表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/168

キャラソン

 鈴木はオープンカーの傍まで駆けてきて、いざ乗り込もうとして絶句した。

 

 ドアの取っ手やフロントガラスやボンネット、それからシートやフロアマットにも鳥のフンや羽毛がついていたからだ。しかも雨水のせいでびちょびちょになっているし、鳥たちが食べ散らかした産廃スナックも匂うし……。


 ドアの前で立ち尽くす鈴木を見た九条が「何をしているの? 早く乗って!」と言った。


「あの……。汚すぎて……」


「今はそんなこと気にしている場合じゃないでしょっ! 後でシャワーでもなんでも浴びればいいじゃない! はやく乗って! 鳥たちが戻ってくるわよ!」

 九条はそう言って助手席のシートの上に落ちていたフンや羽毛や水滴を素手でピシャッ、ピシャッと豪快に払いのけた。


 シートはまだ少し汚れていたけど、先輩がせっかく綺麗にしてくれたんだからと鈴木は意を決してフンまみれのドアハンドルに手をかけ車に乗り込んだ。


 九条はダッシュボードの上に置いてあったフンのついたサングラスを取り、何事もないかのように普通に顔にかけ、「シートベルトはちゃんとしてよね」とルームミラーを見ながら唇にリップを塗り、羽毛や土埃(つちほこり)の絡まったボサボサの髪の毛を手櫛(てぐし)で簡単に整えだした。


 そんな九条の姿を見た鈴木は(九条先輩、こんな状況でも落ち着いていてかっこいい……。汚いから嫌だなんて、わたしはなんて甘えたことをぬかしていたんだろう……。わたしも九条先輩のように何事にも動じないたくましくて強い女になりたい……)と心の中で反省した。


「九条先輩……」


「何よ」


「先輩が貸してくれたカーディガンの事なんですけど……。鳥にたち引きちぎられて持っていかれました。すみません」


「別にいいわよ」


「先輩のお気に入りだったのに……。後で弁償します」


「いいって言ってるでしょ。鳥たちがやった事だものしょうがないじゃない。あなたのせいじゃないわ。それよりあなたはお姉さんにどうやって謝るかを考えた方がいいんじゃないの? あの網のドレスもカラスたちが持って行っちゃったわよ」


 姉の一葉(カズハ)に怒られるのを想像して気の重くなった鈴木は「はぁ……」と小さくため息をはいた。


「それにしても遅いわね。オウシロウのやつどこまで行ったのかしら……」


「大丈夫ですかね……」


 九条と鈴木は身体を(ひね)るようにして後ろを振り向いて、駐車場の奥に見える雑草などが生い茂った林の方を何度も確認した。


 オウシロウが戻ってくる気配はない。


 そんな時、鈴木はトントントントンと車体にかすかに響く振動を感じた。

 何の音かと気になっていたら、原因は九条の貧乏ゆすりだった。

 九条がスニーカーの前底部分でフロアマットの水たまりをぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃと叩いているのだ。


 不安からか焦っているのか九条がそわそわしていると感じた鈴木は「なにか音楽でも聴きませんか?」と提案した。


「音楽?」

 九条はこんな時によく暢気(のんき)なことを言ってられるわね? とでも言いたそうな顔をしてまた後ろの林を確認した。


「音楽を聴いたら少しは気分が落ち着くかもしれないじゃないですか」


「そんなことより私は早くここから出たいんだけど!?」


「それはわたしも同じ気持ちで――」

「はやくお家に帰ってシャワーを浴びて半分までお湯を溜めたバスタブにお気に入りのバスソルトをたっぷりと入れて半身浴をしながら顔パックと全身のマッサージをして、入浴後は高級タオルの老舗、今川のバスローブに身を包んで、ランチには五つ星で有名な高級料亭高垣の料理長も務めていたフレンチの巨匠ピエール・ベルトラン氏のつくった特製ラタトゥイユといわしのテリーヌを頂いてデザートにはイチジクとアスパラガスのタルトフィーヌとトリュフのバニラアイス添えを楽しんでそのあとは部屋のソファでゆったりとノンカフェインのハーブティーでも飲みながらたまにピエールのマカロンなんかもつまんだりして読書をしたりてんじろう先生の科学実験動画を観たり録り溜めてあるドラマやアニメを何も考えずにただひたすらに鑑賞――」

「先輩! 落ち着いてくださいっ!」


「どうしたらこんな状況でも落ち着いていられるっていうのっ!?」


「先輩……」


「買ってもらったばかりの車は鳥のフンだらけだし、サングラスにもフンが付いているし、雨のせいで下着も靴もぐっちょぐちょのべっとべとだし、髪の毛は鳥の羽毛だらけでバッサバサだし、スナックはくさいし、もう嫌ああああああーっ!!」


「そうですよねっ、わかりますっ! でも、こんな時だからこそ音楽をききましょうっ!? あかるい音楽でも聴いて気分を変えましょう!? ねっ!?」


「……」


「先輩は運転もするんだし、リラックスしていた方がきっと安全で良い運転ができますよっ!」


「それはあるわね……。 なんか取り乱してごめんなさいね……」


「いいですよ。こんな状況になったら誰でもそうなりますよ」


「で、何を聴くの? 私はCDとか持ってきてないわよ? スマホにも音楽のアプリとかも入れてないし……」


「私はアプリ入れてます」と鈴木は膝の上に置いてあるバスケット籠の中からスマホを取り出して音楽アプリを開き自分の作ったプレイリストを見ながらスワイプした。


「え~と、何が良いかな……」


【♪オマエのスティックは俺だけのもの。~もう二度と離したくはない~】

【♪今夜は慰めてくれよブラザー!】

【♪性獣の穴歌】

【♪Ⅰ・NA・RI 二階堂聖夜 & 月城海斗ver.】

【♪受けて立つ⁉☆攻めぎ愛!?】

【♪ファンタスティック兄貴シューティングスター!】



「やっぱりラジオをかけてみましょうか? ラジオでも何かいい曲がかかっているかも。この車ってラジオついてますよね? スイッチはどれですか? これですかね? それともこれかな? これ? 押してみてもいいですか??」


「それはエアコンのボタンよ。それはハザードランプ。それはガラスの曇り取り。待って、私がやるわ。確かこれがラジオのチューニングだった気がする……」


 九条がボタンを押すとスピーカーからラジオの語学番組が流れた。

 

「チャンネルをかえてみましょう。ほかで音楽の番組とかやってるかも。次のチャンネルは? 次は?」と鈴木に言われるがまま九条は次々とチャンネルを変えていった。

 

 しかし、やっていたのはニュースや通販やスポーツやお昼の情報番組ばっかりだ。1つだけクラシックのようなオーケストラのインストゥルメンタルの曲がかかっているチャンネルがあった。


「音楽はここでしかやっていないわね」


「いいじゃないですか。たまにはこういうゆったりした音楽を聴くのも。リラックスできそうです」


「そうね」 


 

 時刻はもうお昼前になっていて照り付ける太陽が熱くて気持ちいい。

 まだ5月なので風が少しひんやりしているのもいい感じだ。


 そしてもう6分以上も待っているのにオウシロウは一向に戻ってくる気配がない。


「遅いですね……オウシロウくん……」


「いったい何をしてるのよアイツは」


 ふたりは何度も後ろの雑木林を確認しながら次第に心配がおおきくなっていた。


 ラジオはさっきまで流れていた曲が終わり、DJの女の人が喋り始めた。


(たちばな)あきこのウィークエンドラジオ。今月は映画音楽を特集しています。今日、最後に紹介する曲は、昨年大ヒットした映画、となりのおじさんたちのサウンドトラックCDに収録されている1曲、「あいつは私たちの身代わりになって死んだ」です。この曲は映画音楽の巨匠と呼ばれている尾崎住太郎氏が――』


 鈴木と九条は目を合わせた。

 

『それでは皆さんよい週末を。さようなら~』


『ピン、ピン、ピロリン♪ ピロリロリン♪』


 スピーカーから響き渡る物悲しいピアノの音色が九条たちの不安を掻き立てた。


「まさか……。オウシロウはもう……。鳥たちに……」


「何を言ってるんですか。そんなわけ……」


「いくらなんでも遅すぎるでしょうっ!?」


「それは……」


「鈴木さん……。私ちょっと林の中へ行って見てこようと思うんだけど」


「一人で行ったら危ないですよ! だったらわたしも一緒に――」

「3人ともやられたら誰が助けを呼ぶのっ!!?」


「……」


「いい? 鈴木さん。よく聞いて。もし、私が林の中へ入って15分以上経っても戻ってこなかったら。その時はあなたが警察に電話して? わかった?」


「はい……」


「じゃあ行ってくるわね」

 そう言って九条が車のドアを開けようとしたとき。

「そうだ! 待ってください先輩っ!」


「何よ」 


「磯貝さんたちを呼んできませんか!? 磯貝さんたちなら普段から危険な受刑者さんたちともやりあっているし、なんらかの武器も持っているだろうし、なんとか――」


 あ、その手があったかと九条がひらめいたその時だ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおー!!!」


 とつぜん遠くのほうから少年の叫び声が聞こえてきた!


 九条たちが声のする方を振り向くと、そこには、こちらへ向かって全力で走ってくる全身真っ赤な少年の姿があった。


 遠すぎて顔までは確認できないけどあの声とあの坊主頭は確かにオウシロウだ!


「「オウシロウーっ!!!」」


 オウシロウが無事であることが確認できて、鈴木と九条は顔をほころばせて喜んだ。


 オウシロウの後ろからは鳥たちの群れが飛んで来ているのも見えた。


「オウシロウっ!! いそいでっ!」 

「はやくーっ!!」


 二人はオウシロウにむかって叫んだ。


 そして、オウシロウがだんだん近づいてくるにつれ彼が真っ赤なのは全身が血まみれになっているからだと気づいて少し引いた。


 さらにはオウシロウの下半身に何か違和感を覚えた。


 彼のちょうど股のところに小さなオクラらしきものがついていて、ぷるんぷるんと飛び跳ねていたからだ。


 ふたりは気になって目を細めてよく見てみた――。




 ちんちんだ!!!


「「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーー!!!」」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ