仲良しの鳥たち
「離せっ! どこに連れて行く気だっ! 耳がとれたらおまえの責任だからなっ」
「さっきからうるさいわね! 少しくらい静かにできないの!?」
「うあっ!」
ドサッ!
九条に耳をつかまれ中腰のまま引っ張られながら歩いていたオウシロウがバランスを崩して地面に転がった。
「あら、ごめんなさい。大丈夫?」と心のこもっていない気づかいみせる九条。
雨降りあとの地面に寝そべり薄汚く汚れたオウシロウを見て(まるでボロ雑巾のようね)と心の中で思った。
オウシロウは「クソ……」と起き上がり、地面に片膝をついて解けていたスニーカーの靴ひもを結びだした。
「大丈夫? ケガしなかった?」と心配そうに見ていた鈴木は(何なのこのクソダサデザインのロンTは。今時そんな服どこに行ったら買えるの? 中学生のころに母親が買ってきたやつを今でも大事に着ているのかしら?)と心の中で思った。
オウシロウが靴ひもを結ぶのに手こずっている様子に気づいた九条は少し時間がかかりそうだと思ったのか、手に持っていたヒーポ君のゴムマスクを下を向いて靴ひも結びに集中しているオウシロウの後頭部の上に乗っけて落っこちないようにバランスを整えながら「オウシロウ、あんたどうやってここまで来たの?」と興味なさそうに訊いた。
オウシロウは下を向いたまま「監督たちと、監督のワゴン車できた……」とぼそっと答えた。
「野救部のみんなと一緒に来たの?」
「そうだ……。全員じゃないけどな……」
「で、監督たちは? どこに行ったわけ?」
「知るか……。俺がクソしに行って戻ってきたらいなくなってた……」
「忘れられて置いて行かれたのね」
「……」
鈴木はその話を聞いていて(かわいそうなやつ……)と心の中で思った。
オウシロウは靴ひも結びを何度も失敗して、解けて、何度もやり直して。
3分が経過した。
「おそい! 何やってるの!? あなた靴ひももろくに結べないの!?」
「結べるぜっ! いつも自分で結んでるっ!!」
「だったら早くしなさいよ!」
「絶対にほどけない結び方を試してるんだよ!!」
「なによそれ」
「ネットで見たんだ!!」
「なにも今試す必要ないでしょ!? 普通に結びなさいよ」
「いやだっ」
「はぁ……」
とため息をつく九条。
鈴木は退屈しのぎに地面の水たまりをサンダルでぺちぺちしていた。
「先輩。さっきここを通った時、地面ってこんなに濡れていましたっけ?」と鈴木。
「えっと。確か、ここに来たときは濡れた靴底の跡が地面についていたから。今よりかは乾燥していたんじゃないかしら……」とそれがどうしたの? そんな事どうでもいいわという様子の九条。
今は地面全体がすでに濡れていて水たまりを踏んでも足跡はつかなくなっていた。
「じゃあ通り雨でも降ったのかもしれないですね……」と鈴木は水たまりの水をサンダルで蹴りながらぼそっとつぶやいた。
そしてハッとして目を合わせる九条と鈴木。
「「大変! 車の屋根開けっ放し!」」
女たちの突然の大声に何事だとびっくりして顔を上げるオウシロウ。
頭の上に置かれていたゴムマスクはベチャッと地面に落ちた。
「オウシロウ! いそいで!」
「俺に指図をするなっ!」
「私たち先に駐車場に行ってるからね!」
女たちが走っていくのを見て、オウシロウは訳もわからずに靴ひもを雑に結び終えて、地面に落ちていたゴムマスクを拾ってあわてて走ってついていった。
* * *
駐車場に走ってやってきた3人だが遠目に見えた光景に驚愕して立ち止まってしまった。
なぜなら来客専用の駐車場にポツンと一台だけ止まっている九条のオープンカーが鳥たちの憩いの場になっていたからだ。
落ちているスナック菓子をつついておいしそうに食べているものや、フロアマットや人工皮革のシートのくぼみに溜まった雨水で水浴びをするものや、フロントガラスやドアの縁に並んで羽繕いをするものたちや、ボンネットの上で丸くなって気持ちよさそうに眠るもの、エンブレムをつついて遊ぶもの、ハンドルやフロントガラスをすべり台の代わりにして遊ぶもの、サイドミラーに映る自分を不思議そうに眺めているもの、シートのヘッドレストをつついて遊ぶもの、そこは鳥たちに大人気のスポットになっていた。
鳥の種類も豊富で、一番多いのはカラスでその次にスズメ、その次に鳩でその他にも名前も知らないような珍しい鳥までもがやってきていた。
カァーカァー! チュンチュン。ホーゥホーゥボボーゥ、ホーゥホーゥボボーゥ♪ キョッ!
鳴き声も賑やかだ。
「どうした? なんで立ち止まっているんだ?」
オウシロウの呼びかけに我に返る九条と鈴木。
オウシロウはいつの間にかゴムマスクを被っていて、まるで首無し人間の上にアデリーペンギンが立っているような異様な見た目になっていた。
「そのマスク、前は見えているの?」と九条が訊いた。
「見えてる。小さい穴が開いているから」とオウシロウ。
どうやらペンギンのお腹の白い部分に目立たない小さい穴がいくつも開いていてそこから見えるようになっているらしい。
「あそこにあるオープンカーを見て。あれ私の車なの……」と九条は震える指で鳥たちの憩いの場を指し示した。
「あれは……車か?」とオウシロウ。
「車よ」と落ち込んだ様子の九条。
「どうしますか、先輩……」と同情する鈴木。
九条は少し間をおいてから「タクシーで帰りましょう……」と断腸の思いでポーチからスマホを取り出した。
すると「なんでだよ。あんなの追い払えばいいだけだろ」とオウシロウが走り出そうとしたので「待ちなさいっ!」と九条が彼の腕をつかんで引き留めた。
「何だよっ」
「カラスを追い払うときは慎重にやらないとっ」
「なんでっ」
「恨みを買ったら反撃されるわよ」
「その話、わたしも聞いたことがあります。カラスは頭がいいから、意地悪をしてきた人間の顔をずっと覚えていて何度も復習しに来るって……」
「そうよ。だから追い払うなら敬意をもって優しく丁寧に追い払わないと――」
「おまえらそんなくだらねえ迷信なんか信じてんのかよ! かわいいーな!! がははははは!」
オウシロウはバカにするようにそう言って大声で笑ったが目はぜんぜん笑っていなかった。
マスクで隠れていて見えないがオウシロウはまばたきもせずに目を大きく見開いてむしろキレていた。
そして急に笑いやんだかと思うと九条を見下ろすように顔を近づけて「手を放せよ、メス」と静かに睨みつけた。
しかしオウシロウはマスクをかぶっているので九条から見えるのは死んだ魚のような眼をしたヒーポ君の白いお腹だけだ。
九条もヒーポ君のお腹を睨みつけていたが今は何を言っても無駄だと思ったのか掴んでいた腕をそっと放した。
オウシロウは頭に被っていたヒーポ君のゴムマスクを脱ぐと「持っておけ」と九条に渡し「俺が追い払ってくる」と言って大声で叫びながらオープンカーの方へ全力で走っていった。
「あああああああああああああああああああああああああー!!」




