鈴木の朝の身支度
次の日。
まだ太陽も登らない時間に鈴木萌果はスマホのアラームの音で目を覚ました。
眠たい身体にムチを打ってベッドから起き上がり、トイレへ向かった。
洗面所の鏡の前に立ち、ヘアバンドで髪をあげて肌の調子を確認するとほっぺと顎のところに合計3つ、新しくニキビができて赤くなっていた。
「えっ……。うそぉ~。寝る前に見たときはこんなところにニキビなかったのにぃ~」
鏡に近づいて新しいニキビの状態を確認して「はぁ……」と顔を曇らせる鈴木。
そんな時、ふと、平岡大志の顔を思い出した。
数日前におにぎりをあげたときの口の周りに海苔やら刻み昆布やら黒ゴマやらご飯粒やらをいっぱいつけておいしそうにおにぎりを頬張っている平岡の顔だ。
彼がニコっとさわやかに微笑んで――。
『そのニキビ、よく似合ってるぜ。萌果はすごくかわいいから。どれだけニキビがあっても、絶対にすごくかわいいよ』
と言っていたのを思いだした。
(そうだ。わたしはニキビが似合う女だ。ニキビがあるからよりかわいいんだ)
鈴木は鏡の中の自分に向かって満面の笑みをみせると。
「よし、今日のわたしもとってもかわいい。わたしのニキビはもっとかわいい」とスウェットの袖をまくりあげて蛇口をひねって水を出し、顔を洗った。
そのあとはキッチンへ行ってお米を研いでご飯を炊き、刑務所にいる友達たちへの差し入れ用のおにぎりを握った。
平岡にあげるハンドボールサイズのやつ2つと、耳川さんにあげるコンビニで売っているサイズのを2つ。
具は納豆ときゅうりだ。
ここ数日、ご飯の炊き方やおにぎりの握り方をネットで色々調べていたし、今もスマホでレシピを確認しながら慎重につくっているので前回よりは上手く作ることができた。
残った白米で自分が朝食べる分のおにぎりもひとつ、そして家族の分も握っておいた。
平岡たちへあげるおにぎりには、時間がたっても海苔がパリパリのまま食べられるというアルミホイルと油とテープを使った裏技的な包みかたもやってみた。
ハンドボールサイズの丸い形のおにぎりでそれをやるのはけっこう難しかったけど試行錯誤してなんとか包むことができた。
あとはピクニック用のかごに入れて完璧。
外はすっかり明るくなっていた。
(差し入れ用のおにぎりはこれで準備オーケーだけど、何を着ていこう……)
鈴木は自室に戻ってクローゼットを開き、ハンガーにかかっている服を取り出してベッドの上に並べた。
中学生の時に着ていたジャージや短パン。大きいサイズで着心地が良さそうだと思って買ったスウェットやパーカー。かっこいいとひとめぼれして買ったけど結局あまり穿く機会もなくクローゼットに眠ったままだったブーツカットジーンズなど、どれも色味やデザインが地味で女の子らしさがあまり感じられないものばかりだ。
唯一女性らしい色気があったのは保健室の今田明美先生にもらった外国のポリス風セクシー衣装だけだった。
「んん~、どれにしよう……」
鈴木はいままで外に遊びに行くほど仲のいい友達がいなかったのと、家族は仕事や私用で忙しくて一緒に出かけたりすることもほとんどなかったため、とりあえず清潔感があって動きやすければ何でもいいやとメイクや髪以外のファッションにはあまり気を使ってこなかったのだ。
「刑務所に行くんだからこれでもいいかな……」
とりあずポリス風の衣装を手に取り、着替えてみて姿見の前に立った。
「んんん~……」
いまいちしっくりこない様子だ。
ティアドロップのミラーサングラスをかけ、おもちゃの手錠を腰のベルトにつけ、ポリス風帽子もかぶってみた。
「バキュ~ン……」
手で拳銃の形を作って構えるポーズをとってみた。
「んんん~……。やっぱり変かなぁ……。そうだ!」
(今日は休日だからカズはまだ帰ってきていないかも!?)
鈴木はいいことを思いついたというように音を立てないようこっそり小走りで部屋から出ていくと、姉の一葉の部屋の前へ行き、ゆっくりとドアを開けてこっそりと覗き、ベッドに誰も寝ていないのを確認してから(よかった……)と中に入った。
そしてクローゼットを開いた。
「うわあ……、すごい……」
セクシーでおしゃれな服がたくさんかけられていた。
(さすがカズ姉。男好きでよく遊び歩いてるだけの事はあるわね。男にもてそうな服がいっぱい……)
なかでも最初に気になったのはトロピカル風の衣装だ。
とりあえず今着ているポリス風衣装の上からつけてみる。
草みたいな素材でできたスカートを履いて、ココナッツでできたブラをして、造花のフラワーレイを首からかけ、造花の花かんむりもかぶった。
姿見の前に立ち確認する。
(かわいい~。なんだか踊りだしたくなっちゃうな)
「フンフフン~♪ フンフフン~♪」
鈴木は姿見を見ながらフラダンスっぽい踊りをおどってみた。
腕を波のようにうねうねさせて、腰をフリフリ、くるりとターンなんかもしちゃたりっして。
(楽しい……)
とりあえず満足したのでトロピカル風衣装は脱いで、ハンガーにきれいにかけなおした。
ひとつひとつ試着していたらいくら時間があっても足りない、とりあえず気になるものをいくつかとってベットの上に広げた。そして体の前にあてて姿見で確認する。
まずは蛍光ピンク色のハイレグのレオタードだ。
(ありえない……)
次は全面ミラーボールみたいにキラキラ輝くミニワンピース。
(すごい……)
胸元に大きな穴のあいたノースリーブのタートルネックのニットワンピ。
(これはちょっと、あざとすぎるか……)
蛍光グリーンのマンキニ。
(こんなのおまたとチクビしか隠せないよ……)
漁に使う網みたいなドレス。
(これどうやって着るの……?)
隙間がいっぱいあいたエナメル加工の黒いボディースーツ。
「かっこいい……。でもこれはないなぁ……」
とりあえず広げたやつは全部クローゼットに戻した。
「他にももっと、何かいい感じのやつないかな……」
今度はタンスの中を見てみることにした。
引き出しを開けるとセクシーな下着がいっぱいで顔を赤くしながら色々手に取って見ていたら、引き出しに並んだパンティーの隙間から何かが顔をのぞかせている事に気が付いた。
コブラだ!!
「キャアアアアアアアアアアアー!!」
驚いて尻もちをつく鈴木。
すぐに後ずさりしてその場から離れた。
「なんでこんなところにコブラがっ!?」
ゆっくりと立ち上がり、もういちど確認するために恐る恐るタンスに近づき引き出しの中を覗いてみた。
やっぱりコブラが顔をのぞかせていた。
先が二つに分かれた舌も出ていてやっぱりコブラだ。
しかしよく見ると全然動かないしなんだかおかしい。
「なんだ~。おもちゃじゃ~ん。もう~びっくりしたぁ……」
鈴木はコブラの頭をつかんで取り出してみた。
「なにこれ……」
それはシリコンのようなゴムでできた15センチほどのコブラで下のほうはプラスチックでできていて手で握りやすいデザインになっていた。
「なんでこんなのもってんの。すごくリアル……」(あ、スイッチみたいなのがある)
カチッ。
『シャアアアアアアアアアー!』
「キャアアアアアアアアアアー!!」
突然コブラが鳴いてうねうねと動き出したので鈴木はびっくり!
ポイっと放ってしまった。
「何よこれっ!?」
ヴゥゥゥゥゥン。
コブラは床の上で細かく振動しながらうねうねと動いていた。
鈴木は気持ち悪そうにしながらそれを拾いあげるとスイッチを切ってぽいっとタンスの引き出しの中に戻した。
「はぁ……」
気を取り直して再び服を探しはじめるが――。
「ああん! たくさんいいのがありすぎてもうどれにしたらいいのかわからないっ。そうだ!? 雑誌のモデルさんを見て参考にしようっと」
姉の机の上にはファッション雑誌が何冊か置いてあった。鈴木はその中で一番表紙が派手で目立っていた海外セレブのゴシップ雑誌をとった。
(わたしは一流の女だから。ファッションを参考にするならワールド基準の一流のセレブたちからワールド基準の一流のファッションセンスを学ばなきゃね)
そう思って適当にページを開いた。
そのページにはピタとした白いTシャツから乳首が浮いて見えてる歌手や、全身黄色塗りした肌にキラキラのラインストーンを隙間なく敷き詰められた女優さんや、シースルーのドレスを着て乳首が見えている女優さんや、粗い網目のドレスで下着が丸見えになっているモデルさんなどの写真が載っていた。
顔を真っ赤にして、目を大きく見開いたまま固まる鈴木。
(なにこれ、すごい……。すてき……)




