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踊っている人にいきなり近づくな

(なんで話しかけるんですか先輩!? あんなヤバそうな人に話しかけたらだめですよっ!)と鈴木は心の中で叫んだ。


 オウシロウは「誰だおまえ」と九条を睨みつけた。


「私は九条紬(くじょうつむぎ)。あなたと同じ草林高校の3年生よ」とオウシロウの元へゆっくりと歩み寄る九条。


「クジョー?」


「あなたは1年生の大城オウシロウでしょ?」


「そうだ!」


「さっきからここで何をしているの? 看守のおじさまたちが迷惑をしているのが分からないの?」 


「俺は――」

「仕事の邪魔をするのはやめなさいよ! みっともない!」


「なんだとテメェ!!」

 キレたオウシロウは若い方のおじさんの拘束を振り払って九条の近くまでよると「調子に乗ってんじゃねぞこのアマあ!!」と近くの椅子の上にゴムマスクをおいてから彼女に見せつけるようにバックスピンで高速で回り始めた。


 胸の前で腕を組んでオウシロウのバックスピンを見下ろしていた九条は「ふん、たいしたことないわね」と吐き捨て、髪を束ねていたゴムを解いて頭を振り払い「私だって踊れるんだから。見てなさい」と片方の手を腰に当てたかっこいいポーズを決めて。「フォー!!」と叫んで女の色気たっぷりでかっこいい迫真のジャズダンスを披露し始めた。


 踊りながらオウシロウとの距離をだんだんと詰めていく九条。


 接触したら危ない。


 鈴木がどうしたらいいのかわからずどぎまぎとしていると、「こらこら、ケンカはやめなさい。あぶないよ」と年配の看守のおじさんがふたりの間に割って入った。


 その時だ。


 パチィンッ!

「ぎゃあ!」


「うわあ!」

「キャッ! ごめんなさいっ!」



 ダンスを踊っている人にいきなり近づくのは危険だ。


 九条が高速ターンとともに勢いよく振りまわした手の甲がおじさんの頬に当たり、おじさんは倒れてオウシロウの上にどしんと覆いかぶさってしまった。


 一瞬の出来事にびっくりした鈴木は両手で口元を隠したまま固まってしまう。


磯貝(いそがい)さん! 大丈夫ですか!」と若い方の看守がすぐに駆け寄ってきて年配のおじさんの頭を支えて上半身を起こそうとした。


 磯貝さんは「いやいや、大丈夫。自分で起きれるから」と平気そうだったが、


 九条も「大丈夫ですか!? ごめんなさいっ!」としゃがんで磯貝さんの肩を支えた。

 鈴木もすぐに駆け寄って磯貝さんの手を引っ張ってみんなでいっしょに起き上がらせた。


 うつ伏せのオウシロウの背中に腰掛けた磯貝は「いやあ。ありがとうね」とみんなに言った。


 何を思ったかオウシロウは背中に磯貝さんを座らせたまま身体をもちあげて四つん這いになり自らベンチになった。


「本当にごめんなさい。私、踊りに夢中になって、急に止まることができなくて……」と九条は申し訳なさそうにして磯貝さんに誤った。


「いいよいいよ気にしなくて。私がいきなり近づいたのが悪いんだから」


「でも……」


「私はもう何年もここの看守をやっているんだよ。常識の通用しない筋肉ムキムキの暴漢どもを毎日相手にしているんだ、これくらいどうってことない。蚊に刺されたみたいなもんだ」

 そう言ってはははと笑う磯貝さんの頬には真っ赤な手の跡がくっきりと付いていた。



「それより、君たち知り合いだったんだね」と磯貝さんが言った。


「私が一方的に知っているだけです」と九条。


「そうか。でもよかった、知っている人がいて」


 九条と鈴木は何がよかったのかわからなかった。


「君たちは今から平岡のところに行くんだろ?」と磯貝さんが()くと「そうなんですか!?」と若い方のおじさんも何故か嬉しそうに話に割って入ってきた。


「はい、そうですけど……」と答える九条。


「どうかな。よかったらこの少年もいっしょに彼のところに連れて行ってあげてくれないか?」と磯貝さんはオウシロウの坊主頭の上に手を置いた。


「「ええ……」」

 九条と鈴木はあきらかに嫌そうな反応をした。


「このこもどうしても平岡に会いたいみたいなんだよ。お願いできないかな?」


「いやあ……。それはちょっと……」と九条。


「たのむよ。連れて行って、そこに降ろすだけでいいんだ。こいつに此処にいられると煩くて仕事にならないんだよ。1時間くらい前からずっとこいつの相手をしていてもうヘトヘトなんだ」


「それは大変でしたね……」と九条は同情した。


 それを聞いて若い方のおじさんも「そうなんだよ。ここには平岡は居ないと何度も説明しているんだけどね? こいつは『黙れ。ここに居るのはわかっている。早く出しやがれ』と言って絶対に聞こうとしないんだよ。ほんとどうかしてるよ」とあきれた。


 それを聞いたオウシロウが「監督がここにいるって言っていたんだ……」と床を見ながらぼそっと言ったが誰も聞いていなくて若い方のおじさんは話をつづけた。


「帰りなさいと言っても帰らないし。きちんと説明しようとすると耳をふさいで叫びだすし。しまいには良いものを見せてやると言って急に踊りだすし。もう私たちにはわけがわからなくて」と困った様子のおじさん。


 それでも嫌そうな顔をする九条。


「お願いできないか? ガソリン代もあげるから。頼む。このとおり」と磯貝さんは手を合わせて頭を下げてお願いしてきた。


「私からもお願いします!」と若い方のおじさんは帽子を脱いで土下座までした。


 オウシロウはじっと床を見つめたまま聞き耳を立てて会話を全部聞いていて、怒りをためた柴犬のようにしわを寄せた鼻をピクピクさせながらヴーと静かにうなっていた。



「わかりました」


 おじさんたちの必死の頼みように九条は折れるしかなかった。


「本当か!」


「はい。いいわよね、鈴木さん?」


「あ、はい! 先輩がいいなら……」


「ありがとう!」

「ありがとうお嬢ちゃんたち!」

 おじさんたちは嬉しそうだ。


「ちょっとここで待っててくれるか。ちょっと更衣室に行って財布を――」と磯貝さんが立ち上がると、九条は「ガソリン代は結構です。ついでですので」と断った。


「しかし――」

「大丈夫です。お金ならあります」


 なんだか申し訳なさそうにする磯貝さんに、九条は食い気味にかつ丁寧に断りを入れると椅子の上に置いてあったヒーポ君のゴムマスクを取り、「ほらっ、オウシロウ。いくわよ。立ちなさい」と床を見つめたままヴーヴーうなっているオウシロウの耳を引っ張って連れていってしまった。

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