それぞれの思い
「ひぃやああああああああああああああああああああ!!!」と叫びながら走ってくるオウシロウに気が付いた鳥たちはびっくりして一匹残らず散り散りばらばらに飛び立っていった。
オウシロウはオープンカーのそばまで勢いよくやってきてドアに両手をかけると身体を乗り出して車の中に顔を突っ込むようにしてフロアマットに向かって「あああああああああああああああああああああああああああああああー!!」と力の限り叫んだ。
そして上半身を起こして鳥たちがいなくなったのを確認すると「ふっ、雑魚めが。くそったれの鳥ども」とひとりごちた。
踵を返して戻ってくるオウシロウの姿を見た鈴木と九条は「すごーい!」、「やるじゃない、オウシロウ」と彼のもとへ駆け寄ろうとした。
その時だ!
一瞬の出来事だった。
オウシロウの背後、上空から黒い影がものすごい速さで降りてきて彼の顔の横をシュッと通り過ぎて再び上空へと戻っていた。
(えっ!?)、(何!? 今のは!?)と足を止める鈴木と九条。
オウシロウの右頬には赤い線が引かれ、そこからじわじわと血液が滲み出して垂れてきた。
3人は上を見上げた。
近くの電線にはカラスたちがオウシロウを見つめてカァー! カァー! と身体を膨らませて目を見開き、首を伸ばしていた。
そして大きく羽を広げたかと思うと次々と電線から飛び降りてオウシロウめがけて急降下しだした。
「キャアアアアアアアアー!!」と甲高い声で叫ぶ鈴木。
オウシロウはシュッ、シュッと素早い身のこなしでカラスの攻撃をかわしていったが、さすがに数が多すぎた。
二匹同時、三匹同時に襲い掛かってくるとなると全部かわすのは困難で、尖ったくちばしや鋭い鉤爪がオウシロウの額や、こめかみ、手の甲などを次々と引っ搔いた。
襲い掛かってくるカラスの数がさらに増えて、オウシロウは脚を肩幅くらいに開いてしっかりと地面に立ち、身体をかがめ、顔を下に向け、おでこの前で腕をクロスして防御の体勢をとった。
カラスはオウシロウの腕や頭や背中を嘴でつついたり齧ったり引っ張ったり。
ロングTシャツの袖はビリビリと破られ剝ぎ取られ、カーゴパンツもつつかれて穴をあけられていた。
オウシロウは部活で鍛えられているので打たれ強いし体格もがっしりしているのでカラスなんて腕を軽く跳ねのけるだけでいっぱつKOできるくらいの力はあるはずだ。それなのにカラスに好き放題やられっぱなしだ。
「オウシロウ! 何をしてるのよ! 反撃しなさいよっ!」と九条が叫ぶ。
しかしオウシロウは黙って攻撃に耐えていた。
そんな時だ、一匹のカラスがすごい速さで急降下してきた。
そのカラスは他のカラスよりも体格がひとまわり大きくてリーダーの風格のある立派なカラスでオウシロウのタマを狙って突っ込んできてそのままシュパンッッ!! っと股の間から抜けていった。
「うわああああああああああああああああ!!!」と唾液を飛ばして叫ぶオウシロウ。
さすがカラス頭がいい。男の急所をよくわかっている。
オウシロウはタマに走った衝撃にたまらず両手で股間を押さえてしまう。
そのせいでさっきまで腕で隠していた頭部の守備がおろそかになってしまった。
その隙を狙っていたのか、どこからか一匹の鳩がものすごいスピードで飛んできて体当たりでオウシロウの顔面にきれいな右フックをお見舞いした。
オウシロウは鼻血とよだれを噴き出して地面にダウンし、鳩はそのまま滑らかに地面に着地して「クルックゥ」と余裕のひと鳴きをしてみせた。
オウシロウが倒れた衝撃で彼の周りにいたカラスたちはびっくりして一瞬だけちりちりばらばらに飛び去っていったが、再びオウシロウのもとに集まってきて執拗に攻撃を繰りかえした。
そのうち鳩たちやスズメたちも集まってきて次々とオウシロウに攻撃を仕掛けてきた。
現場は鳥たちの羽音と鳴き声でうるさくて、抜けた羽毛もたくさん舞って目もまともに開けられないくらいの状況でもうパニックだ。
オウシロウは地面に身体を丸めて攻撃に耐え忍しのぶことしかできなかった。
九条もうかつに手を出したら鳥たちからどんな仕返しが待っているのかわからないので、どうすることもできなくて固唾をのんで見守るしかなかった。
しかし同じ高校の後輩がボコボコにやられているのをこのまま黙って見ておくのも自分のプライドが許さない。
ふと、手に持っていたヒーポ君の被り物を見た。
(これを被れば顔面は保護できるし、ペンギンを怖がって鳥たちが逃げるかもしれない)と思った。
頭から被った。
マスクののぞき穴は小さいけど意外と視界はよかった。
ただし――、
「クサっ!!?」
すごくゴムくさかった。
しかもオウシロウの汗なのかよだれなのかわからないけど濡れていて気持ち悪い。
しかし今はそんなこと言ってる場合じゃない、はやくオウシロウを助けないと。
九条は肩からさげていたポーチバッグを肩からおろした。
そしてショルダーストラップの部分を右手に握りしめてヌンチャク代わりに振り回しながら、左手は被り物の顎ヒモ部分を引っ張って『ぎゅぎゅぎゅぎゅぅぅぎゅぅぅぎゅぅぅ~』とヒーポ君に威嚇してもらいながらオウシロウの元へ近づくことにした。
しかし、カラスや鳩がスズメが近くを飛んでいくたびに「キャアッ!」、「イヤッ!」、「ア゛アンッ!!」といやらしい声を出してビビりまくりで3歩進んで2歩下がるのかというくらいの超スローペースだった。
「えいっ! ええいっ!」と一生懸命ヌンチャク代わりに振り回しているポーチもぜんぜんきれいに振り切れてないし何にもあたらない。ゆいいつ何度かヒットしたのはヒーポ君や自身の身体にだけだ。
その時に受けた衝撃を鳥の仕業だと思っているからよけいにタチが悪い。
この調子だとオウシロウのもとへたどり着くまでに何分かかるやら。
そんな時だ。
「鳥たちいいぃぃーーっ!! これを見ろーーーっ!!」
大声で叫んだのは鈴木だ。
彼女の両手には二つのハンドボールサイズのおにぎりが鷲掴みにされていた。
彼女はそれをくっつけるように並べて頭の上に高く掲げた。
そして「ごはんならここにあるっ!! 食べにきやがれーーーっ!!」と力のかぎりに叫んだ。




