表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/5

旅と物語と商売と

 旅に出てから1か月程の時間が経過した。

 意外にも私たちの旅は順調に進んでいた。


「何だこの話は!!

 今まで見たことない!!」


 今回立ち寄った街でライちゃんは真っ先に集会場へと立ち寄った。


 大規模な商業施設であり、中には飲食店が立ち並ぶ。

 そして中央の広場では身分関係なく様々な人が談笑や交渉が行われる、そんな施設だ。


 ライちゃんは手慣れた様子で受付へと足を運び、数度の会話を経て数枚の紙束を手渡す。

 ついでに何枚かの硬貨を握らせながら。


「いつもあんなことをやってるの?」


 私は普段真っ先に宿へ籠るものの、今回は珍しくライちゃんの商売に付き合っていた。

 私が書いた物語をライちゃんがいともたやすくお金に換えてしまうことを疑問に覚えたからだ。


 初めて出会った人に商談を持ち掛け、そして賄賂を手渡す。

 うん、私には出来ないや。


「そうそう。まだまだ寄っておきたい所があるけど、付いてくる?」

「うっうん。見てみたい」


 私はライちゃんが持つ分厚い紙束を一部持ちながら、街を見回すライちゃんの少し後ろを付いていく。


 次に訪れたのは今回泊まる宿とは別の宿屋。その次は食事処。あとは役場へ行って掲示板に貼らせて貰ったり。


 そのどれもでライちゃんは楽しく談笑し、そして硬貨を渡すことで心よく紙を置かせて貰えていた。


「それでこれは何なの?」


 私はすっかり厚みの減った紙束を見た。


「なにってソフィの書いた話だよ」


 それは見てわかった。自分で書いた物語。

 その序・中盤。言い方を変えれば、山場前で区切られた物語。


 彼女は行く先々で私の書いたお話を配って回った。


「サンプル?って言い方は違うかもしれないけど、お話を無料で途中まで読んで貰っているの。

 人とか物を待っている間は暇だしさ」


 彼女が訪れた先々は、何かと時間を持て余す施設だったのだろう。

 そこに私の小説の途中までを置かせて貰っていたようだ。


「クライマックス直前で止められた人たちはさぞ悔しいだろうね。

 続きを読みたければお金を払うがいい…ニヒヒッ」


 ライちゃんはとても悪い顔をしていた。

 それはもう私の書いた物語の悪役顔負けなほど。

 …次のお話に登場させようかな?


「それ大丈夫なの?怒られてない?」


 私自身はこの方法に肝が冷えた。

 怒った相手がライちゃんに危害を加えるかもしれないと。

 山場で区切られたこともそうだし、一番はせっかくお金を払ったのに退屈だったらと。


「大丈夫。みんな読んだ後は、お金を払ってでも読んで良かったって言っているから。

 私だってもしソフィのお話がつまらなかったらこんな方法で売ってないもん。

 ソフィの物語が面白いから、一度読めば買いたくなるとわかってるから、この方法で売っているんだよ」


 彼女は屈託のない笑顔でそう言った。


 どこまでがお世辞なのかはわからない。

 たけど彼女の言葉に、こうして旅を続けられている事実に、私は少しだけ自信を持つことが出来た。


「みんな新作を待ち望んでいるみたいだよ。

 ちなみに商人を通じて、一度行った街へは新作を届けて貰っているから。

 帰る途中でお金を貰う手筈になっているの」


 彼女はニヤニヤと笑みを浮かべる。

 私の書いた物語を余すことなく売りさばいていらっしゃる。


「しかしソフィには驚かされたよ。

 まさかこんなに速いペースで書いてくれるとは思わなかったからさ」


 ライちゃんは若干引きつった様子で私の方を見た。


「私も自分がここまで書けるとは思っていなかったよ。

 多分、旅に出て色々な物を見ることが出来たからだと思う」


 旅に出て見たものは、きっと私の人生にとって得難い経験となった。

 多分あのまま学園に通って、婚約していれば得ることのできなかった経験だ。


「良かったよ。

 少しは吹っ切れてくれたみたいでさ」


 ライちゃんはしみじみとした様子で言った。

 何が言いたいかは何となくわかった。


「うん、もう大丈夫だと思う」


 私は旅をすることに、物語を書くことに夢中になっていた。

 アラン様やエミリアさんのことを忘れるぐらいには。


 一時は死んでしまおうかとも思ったが、今はもう思うことはない。

 お話を書くことが面白いし、ライちゃんとの旅も面白い。


 何より死んでしまえば、アラン様とエミリアさんに負けたようで悔しかった。

 だから絶対に幸せになってみせる。復讐とは少し違うそんな気持ちを持っていた。


「そっか・・・よかった」


 ライちゃんは安堵の息を漏らし、近くのベンチに腰掛けた。

 私も隣に座り、荷物を置いた。


「そんな貴方に嬉しいお話と喜ばしいお話があります」

「両方いい話なんだね」

「まぁ、そういうわけだけど」


 そういうとライちゃんは鞄の中から2通の封筒を取り出した。

 封のしてあるものと、既に開けられたもの。それぞれカバンに入れられていたからか、所々折れている封筒だ。


「どっちから聞きたい?」

「より幸せになれる話から」

「ならこっちからかな」


 そういうとより折れ目の深い封筒を手渡してくれた。


「これはソフィのお父様からの手紙ね」

「お父様から!?」


 驚いた。学園を退学になった後、私は一切の連絡をせずに旅に出ていた。

 どういう顔をして会えばいいかわからなかったこと。

 何より退学になったことと、婚約が破綻したことはアラン様が伝えると思ったからだ。

 

 それにしても所在が安定していないのにも関わらず、よく手紙を送ることが出来たなと、少し疑問に思った。


「実は旅に出てからすぐに手紙を貰っていたんだよね。ていうか私から出した。

 次に行く街の宿屋の名前を書いて」


 ライちゃんは私の疑問を予想してそう返してくれた。


街の滞在時間と次の旅先を決めていたのはライちゃんだった。

 手紙に日時を載せておけば一応は文通が出来たのだろう。


「もちろん悪意があって隠していたわけじゃないんだよ。

 ただちょっと心配だったからさ」

「…ありがとう」


 ライちゃんの気遣いには感謝してもしたりなかった。


 封を切られていない手紙ということは、ライちゃんは内容を知らない。

 それも手紙は旅に出てすぐに送られたものだ。


 旅に出てすぐの私ならば内容によっては心が完全に折れてしまっていただろう。


 だけど今の私ならば大丈夫。

 お父様がどんな言葉を書いても、たとえ縁を切られたとしても生きていくことが出来る。


 ライちゃんは私の心がこの手紙を読んでも大丈夫になるまで待って居てくれたのだろう。


「読ませて貰ってもいい?」

「もちろん」


 彼女の返答を聞くと、私は丁寧に封を切った。


☆印、いいねを押して貰えると励みになります!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ