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悪役令嬢の汚名を着せられて

「お前との婚約を解消する」


 学園主催のパーティーで、私の婚約者アラン=レイム様はそう言い放った。

 反論したかった。だけど視線が怖くて何も言い出せない。


「アラン様、ありがとうございます。

 これで学園生活がもっと楽しくなります」


 アラン様の隣には顔立ちの整った女性が立っていた。


 彼女は周囲にはイジメを受けた被害者のように。

 そして私には勝ち誇った顔でニヤリと笑みを浮かべた。


エミリア=メルフレークさん。

 庶民の出であり、ここには学園長の推薦で入学された方だ。


 彼女が入学後、この学園はまるで彼女が主人公であるかのように変わり始めた。

 貴族とは違った価値観を持つ彼女に、多くの男性は惹かれていった。


 いつしか彼女の周りには常に貴族の子息が集まるようになっていた。

 私の婚約者であるアラン様もその一人だ。


 アラン様との婚約は両親が決めたことだった。

 だけどそれ以上に私はアラン様のことが好きだった。


 だから努力を積み重ねた。

 再びアラン様に見て貰えるように。

 

 だからこそ今日のパーティーを待ち望んでいた。

 このダンスでアラン様の気持ちを取り戻す為に。


 その為に練習を沢山した。

 下手だったダンスは人並み以上に上手くなった自信があった。なにより努力したことを認めて貰いたかった。

 なのに―――。


 眼でも瞑っているかのような息の合わない踊り。

 以前の彼ならば下手な私に合わせてくれたのに。

 上手くなった私のダンスに彼はまるで合わせてはくれなかった。


 アラン様と踊ってよくわかった。

 彼の気持ちはここにはない。

 そしてもう戻らないだろうことも。


 一曲ダンスを踊り終えると私の瞳は涙で溢れていた。


 だが感傷に浸ることすら許してはくれず、周囲がどよめいた。

 正確には男たちが歓声を上げた。


 私は滲んだ視界でソレを見た。

 エミリアさんが会場に来たのだ。


 もしかしたらワザと彼女は遅れてきたのかもしれない。

 そう思う程に私の心は荒んでいた。


 エミリアさんの周りに男性陣が集まる。

 婚約者たちとのダンスを早々に切り上げ、我こそはと彼女とのダンスを申し込んでいた。


 まるで格の違いを見せつけるかのように。

 一度チャンスを与えることで、それが無意味であると痛感させる為に。


 その中にはアラン様の姿もあった。


 彼女は会場の中心で踊った。

 男性をとっかえひっかえしながら。


 それは演目のようであり、何も知らない人は釘付けにされるほど美しい踊りだった。

 だけど私たちも別の意味で釘付けにされた。目に焼き付けられた。


 それはある種の勝利宣言であるように見えた。

 私たちの婚約者を奪い、周囲に見せしめる。

 

 自分だけが主人公であり、私たちは脇役なのだと。


 心が完全に折れてしまった。

 少しでも胸を張って歩けるようにと自信をつけたのに。

 アラン様の隣を歩いても恥ずかしくないようにしたのに。


 私の心は昔に戻ってしまった。

 内気で本の世界にすぐに逃げ込んでしまうようなそんな子供に。


 もういいじゃないか。私は負けを認めた。

 エミリアさんに主人公の座を渡してもいいと。


 アラン様に恋する気持ちは捨てようと。

 何もかもに絶望した。


だけど彼女は―――エミリアさんはそれだけでは許してはくれなかった。


「皆さまにお伝えしたいことがあります」


 全ての男性とのダンスを終えたエミリアさんは、会場の中央に立ち泣きそうな声色で言った。

 それは悲劇のヒロインであり、同時に今の私には演技であることがよくわかった。


 だがそれは婚約者を奪われた私たちにしか気づけないことだった。

 彼女に恋する男性たちも、他の観客たちも気づいていない。


 一体何を始めるつもりなのか。

 嫌な胸騒ぎを感じながら彼女の言葉を待つ。


「私はこの学園に来て、数々のイジメを受けてきました」

『!?』


 それは告発だった。

 それも全て嘘で塗り固められた。


 イジメだって?

 確かに入学したての彼女を貴族の令嬢たちは遠巻きに置いていた。


 だが今は違う。圧倒的な力の差に、既に彼女に関わろうとする令嬢は誰一人としていない。

 まして彼女に害を加えようと思う令嬢は。


 彼女は一人一人の令嬢の名を呼んだあと、イジメの内容を伝えた。

 靴を隠したとか、お弁当に虫を入れられただとか、嘘を吹聴されたとか。


 それがすぐに嘘であることがわかった。

 だからこそ、エミリアさんの狙いがよくわかった。


 私たちを徹底的に追い詰めるつもりなのだろう。

 嘘で陥れて、二度と這い上がれないように。


 そしてついには私の名も呼ばれた。


「ソフィさん。貴方は私を階段から突き飛ばしたことがありましたよね?」


 彼女はまるでその時のことを思い出しているかのように、腕を震わせ、涙を隠すかの様に顔を伏せた。


 そんなことしてない。

 私がそう反論しようとしたが、視線に気づいた。


 アラン様のものだった。

 冷たい視線が、私の喉を凍らせる。

 反論しようと喉を震わせるがまるで言葉にならない。


 アラン様は始めから私の言葉なんて待って居なかった。

 エミリアさんの言葉を信じ、私のことは何も信じてはくれていない。


 周囲を見回すと、同様の女性が沢山いた。

 反論が少なかったのはこういう理由だったのだろう。


「それは本当かね」


 割って入ったのは学園長だった。

 数年前に新しく就任した比較的若い男性であり、何よりエミリアさんを入学させた張本人。


 彼は周囲を見回し、そして言い放った。


「そんなことをする人たちは我が学園には要らない。

 君たちには学園を退学して貰う」

『!?』


 冤罪なのに退学処分なんて、いくらなんでも酷過ぎる。

 私が掠れた声で反論を口にしようとした時、私の言葉をかき消すようにアラン様が口を開いた。


 ほんの少しだけ期待していた。

 私のことを信じてくれていると。

 いや、せめて私の話を聞いてくれるのだと。


「君がそんなことをする人だとは思わなかった。

 まるで悪役令嬢じゃないか。 

君との婚約は無かったことにさせてもらう。

 二度と僕の前に現れないでくれ」


 アラン様は言い放つと、エミリアさんに頭を下げた。

 きっと私の非礼を代わりに謝っているのだろう。


 アラン様の行動を皮切りに、彼女を取り巻く男性たちは同じように婚約破棄の言葉を口にしていた。


 この日、学園には大量の退学者が生まれた。

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