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ハイエナ

 実は彼女も下痢気味だった。


 鈴木は辛そうに両腕でお腹を抱えながらサービスエリアの中を彷徨い、やっとでトイレの標識を見つけて安堵した。


 と思ったら。


「あっ! パンダさんがいる!」

「あっ! 本当だ! パンダさんだ!」

 リュックサックを背負い水筒を肩から斜めがけした小学生の女の子たちが駆け寄ってきて鈴木は囲まれてしまった。


「パンダのお姉さん! かわいい~!」

「かわいい~!」

「お姉さんは何でパンダの顔をしてるんですか~?」

「ここのゆるキャラじゃない?」


「ここのゆるキャラじゃないよ~。これはね、ちょっとした事情があって……」と答える鈴木。


 しかし小学生の女の子達は「ちょっとした事情??」、「ちょっとした事情って何??」と理解ができないようだ。


「君たち小学生?」


「うん!」

「そうだよ~!」

「小学3年生!」


 周りには女の子たちと同じようにリュックを背負った子ども達がちらほらといた。


「今日は遠足か何かできたのかな?」


「うん!」

「そうだよ~!」

「これからみんなで木の実の森ひろばに行くんだよ~」


「そうなんだ~。いいね~、楽しそう~。遠足楽しんできてね。じゃあお姉さんもう行くね~」と適当に受け流しその場を後にしようとした鈴木。


「パンダのお姉さん! 記念に撮影してもいいですか?」とショートパンツの女の子がポケットから子供用スマホを取り出して見せてきた。


 鈴木は早くトイレに駆け込みたかったが遠足の思い出に何枚か撮らせてあげてもいいかと思ってニコッと笑って「いいよ」と答えた。


「やった~」と撮影しはじめる女の子。

「いいな~。わたしも撮りたい~」と他の子たちもスマホを取り出して撮影した。


 しばらくして「もういいかな……?」と鈴木が言うと「最後に一緒に撮ってもらってもいいですか?」というので仕方なくみんなで一緒に並んで撮影することになった。


「わたし汚れてるから、あまり近くに寄らないでね」


 そうしていると「わたしたちもお願いします」と別の女子のグループがやってきて、「わたしも~」、「おれも~」と周りに子供たちがどんどん集まってきて身動きが取れないくらいに大盛況になってしまった。


 おしくらまんじゅう状態の子供たちに「待って! ひとりずつ撮らせてあげるから! いったん落ち着いて! あまり近づかないでっ。わたし汚れてるからっ。服に血がついているし、鳥のフンとかもついてるからっ!」と鈴木が手でのけようとするも撮影会に興奮して大盛り上がりの子供たちにはきこえていないようだ。


 そうしている間にもお腹の下痢がギュルルルルと鳴るし油汗もたらたらで。


(お腹いたい~。もう限界かも~。どうしよう~!? 誰か助けて~!!)


 その時だ!


「何をしてるんだ?」


 そこにたまたま通りかかったオウシロウだ。


「オウシロウっ!?」

 通報されるから車から出るなと九条に言われていたのに出てきている彼を見て鈴木はヤバいという顔をした。


 全身血まみれで股間にアデリーペンギンを装着しているだけのオウシロウを見た子供たちは、最初はびっくりして固まっていたが。


「なにこの人?」

「なんかこわい」

「赤鬼?」

「パンダのお姉さんの仲間じゃない?」

「そうなの?」

「パンダのお姉さんみたい汚れているし」

「ほんとだ」

「かっこいい~」

「記念に撮影してもいいですか?」

「わたしも撮りたい!」

「おれも~!」


 子供たちはオウシロウの事をゆるキャラとでも思ったのか今度は彼の方に人だかりができようとしていた。


 しかし。


「なんだ、この薄汚いガキどもは」


 オウシロウのその一言で事態は一変、さっきまでとはうってかわって不穏な空気になってしまった。


「えっ、この人いま、わたしたちのことを薄汚いガキって言ったよ」

「わたしたち薄汚くないよねぇ~?」

「ちゃんと清潔にしてるよねぇ~?」

「おれたちは薄汚くねえっー!」

「この人のほうが薄汚いよねぇ~?」

「そうだ! 薄汚いのはおまえだろー!」

 と文句を言いだす小学生たち。


「なんて下品なガキどもだ。俺はクソをしに来たんだ。じゃまだ、消えうせろ」


 オウシロウが放ったこの一言は子供たちの心に完全に火をつけてしまった。


「きゃはははは。この人クソをしにきたんだって~」

「きゃははは~!」

「やだぁ~。キモ~い。きゃはははは!」

「うんちしたいの~?」

「ここでやっていいよ~」

 とからかうように笑う女の子達。


 やんちゃな男の子はこっそりとオウシロウの後ろに回りこみ「カンチョ~!」と言って細身の水筒をケツに突っ込もうとした。


「うああ!!」

 ビクッと身体を反らしケツ筋を閉めるオウシロウ。


 それでも男の子は水筒をグリグリしてケツにねじ込もうとした。


「くっ……何をしやがるっ……クソガキ!」


 オウシロウは片手を後ろにまわして水筒を鷲掴みにすると、おしりから抜いて取りあげようとした。しかし遠足中の小学生にとって大事な水筒を簡単に渡すはずがない。

 男の子も「はなせえええええ!!!」と水筒を両手で掴んで引っ張った。

 

 オウシロウは男の子のほうに向き直し綱引きならぬ水筒引き状態にもっていった。

 ケツを向けられて「「キャアアアー!!」」と叫ぶ女の子達。

 男の子は顔を真っ赤にし「これはおれのだあああー! はなせええええー!」と必死に踏ん張るが体格の差も力の差も歴然。オウシロウは水筒を片手で握ったまま余裕の仁王立ちをしてギロリと大きく見開いた眼でまばたきもせずに男の子を見下ろしていた。


「蒼汰! おれも手伝う!」

「おれも!」

 そばで見ていた二人の男の子たちも加勢して引っ張るが―――。


「うおおおおおおおおおお~!!」

「んんん~~~!!」


「ふふっ、雑魚どもが」

 オウシロウはびくともしないどころがニヒルに微笑む余裕さえあった。


 そのときだ!


『ぎゅぅぅぅ~』


 突然股間のヒーポくんが羽を広げて鳴いた!


 何事だ!? と股間のヒーポ君を見るオウシロウ。



「きゃははは! このヒモ引っ張ったらペンギンが鳴くんだぁ~!」

 後ろから聞こえる女の子の声。


 そう、ヒーポくんを鳴かせたのはオウシロウの後ろにいた女の子だったのだ。

 

 オウシロウが男の子たちに気を取られている隙に腰に通してあるヒーポくんのゴム紐を引っ張ったのだ。


『ぎゅぎゅぎゅぎゅぅぅぎゅぅぅぎゅぅぅ~』

  

「きゃはは、おもしろ~い、きゃははは~!」

「ねぇ、わたしもやりた~い!」

「わたしも~!」

「やらして~!」


「やめろっ! 引っ張るなっ!」


『ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぅぅぎゅぎゅぎゅぅぎゅぅぅ~ぎゅぎゅぎゅぎゅぅぅ~』

「「「きゃははははは~! きゃははははは~! きゃははははは~!」」」


 女の子達は楽しそうに何度もひっぱりヒーポくんはくちをパクパク羽をバタバタおおいそがしだ。


「きゃはは! おしりだおしりだ~! ペチペチペチ! きゃははははは~」

 ヒーポくんの鳴き声に合わせてオウシロウのおケツを爆笑しながらボンゴのようにたたく女の子もいた。

「やめろおおおー!!!」と脅すもテンションのあがった子供たちは止まらない。


「おれにもやらして~!」

 興味津々に近づいてくる男の子たち。


 「くらえ~」とオウシロウのお腹にパンチをお見舞いする子もいれば「とうっ! とりゃあ!」とオウシロウの脚のすねにしつこく何度も蹴りを入れている子、「ねぇ、赤鬼さん。ねぇ、きいて」と腕を引っ張る子、「おんぶして~」と背中に乗りかかる子もいる。


「うわあ!!」


 ついにオウシロウは倒されてしまった。


「「「きゃははは~! きゃはははは~!!」」」


 それでも子供たちの勢いは止まらない。

 みんなオウシロウと遊ぼうとしてまるで死体に群がるハイエナのようだ。


 「ねぇ、持ち上げて。ねぇ、立って」とオウシロウの顔にまたがって頭を両手で掴んでスタンバイしている女の子もいた。


 何も見えず身動きも取れないオウシロウはもがくように頭をふりながら『ああああああああああああーーーー!!』とくぐもった声を発する事しかできない。 


 子供たちにボコボコにされるオウシロウをそばで見ていた鈴木は本当ならやめなさいと子供たちに注意したいところだったが今はそれどころじゃなかった。

 (オウシロウごめん。そしてありがとう……)と心の中で感謝してこっそりとひとりトイレへ駆け込んだ。


 そして個室で便器に座っていると。



「あっ! ちんちんが見えてる~!!」

「どれどれ~? あ! ほんとだあ~!」

「キャアアーーッ! おちんちんだぁ~!!」

「「キャアアアアアアーーーッ!!」」

「きゃあああああー! キモ~イ!」

「ちっちゃ~い! きゃはははは~!」

「この人おちんちんも赤いんだねぇ~!」

「赤鬼だからだよ」

「なんかタカノツメみたい」

「「ぎゃはははははは~っ!!!」」

「たかのつめってなに~?」

「きゃはははは~、スマホでさつえいしちゃおう~っと」

「わたしも記念にと~ろおっと」

「おれもとる~!!」

「え~い! 金玉パーンチッ!!」


『あ゛あ゛あ゛あああああああああああああああああああああああああああーーーーーーっ!!!!!』


「あなたたち何をしているのっ!? 他のみんなはもうバスに乗って待って……、キャアアアアアアアアアアアーーーーッ!!! ヘンタイィィィーーーーっ!!! 誰かああああー! 警察! 警察を呼んでええええー!! 早くうううぅぅぅーー!!」


 たぶん引率の先生だろう人の叫び声が聞こえた。

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