ヒーポ君
二人は扉をゆっくりと開き中を覗き込んだ。
建物の中は意外と明るく、病院の待合室みたいになっていて受付のカウンターまえのフロアでは丸坊主の少年が「あああああああああああああああああー!!」と叫びながらブレイクダンスの技の高速バックスピンを披露していた。
その傍には看守らしき制服を着た2人のおじさんが立っていて「おお。すげえな!」、「いいぞ、もっと回れ回れ!」と手拍子をしたりガッツポーズをしたりしてはやし立てていた。
部屋にいたのはこの三人だけだ。
鈴木と九条は話しかけにくいと思い、しばらく入口の前に立ったままその様子を見ていた。
少年は高速バックスピンの最後に、床に片膝をつき背中を丸めて下を向き頭の前で両腕をクロスするキメポーズを決めた。
「おおおおー!」、「かっけー!」とおじさんたちが拍手を送る。
これで終わりかと思いきや、少年はまた「うわああああああああああああー!!」と叫んでブレイクダンスの技のひとつタートルウォークとタートルバックを交互に繰り返し披露した。
「もういいだろ!!」、「もう帰れ! 俺たちは暇じゃないんだ!」と突然キレる看守たち。
少年はタートルウォークとタートルバックをしながら「嫌だっ! 俺は平岡に会うまで絶対に帰らない! うああああああああああああああああー!」と叫んだ。
「だからそいつはもう此処にはいないって何度も言っているだろっ!」
「話をちゃんと聞けっ!」
「ぎゃあああああああああああああああああー!!! ああん! あんあんあんっ!!」
鈴木と九条はその少年に見覚えがあった。
「先輩、わたしあの子知ってます。同じ草高の子ですよ。野救部のユニフォームを着て平岡とふたりで練習をしているところを何度か見かけました」
(平岡とふたりで野救の練習をしている? という事は、もしかしてあの子がサトシの言っていた……)
鈴木の話を聞いて九条はピンときた。そして「私も知っているわ……」と少年を見つめながら口の端を吊り上げた。
そんなとき、看守のおじさんたちが鈴木たちに気が付いた。
そして鈴木の顔を二度見してビクッと一瞬目を丸くしたが、すぐににこやかな顔に戻り「あの、どうかしましたか?」と二人のほうへ近寄ってきた。
「ひゃあああああああああああああああああー!!」
奥の方では少年がまだタートルバックで床の上を移動しまわっている。
「すみませんね、なんか騒がしくて」と若いほうのおじさんはもうしわけなさそうに頭を下げて、もう一人の年配のおじさんは九条を見て「あ、君はこの前も来ていたお嬢さん」と知っているような素振りで帽子を脱いで会釈した。
「はい、九条です。この前はどうも」
「いえいえこちらこそ。それで、今日はどういったご用件で……?」
「あの、ここに――」
「オウッ! オウッ! オウッ! オウッ! あ゛ああああああああああああー!!!」
今度はタートルウォークをしながらオットセイとヤギの鳴き声を披露する少年。
「おい、お前はあいつをなんとかしろ」
「はい!」
年配のおじさんに指示され若い方のおじさんは少年のところへ戻っていった。
「すいませんね。それでどういった……」
「あの、ここに平岡大志という少年が収容されていると聞いたのですけど」
「ああ、君たちも彼に面会に来たのか」
「はい」
「彼はねぇ、もうここにいないんですよ」
「えっ、どういうことですか?」
「彼はちょっとねぇ、私たちでは手に負えなくてね」
「いったい何があったんですか?」
「いやぁ、まず言葉が通じないでしょ? それに誰彼構わずヴーヴー威嚇して吠えたりぺろぺろなめたりするし。夜中も遠吠えをしたり吠えまくるんでほかの受刑者たちも寝不足でノイローゼ気味になってねぇ……」
「やめろおおお! 離せええ!!」
「おいっ!落ち着け! おまえも牢獄に入りたいのか!!」
「いやだあああー!」
後ろの方では少年が若い方のおじさんに羽交い締めにされて暴れていた。
「それで平岡は今どこにいるんですか?」
「えっとね、たしか新宿のほうにある国立特別警察犬訓練保護センターという所に収容されていると聞いたけど……」
「そうなんですか……。じゃあそこを探して行ってみます」
「ここからだとけっこう遠いけどだいじょうぶ? 行ける?」
「はい、車できたので」
「そうか。じゃあそうしなさい」
「はい」
「気を付けてね」
「はい、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
鈴木はお礼を言ってすぐに部屋から出ていこうとしたが、九条はその場に立ち止まったまま受付カウンターのところにいる若い方のおじさんに背後から抱きしめられ拘束されている少年を見ていたので、どうしたのだろうと自分も一緒に見ていることにした。
「オウッ!! オウッ!! オウッ!! オウッ!!」
「うるさいっ!! だまれっ!! おまえはオットセイか!!」
相変わらず少年と若い方のおじさんの攻防は続いていた。
そこへ年配のおじさんがやってきて、受付カウンターの奥の方に並べて置かれていたお土産用に販売されているリアルなアデリーペンギンの形をしたゴムマスクをとって「ほら! これをやるから、一回落ち着け!」と少年の頭にすっぽりとかぶせた。
「なにしやがる!」とゴムマスクを両手で脱いでまじまじと見る少年。
「なんだこれは!?」
「ここのマスコットキャラクターのヒーポ君のゴムマスクだ。どうだ、かっこいいだろ?」
「かっこいい……」
「下の方についているヒモを引っ張ってみろ」
「ヒモ……? これか?」
「そうだ」
少年は、アデリーペンギンの下の方についていた顎ひもを引っ張ってみた。
すると、アデリーペンギンが威嚇をするように羽を上げて、くちばしを開いて『ぎゅぅぅぅぅ~』となんだかピリピリしたような鳴き声がした。
今度は何度か連続で引っ張ってみた。
するとまた威嚇するように『ぎゅぎゅぎゅぎゅぅぅぎゅぅぅぎゅぅぅ~』と鳴きながら羽をパタパタと大きく羽ばたかせた。
「すげえ!?」
「な? これをやるから今日はおとなしく帰れっ! そして二度と来るなっ!」
「……」
かっこいいマスクをもらえたことはうれしい、でも平岡に会うまで帰りたくない、少年の表情からそんな心の葛藤が見てとれる。
「大城オウシロウ!」九条が叫んだ。
突然に自分の名前を呼ばれたので何だ? と少年は振り向いた。
九条と目が合う。
「あなた、大城オウシロウでしょ?」




