物を探すような仕草に嫌悪感が波浪のようにざわめき、声を出したくても出ない苦しさに喘ぐ。
最初、あまりにも場違いなその余裕のある態度――優雅とすら言えた――に、この女がまさかスポーツカーの運転手だとは思いもしなかった。ただの通行人と思い込んだ。
窓を下げる。
「あの、大丈夫ですか~?」
「……ああ?」
なんだ。
その、弛緩した喋り方は、何なんだ。
「怪我とかしてない~?」
「……いや、俺は無えけど。あんた誰だよ、何者だよ」
フロントガラスにコーヒーが飛び散り、ダッシュボードからフロアマットに滴っている。
スマホの画面が割れてしまった。
「あ、いきなり自己紹介いくんだ? すごい話早いね、フフッ」
「………………」
なんだ、こいつは。




