赤いオープンカーの女
ここはとあるバス停。
鈴木萌果はむすっとした顔をしてひとりベンチに座りバスを待っていた。
左はサクランボのチャーム、右はヒマワリの造花のチャームのついたヘアゴムで髪の毛をハーフツインにして、メイクはニキビの赤みをより引き立たせたほろ酔いメイクでかわいくキメている。
着ている服は下にデニムのショートパンツを穿いて、トップスはミニ丈の白いTシャツの上から黒いスポーツブラをつけて、その上から漁師が使っていそうな網のロングドレスを着て足には厚底のかわいいサンダルを履いていた。
セレブゴシップ雑誌に載っていた粗い網目のドレスを着たかっこいいモデルさんの服装をマネしてみたが下着姿が丸見えのまま外出するのはさすがに抵抗があったので他の雑誌も参考にしていろいろ試行錯誤をした結果このコーディネートになった。
鈴木がむすっとした顔をしているのはマンションを出ようとしていた時に父親と喧嘩をしたからである。
* * *
鈴木がルンルン気分で玄関でサンダルを履いていたら後ろから父親が「お、萌果。こんな朝早くからどこかに出かけるのか?」と話しかけてきた。
「あ、お父さんおはよう! ちょっと友達のところに面会に――」
「なんだその恰好は!?」
鈴木の格好を見て父親は驚いていた。
「えっ……」
「おまえそんな恰好で外を出歩くつもりなのか!?」
「そうだけど!?」
「やめときなさいっ!」
「なんで?」
「なんでって、どう見てもおかしいだろ! なんだそのファッション? 漁師の網にかかって陸に打ち上げられたあばずれか何かがテーマになっているのか!?」
「ちがうっ!」
「だったら何なんだ!」
「今はこんなファッションが流行ってるのっ!」
「ズボンの裾からパンティーをはみ出して見せびらかすのがか!?」
「ちがう! これはポケットの裏地っ!」
「そんな薄着じゃ肌寒いだろ!? まだ五月だぞ!?」
「おしゃれは忍耐と根性なの!」
「せめてブラジャーは服の中につけなさい!」
「もううるさいっ! 何もわからないくせにっ!」
「とにかく、こんな破廉恥な格好で出かけるのはお父さんは反対だぞ!」
「キッチンにおにぎりを作っておいてあるから朝ごはんに食べてね! じゃあいってきまーすっ!」
「コラーッ! 待ちなさいっ! 萌果ー!」
* * *
父親の制止する声を無視するようにマンションを飛び出してきた。
いつも私たちにために仕事を頑張ってくれている父親に楯突いてしまったという罪悪感もあって気分も落ち込む。
そんな時は歌でもうたって気分を盛り上げよう。
「あたしはさそり座の女の子~♪ いつでもおしゃれなイケてる女の子~♪ ルールル~♪ ルルル~♪」
自作の歌を口ずさみながら道行く車を眺めていたら一台のぴかぴかの赤いオープンカーが目の前で停止した。
運転席にはサングラスをかけて、緩く巻いた長い黒髪を後ろで一つにまとめた、いかにもなイイ女が座っていた。
その女はサングラスを頭に掛けると「鈴木さん、こんなところで何をしているの?」と声をかけてきた。
「九条先輩!?」
鈴木はベンチから立ち上がってオープンカーに近づいた。
「すごい! 九条先輩て車の免許持っていたんですね」
「そうよ」
「かっこいい」
「でしょ? この車はパパにもらったの」
「すごい。高そう……」
「まあそれなりにはするでしょうね」
鈴木は内装を見わたして「すてき~」ともらした。
鈴木は九条のファッションも見た。彼女はハイウエストのぴたっとしたデニムにぴたっとしたノースリーブのブラウスの裾をインして上から長袖の透け感のあるロングカーデを羽織っていた。靴は白のスニーカーでさわやかなコーデだ。
「そのカーディガンも素敵ですね」
「春らしくてさわやかでいいいでしょ? この色気にっているの」
「かわいいです」
「私これから平岡大志くんに会いに行こうと思ってるんだけど」
「わたしもです!」
「そうなの?」
「はい! わたしも耳川さんと平岡のところに面会しに行こうと思ってたんです」
「耳川さん? 彼女ならもうすでに釈放されているはずだけど?」
「えっ……」
「前に言ったでしょ? 耳川さんの事は私に任せてって。私が特別に手回ししてあげたのよ。コネと金を使ってね」
「そうなんですか?」
「そうよ。この世のなか金で解――」
「でも、電話をしてもつながらないしメッセージを送っても未読のままだし……」
「まあいいわ、とにかく乗って。一緒に行きましょう」
「え、いいんですか?」
「あたりまえじゃない。目的地は同じなんだから」
「やったー! じゃあお願いします!」
「ちゃんとシートベルトはしてよね」
「はい。わたしオープンカーに乗るの初めてなんです。なんかわくわくする~」
「なによその大きいカゴは。ピクニックにでも行くつもり?」
* * *
「キャアアアアアアアアアアー!! きゃははははは~!」
「フォーー-----ー!! あははは~!」
九条の運転するオープンカーは高速道路に入り、鈴木と九条の髪の毛は強風にあおられぶわんぶわんと舞い、バッサ、バッサと何度も顔面にぶつかり、べちゃ、べちゃと何度も肌に張り付いたりして暴れた。
九条は後ろで髪をひとつにまとめてあるのとサングラスをかけているから何とか運転できているが、鈴木は髪の毛が目や口に入ってまともに前も見られないくらいだ。
「キャアアアアアアー!! 風がすごいいいいい~!! きゃははは~!」と口に入った髪の毛を取り出しながら鈴木が叫んだ。
「どおーーー!? 気持ちいいでしょ-ーー!!?」と九条も口に入ったおくれ髪を取り出しながら叫んだ。
「はいーーー!! とっても気持ちいいですーーーー!! あはははー!! ジェットコースターみたいでたのしーーーー!!」
風のせいで音もうるさいから会話も叫ばないと聞こえない。
鈴木は運転する九条の横顔を見つめて(九条先輩、なんかかっこいい……。なんか大人っぽくてかっこいい……)と思っていた。そしたら鼻水がたれてきて。
「先輩ーー!! ティッシュありますかーー!!」
「そこのボックスに入っているわよーーー!!」
「1枚もらってもいいですかーー! 鼻水が出ちゃってーーー!!」
「何枚でももらっていいわよーー! 勝手に使いなさいーー!!」
鈴木がダッシュボードの下のクローブボックスを開いてティッシュを取ろうとしたら、中にあったスナック菓子の袋がフロアマットの上にポテッと落ちた。
鈴木はすぐに拾い上げた。
そのパッケージにはサンハイの文字とゴミみたいなキャラクターがお菓子をつまんでいる絵が描かれているだけで原材料とか賞味期限とか会社名は何も書かれていなかった。
「先輩ーー! これはなんですかーーー!!?」
「ああ、これーー!? さっきコンビニに寄ったらレジの横に置いてあったから気になって買ってみたのーーー!!」
「へぇーー!!」
「捨てられる産業廃棄物を再利用して作られた環境にやさしいスナックらしいわよーーー!!! ポップにそう書いてあったーー!」
「へぇーー!! 珍しいですねーー!!」
「でしょーー! だから買ってみたのーー!! 開けてみてーー!! 食べてみましょうーー!?」
「え、いいんですかーー!!?」
「いいわよーー! どんな味がするのか気になるでしょうーー!?」
鈴木は開封して中を覗いた。
黒いかりんとうのような形をしたものがうじゃうじゃとたくさん入っていた。
顔を近づけて匂いをかいでみた。
「くさいっ! 何これっ」と驚く鈴木。
「え? 何ーー!!? もう食べたのーー!?」
「まだですーー!!」
「食べてみてーー!!」
鈴木は正直いうとこんなもの食べるの無理と思った、食べるどころかこんな腐ったどぶ水みたいな匂いのするものなんて触るのも嫌だった。でももう開けてしまったから食べないわけにはいかない。
袋の中から1つだけ取り出しておそるおそる口に運んだ。
「どおーー!?」
「あ、おいしい……。先輩ーー!! おいしいですーー!!」
「ほんとーー!?」
「はいーー!! サクサクしていて口に入れたらすぐに溶けてなくなる感じで体に優しい感じの味がしますーーー!!」
「私も食べたいーー!! いっこちょうだいーー!!」
鈴木は袋から1こ取り出して九条の口の前に運んだ。
パクっと口に入れる九条。
すぐに「ん?」と何か違和感を覚えて数秒後。
「キャアアアアーー!!! クサいーーーーっ!! 何これーーー!!!」
「クサいけどおいしいですよ」
「無理ぃぃーーー!! あなたよくこんなものを口に入れられたわねーー!!!? イヤアアアアーー!! ティッシューー!!」
「はいーーーー!!」
「早く取ってーー!!」
その時だ、急にザザァーーー!!っと土砂降りの雨が降りだしてきた。
ゲリラ豪雨だ。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアーー!!」
「キャアアアアアアアアアアアーーーー!!」
九条はあわてて屋根を閉じようとした。
しかし閉じ方がわからない!
「九条先輩ーーー!!! この車ってーーー!! 屋根は閉められないんですかーーー!!??」
九条がなかなか屋根を閉めないので鈴木はこの車は元から屋根がないのかと思い始めていた。
「閉められるわよーーー!!!」
「閉めてくださいーーーー!!」
「いま閉めようとしてるわよーーー!!」
(パパが屋根を開けた時は、たしかこの辺をさわっていた気がするんだけど……)と九条は今朝あったことを必死に思い出すようにいしていろいろなところをさわってみた。
ウインカーが付いたり消えたり、横窓が上下したり、ボンネットがボコッと上がったり、ガソリンの給油口がパカッとあいたりした。
そうしている間にも強力な雨風が2人を襲う。
「何してるんですか先輩ーーー!! 早く閉めてくださいーーー!!」
「閉めようとしているんだけど……」
「えーー!! 今何て言ったんですかーー!? すみません聞こえなかったですーー!!」
「閉めかたが分からないのよおおおおーーーーー!!!」
「ええええええええーーーー!!??」
「私免許取ったばかりなのーーーー!!! この車に乗るのも今日が初めてだからーーーー!!! 操作方法がまだよくわかってないのよーーーーー!!!!」
その時だ、ゴロゴロゴロゴロドッカーーン!!!!と大きな雷が鳴った。
それと同時に九条が変なところをいじったせいで鈴木のシートの背もたれがバタンッバタンッバタンッバタンッバタンッとものすごい速さで後ろに倒れたり起き上がったりを繰り返した。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーー!!!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーー!!」
鈴木は何が起こっているのかがわからずにパニックに陥った。そして彼女が手に持っているお菓子の袋はぽろぽろぽろと車内にスナックをまき散らした。
「キャアアアアー!! せんぱいーーー!! 止めてくださいーーー!! イャアアアアアアー!!」
「ちょっとまってっ! 今止めるから!!」(私今何を押したの!? いったどれが停止ボタンなのっ!?)
あせった九条はさらにいろいろさわってみた。
そしてワイパーを超高速起動して、大量のウォッシャー液を大噴出するという失敗のあと、なんとか鈴木のシートの動きを止めることに成功した。
しかし今度は。
「キャアアアアアアアアアアアアアアーーー!! 前が見えないーーーー!!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー!!!」
激しい雨と超高速ワイパーと大量のウォッシャー液の噴射のせいで前が見えにくくなっていた。
パコッ! パコッ! パコッ! パコッ! パコッ! パコッ!
「キャアアアアアアアアアアアアアアアーー!!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー!!!」
ラバーポールを次々となぎ倒して少女たちは絶叫した。
プップウウウウウウウゥゥーーー!!!!
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアーーー!!!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアーーー!!!!」
後ろを走っていた大型トラックが鳴らした爆音クラクションにびっくりして少女たちは絶叫した。
「すみませええええーん!! ごめんなさああああああーーい!!」
鈴木が後ろを振り向いて頭を下げて謝って、九条はウインカーを出しいったん道路の脇に車をよせて停車させた。
ヴゥゥゥーン、ガチャ。
やっとで屋根は閉じたけどすでに雨はやんでいて、二人も車内もびっしょびしょのぐっちょぐちょになっていた。




