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恐怖のいちご狩り1(鈴木萌果)

「あ、左の方をご覧くださ~い。富士山が見えてきましたよ~。絶景ですね~。みなさんご存じかと思いますが富士山は静岡県と山梨県の2県に―――」


 元ヤン風の色っぽい美人バスガイドさんの話を聞きながら私はバスに揺られていた。


 周りの席はご高齢のご夫婦ばかりで「見てあなた。富士山よ。ほら、あそこ」、「見てるよ。叩くな」、「写真を撮りましょうよ」、「そうだな」、「わたし本物の富士山を見るのは初めてだわ」、「わしもだ」、「立派ねえ」、「ああ」なんて仲良さそうにしてバスの窓からスマホで撮影をしている。


 そして私の隣の席で半開きの白目でよだれを垂らし、鼻提灯(はなちょうちん)(ふく)らませたりしぼませたりしながらスースーと寝息を立てているのは大城オウシロウだ。


 どうしてこのような状況になっているのかというと。それは3日前の事だった――。



   *   *   *



 その日は教室の掃除当番で、帰りのホームルームが終わって黒板の文字を消していた。

 突然、遠くの方から私のフルネームを叫ぶ声が聞こえてきた。


鈴木萌果(すずきもえか)あああああーーっ!! 鈴木萌果あああああああーーーっ!!」


 それは聞き覚えのある声だった。そう、この野蛮でバカっぽい叫び声は隣のクラスの男子、大城オウシロウの声だ。


 すごくうるさいし恥ずかしいし何なのいったい!? 

 なんて思っている間にそのバカっぽい声はドタバタとすごい速さで近づいてきて教室の後ろの出入口の所にオウシロウがひょこんと姿を現した。


 オウシロウは教室のなかをぐるりと見渡して私と目が合うと、「鈴木萌果あああああああーーっ!!」と叫びながら一直線に向かってきた。わき目もふらずにみんなの机や椅子をドタンバタンとなぎ倒しながらよ? こわくない?


 あまりの気迫に驚いた私は身の危険を感じてすぐにしゃがみ込み教卓に身を隠したけれど、勢い余ったオウシロウは教卓にぶつかり、そのまま乗り上げるようにして前のめりに傾き、黒板におもいきり顔面を打ち付けて下にずり落ち、粉受けに(あご)を強打して教卓と黒板の間に顔面から落っこちてしまった。


「きゃあ!」


 私はとっさの判断で横に()い出たので何事もなく無事だったけど、オウシロウは腰のあたりを教卓と壁に挟まれたまま足を高く上げて顔面は教壇にめり込んでいた。


「何してんのっ!? あんたバカなのっ!?」


 私は立ち上がって傾いていた教卓を立て直してあげたら挟まっていたオウシロウはぬるっと抜け落ちて教壇の上に崩れ落ちてしまった。


 おもむろに立ち上がった彼の顔はチョークの粉で白くなっていて(ひたい)からは血を流して、両方の鼻の穴からも血が垂れて、口からも血が垂れていて白シャツの胸元にもぽたぽたと赤いシミを作っていった。


 私がびっくりして言葉を失っているとオウシロウは(くち)をもごもごとしてペッっと床に(つば)を吐いた。

 血の混ざった赤い唾だ。

 その血だまりにはなにか白い固形物も2つ混ざっていた。


 歯だ!


「だいじょうぶなの!?」


 心配してオウシロウの顔を見ると、彼は(あご)についた血を手の甲で(ぬぐ)って私の方をキリっと(にら)んだ。

 そして無言で近づいてきた。


 私が後ずさりして机にぶつかるとオウシロウは身体が密着するくらい近くまでやって来て私を見下ろしてこう言った。


「おいおまえ」


「な、なによ……」


「俺と結婚しろ」 


 は……、はあ!??


 その瞬間、教室の外から「キャー!」とざわめきが起こって、振り向くと廊下にはいつの間にか人が集まっていて私たちに注目していた。

 ほとんどが上級生の女子で、男子も数名いた。


「わかったか?」とオウシロウが聞いてきた。


 何言ってんだコイツ!?


「はあ? バッカじゃないの。なにが『わかったか』よ。なんで私があんたと結婚しなきゃいけないわけ? ていうか、近いっ!」


 突き放してやったわ。


「結婚しろ!」


「イヤよっ! いきなりやってきて結婚しろだなんてどうかしてる。あんた頭がおかしいんじゃないの?」


 そしたらオウシロウは腰を直角に折りまげて「たのむ」と頭を下げてきやがったの。


「なんでよ!? 私あなたの事全然知らないし。このまえ会ったばかりのほぼ他人だし。私に一目ぼれしたにしても普通は付き合ってくださいからでしょ!? なんでいきなり結婚しろなのよ」


 するとオウシロウは頭を下げたままポケットに手を突っ込むと何かを取り出して私に差し出してきた。


 それはくしゃくしゃに丸められたチラシだった。


「なによこれ?」


「行きたい」


 何のことかわからなかったけど、とりあえずその紙を受け取って広げてみたら、【いい夫婦の日。夫婦限定! 格安! ジャンボいちご狩り! 食べ放題バスツアー!】と書かれていた。


「ジャンボいちご……」


「電話したら夫婦じゃないとダメだって言われたんだよ」


「夫婦限定と書いてあるわね」


「一日だけでいいから俺の嫁になれよ」


「何でそんなに偉そうなの!? 誰があんたの嫁になんかなってあげるか」


「一緒に行ってくれよっ!!」


 オウシロウは下を向いたまま右手を差し出してきた。


「嫌よ」


「このとおりだ!」


 今度はオウシロウは床に(ひざ)をつけて、両手と頭のてっぺんも床につけてお願いしてきた。


「ちょっ、やめてよ」


「たのもおおおおおおおおおおおおうううううううう!!!!」


「嫌っ」


「たのもおおおおおおおおおおおおああああああああああああーー!!!!」


「うるさいっ!」


 ほんとイヤになる、なんなのこいつ。


 そんなやりとりをしていると廊下の方からヒソヒソ声が聞こえてきた。


「何よあのこ」

「オウシロウ君が土下座までしてるのに」

「お高くとまっちゃって」

「きぃ~うらやましいぃ~」

「私もオウシロウ君に土下座されたい~」

「なんであの子なの?」

「僕でよかったらいつでも一緒に行くよ……」

 

 九条先輩と飯田先輩が話しているのをたまたま聞いたんだけど、オウシロウはなぜか上級生にすごく人気があるらしい。

 廊下に集まっている先輩たちはたぶんオウシロウのファンだろう。

 (うらや)ましげにこっちを(にら)んでいてなんだかすごく気まずい。


 オウシロウはまだ頭頂部を床につけていた。


「あんた野救部のキャプテンの事が好きなんでしょ? 彼を誘えばいいじゃない」


「おまえと行きたい」


「何でよ!」


「おまえの方が美人でかわいいから」


「え……。ちょ……な、何言ってんのよ」


 コイツ何言ってんの!?

 

 なんか顔が熱くなってきた。


「まあ……そりゃ、私は、可愛いけど……? な、なんでよ! 他の子といけばいいじゃない! あんたファンクラブもできるくらいモテるんでしょ? あんたが誘ったらすぐにOKしてくれる子なんていっぱいいるんじゃないの?」


「おまえがいいんだっ」


「えっ……」


「俺はおまえが良いんだよっ!!」


そのとき

「「「キャアアアアアアアアアアアアアアアーーー!!!」」」

 廊下から黄色い叫び声が聞こえてきた。


 オウシロウは顔を上げて私をまっすぐに見上げてきた。


 彼の真剣な眼差(まなざ)しに少しだけドキッとしてしまった。

 

 顔面はチョークの粉で真っ白で、額や鼻や口からは血が出て、前歯は2本無かったけどどそれでもグっと来た。


くやしい。


「えっと……」


「おまえじゃなきゃダメなんだ! 俺はおまえと一緒にジャンボいちご狩りがしたいんだ! だから」


 だからなによ……。


「だまって俺と付き合いやがれクソがあああああああー!!!」


「うるさいっ!! 絶対にイヤッ!」


「このとおりだっ!!」


 オウシロウは今度は(ひたい)と両手で三点倒立をして身体をピンっとまっすぐ伸ばし、斜めに浮かせたまま土下座をしてきた。


「「「キャアアアアアアアアアアアアアアアーーー!!!」」」(廊下から聞こえる黄色い声)


 さっきから廊下がうるさい。


「たのむ……。一生のお願いだから……」そう言ったオウシロウの声は少し震えていた。


 体制がきついのだろう、床についた腕も少しプルプルしていた。


「いやぁぁぁ~!」

「やめてぇぇぇ~!」

「何なのあの子。オウシロウくんにそこまでさせて」

「あの子のどこが良いの?」

「私だったらすぐにOKするのにぃぃ~」

「俺と行かないか」

「キィィィ~、うらやましいぃ~~」


 私は先輩たちから嫉妬と羨望(せんぼう)のまなざしをあびていた。


 何なのこの感覚。


 いつもならこんなに注目されたら恥ずかしくて穴にでも隠れたいと思うはずなのに。


 何だか心が喜んでいた。


 これは何?


 優越感(ゆうえつかん)


 正直悪い気はしない。

 

 もうちょっとこの感覚を味わっていたいと思った。


 一日くらいだったら付き合ってあげてもいいかな……。



「わかったわよ。付き合ってあげるわよ」


「ああああああああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛ああああああああああああー!!!」


 オウシロウは雄たけびを挙げると、斜め上にピンと伸びていた下半身はどんどん上にあがっていき、曲げていた腕も真っ直ぐに伸び、とうとう逆立ちになってしまった。


「うるさいっ! 一日だけだからね!?」


 オウシロウは逆立ちからのブリッジをきめた。それから上半身を起こして立ちあがると真剣な目をしてゆっくりと私の所へ向かってきた。


 なんだか怖くなって後ずさりする私を彼は窓際まで追い込んでドンと窓に手をついた。


 近い……。近すぎる。


 何。なんなの……。


 おでこにあたる彼の鼻息が熱いせいか、私の身体がじんわりと汗ばんでゆくのがわかった。


「約束だぞ。女に二言はねえからな」


「結婚はしないよ。一日だけ、奥さんの振りをするだけだからね……」


 


   *   *   *



 ――という訳である。


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