私たちは旅に出る
学園の寮に戻ると私はベッドに倒れ込み、枕に顔を伏せた。
まさかこんなことになるなんて。
アラン様を奪われるだけでなく、学園を退学になるなんて。
お父様とお母様になんて話せばいいか。
退学の件も、アラン様との婚約破棄の件も。
両親はきっと悲しむだろう。失望するだろう。
勘当される可能性だってある。
悔しかった。全て冤罪なのに。
エミリアさんが仕組んだことなのに。
何より自分の無力さがたまらなく悔しかった。
どうして自分にはエミリアさんやアラン様ほどの力がないのだろうか。
コンコンコン
扉を叩く音が聞こえる。
一瞬ビクッと身体が震えたがすぐに淡い期待を抱いてしまう。
「アラン様…」
私は小さく呟いた。
もしかしたら誤解が解けて私の所に来てくれたのかもと。
だがそんな期待はすぐに打ち破られる。
「ソフィ、大丈夫?心配になってさ」
声の主は私の幼馴染のライネットちゃんだった。
両親の旧友の娘であり、男性だったら私と結婚させようと思っていたぐらいの仲。
私とライちゃんも姉妹のように、主に気弱な私のお姉さんのように何かと面倒を見てくれていた。そして今日も―――
「ありがとう、大丈夫だよ」
「…」
そういうと私は扉を開けた。
ライちゃんは私の顔を見て何も言わなかった。
きっと酷い顔をしているのに。
「ライちゃんこそ大丈夫?」
「いいのよ、私は。
むしろ婚約破棄する口実が出来てラッキーぐらいな感じ」
ライちゃんは屈託のない笑顔を私に向けた。
彼女にも婚約者がいたものの、同様にエミリアさんに奪われた。
ライちゃん一筋だった婚約者をあっさりと奪う技量に、大変驚かされた。
ただ彼女の様子を見るに本当に婚約が解消されたことをどうとも思っていないらしい。
「私のことはいいの。
ソフィ。貴方はアイツのこと、本気で好きだったんでしょ?」
「…」
幼馴染である彼女にはアラン様への恋心は筒抜けだった。
婚約者として以上にお慕いしていることを。
それだけにこうして心配になって私の元を訪れたのだろう。
何か間違いを起こす前に。
「まだ未練がある?」
「わからない…」
本当にわからなかった。
以前のように心の底から湧き出るような感情は無くなった。
だけどもし、アラン様が間違いだったと謝ってくれればきっと、私は以前と同じように彼のことをお慕いすると思う。
あれだけ酷い仕打ちを受けたにも関わらず。
それと同時に全く正反対の感情も湧き出ていた。
復讐したい。見返してやりたい。同じ気持ちを味わわせてやりたい。
負の感情が私の心を支配する。
二律背反、愛と憎悪が入り混じる私の感情。
きっとこれが未練なのだろう。
だからこそ、ライちゃんがここに来てくれてよかった。
彼女の前ならば間違いを犯すことはないのだから。
「学園、退学になっちゃったね」
「…」
ライちゃんはベッドに腰掛けると、伸びをするように、どこか嬉しそうに声を出した。
その心に負の感情は含まれてはいない。
「ソフィ、私と一緒に旅に出ない?」
「えっ?」
私は予想外の言葉に思わず声を漏らした。
私の中では退学後は速やかにお屋敷に戻るしかないと思っていた。
そこで両親にこっぴどく叱られ、引きこもるしかないと。
だけど彼女は違った。
元々勉強の好きでない彼女にとって、この退学という出来事は好機だったのだ。
「そう、どうせ学園に戻れない。婚約も白紙。
家に戻ってもどうせ退屈な日々を過ごすぐらいなら、いっそ旅に出て楽しんだ方が良くない?」
「…」
彼女はそういう人間だ。
今を全力で楽しむことのできる人間。
今あるものをどうにか守ろうと、維持しようとする私とは考え方が全く異なる。
そこに憧れると同時に、恐かった。
だから私は出来ない言い訳を積み重ねるのだろう。
「けどお金がないし…」
「持ってるものを適当に売れば、贅沢しなければ1か月ぐらいは生きていけるよ」
両親や婚約者から贈られた調度品は売ればそれなりの金額になるだろう。
小娘2人が生きていくには十分な程の。
私もライちゃんも、実家は商人の出だった。
両親の教育の賜物であり、商人はいつなんどき破産するかもしれないのだから、どんな状況でも生きていけるようにと節制について厳しく躾けられていた。
だからある程度生活水準が下がることに抵抗はなかった。
むしろ学園での生活に多少の息苦しさを感じる程だった。
だからきっと彼女の言う通り、当面の生活には困らない。
だけど―――。
「けど1か月しか―――売れるものには限りがあるんだよ」
自分でも嫌になる。
出来ないことの言い訳を探して。
旅に出たくないのなら断ればいいのに。
断ることすら理由を探さないといけない性格に。
だからこそ不思議だった。
ライちゃんも、彼女もそんな私の性格をよく知っているはずだ。
旅に出ることを、現状を変化させることを嫌がることぐらい。
どうしてそんな私にわざわざ声を掛けたのだろうか。
私の反論に、彼女はニヤリと口元に笑みを浮かべた。
その言葉を待っていましたと言わんばかりに。
「私はソフィに期待しているんだよ。
貴方の物語を書く力に!!」
彼女は眼を輝かせ、私の手を強く握る。
ライちゃんはいつもそうだった。
私が趣味で書いたお話を嬉しそうに読み、そして褒めてくれた。
何よりも――――
「前から言っていたけど絶対売れると思うんだよね!!
いや私が売って見せるから!!」
そう、彼女は根っからの商人気質だった。
昔から私が書いた物語を書籍にして売りさばこうとしていた。
始めはお世辞なのだと思っていたものの、年々積み上げられる販売計画書に私は本気なのだと悟った。
結局は恥ずかしいからという理由で止めて貰っていたのだが―――。
彼女にとってこれは好機だったのだろう。
学園を退学になり旅に出て、私の物語を売って回る。
そもそも旅に出ることすら手段に過ぎないのかもしれない。
家庭に入るよりも自分で物を売りたい。
貴族に嫁いで欲しいと思っていた彼女の両親は、その両親から受け継いだ商人の才覚にどれほど頭を悩ませていたのだろうか。
「さぁ、旅に出よう。こんな街を捨ててさ。
行く先々でお話のタネを探し、書いて、その街で私が売る。
そのお金で次の街へ行こう」
彼女は眼を輝かせていた。ずっと憧れだったのだろう。
私の書いた物語にお金を払う人はいるのだろうか。
未だに疑念は尽きないでいた。
いやきっと売れるはずだ。
私の才能ではなく、ライちゃんの商人としての才能なら信じられる。
旅に出るのは、安全な殻から出て行くのは怖かった。
だけど―――
「わかった。やってみるよ。
やってみたい」
見返してやりたかった。
アラン様を、エミリアさん、何より自分自身を。
「よし、それじゃあ善は急げ。
早速準備して、明け方にはこの学園から抜け出そう!!」
「さすがに急過ぎない!?」
「だってモタモタしているとソフィの気が変わるかもしれないもん。
街から出てしまえばこっちのもの。
あとはズルズルと付き合ってくれるはず」
「そうかもしれないけど…それ本人に言っちゃうかな!?」
こうして私とライちゃんとの旅が始まった。
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