りんご
次の日の朝。
大城旺士朗は学校の正門の傍にある壁に手をかけ懸垂をしながら彼の愛する野救部のキャプテン、郷田智が登校して来るのを今か今かと待っていた。
本当は郷田の家まで迎えに行って一緒に登校したかったが彼は郷田の家を知らないから仕方なく正門で待っているのだ。
運動をすると汗をかくので上は全部脱いで制服の黒ズボンは上げすぎなくらいに上へあげてベルトでしっかりと縛ってある。それがオウシロウのいつものスタイル。
裾からは白い靴下がのぞいているしケツは思い切り食い込んでいるけどそんなバカみたいなことは気にしない。
ただじっと待っているのも退屈なので懸垂をしようということになったらしい。
懸垂中に顎が壁の高さに来た時に壁の向こう側に郷田の姿を探す。
これが意外と楽しい。
次に顔を出したらキャプテンがいるんじゃないかと考えたらワクワクして懸垂がはかどった。
登校してきた生徒たちは壁の上からオウシロウの顔が出てきたり隠れたりするのを見て気味悪がりながら正門をくぐった。
オウシロウの後ろのほうでは、少し離れたところに数人の女子たちの固まりがいくつかできていて、オウシロウが懸垂をするたびにキャーキャーと騒いでいた。
実はオウシロウ、まあまあモテるのだ。
とくに2年と3年の一部の女子に人気があるらしく密かにファンクラブとメッセージアプリのグループチャットまでできているらしいが、オウシロウ本人はそんなことはまったく知らないし興味もない。
今、彼の頭の中にあるのは大好きなキャプテンの事だけだ。
「来た!」
遠くのほうに郷田が登校してくるのを視認したオウシロウはひょいと壁の上にのぼると両手両足を大の字に広げてぴょんぴょんとカエルみたいに飛び跳ねながら「サトシイイイイイええああああー!! おはよおおおおおおおおおおあああああああああー!!!!」と全力であいさつをした。
突然呼ばれた郷田はビクッとして立ち止まった。そしてすぐに壁の上にいるオウシロウに気がつくと顔をしかめ、視線をそらしてなにも見なかったかのようにまた歩き出した。
「うあああああああ!」
オウシロウはぴょんぴょん飛び跳ねすぎて着地をするときに足を踏み外して壁から転落、いろいろなところを打ったり擦りむいたりしていろいろなところから血を流した。
それでもすぐに立ち上がって郷田のところへ走っていった。
「サトシおはようっ! 今日は来るのが遅かったね!」とさわやかに話しかけるオウシロウ。
しかし郷田は無視して歩き続けた。
オウシロウは後をつけながら「サトシ、まだ怒ってるのか?」と不安そうな顔をした。
それでも郷田は無視して歩き続けた。
「無視しないでくれよ! 俺はおまえと仲良くしたいんだ!」
「誰から聞いた」
やっとで郷田が口を開いた。しかし足は止めずに目も合わそうとしない。
「誰から聞いた? 何を?」
「俺の下の名前をだ」
「へ?」
「おまえ知らなかっただろ!」
やっとで一瞬だけ目を合わせてくれた。でも足は止めないしすぐに前を向いた。
「あ! きのう帰るときに藤井さんに教えてもらったんだよ」
「あいつめ……。ゆるさん……。ところでなんで2年の藤井にはさん付けで3年の俺が呼び捨てなんだよ。しかも下の名前で」
「俺はサトシと魂でつながりたいんだ! サトシさんって言ったらなんか距離が離れている気がして嫌なんだよ! なんか他人みたいでさ」
「それでいいだろ! 俺とおまえは他人なんだからよ!」
「いやだ! サトシは俺の運命の人なんだ!」
「うるせえだまれ! 生きれぇ! 寝言は寝て言えこのクソゴミが! 今すぐこの場から消えろっ」
「俺にはおまえしかいねえんだよっ! 寝ても覚めてもずっとお前の事しか考えられねえんだよっ!!」
「俺は女が好きだ!! おっぱいが大好きだ!! 男にはいちミリも興味はねえんだ!! うせろっ」
「俺も数日前まではそうだったよ!! でも、君に出会ってから変わったんだ!」
「言ってろ。とにかくおまえは生きれ。そしてもう二度と俺の目の前に現れるな」
歩きながら話をしているうちにいつの間にか正門を通過していた。
オウシロウは突然何かを思い出したように「あ、ちょっとまっててくれ」と急いで正門のほうへ引き返した。
「待たん」
郷田は無視して歩いた。
「サトシのためにいいものを持ってきたぜ!!」
後ろの方からオウシロウの声がしたが郷田は無視して歩いた。
オウシロウは正門の傍の壁に立てかけるようにして置いてあったリュックサックの上に丸めて置いてあったシャツを素早くとってピシャっと伸ばして肩にかけ、すばやくリュックの中に手を突っ込んで何かを取り出した。そしてリュックの背負い紐の片方だけを肩にかけて走って郷田のところへ戻ってきた。
「サトシ! 見ろ!」
誇らしげに郷田の前に突き出してきた手には真っ赤なリンゴが握られていた。
それがどうしたといわんばかりに郷田がオウシロウに視線をやると。
「あとで半分こしていっしょに食べようぜ」と彼はさわやかにニコッと笑った。
それがなせかムカっときた郷田。
パシッとオウシロウからリンゴを奪い取ると「これは俺がいただいておく」と肩掛けカバンのチャックを開けて中に手を突っ込み、「代わりにお前にはこれをやるよ」とゴーヤを取り出してオウシロウの口の前に差し出した。
条件反射で口を開けるオウシロウ。
郷田は口だけニヤリとするとゴーヤを押し込んだ。
口に食べ物が入ると条件反射でかじるオウシロウ。
ムシャムシャと咀嚼して「あああああああああああああああああああああー!!」と叫んだ。
「どうした。うめえだろ? 今朝とってきたばかりの新鮮なゴーヤだぞ」
とぼけたふりして問いつめる郷田。
オウシロウは「うん……。おいしい……」と苦しそうにしながらもなんとか笑顔をつくろって咀嚼してごっくんと飲み込んだ。
「ここへ来る前に近所のおばちゃんにもらったんだよ。たまたまみかけたから挨拶をしたら、『庭にたくさんゴーヤがなっているから好きなだけもらっていきな』ってなあ! ほらもっと食べろよ! うめえんだろ?」と郷田はまた口に押し込んだ。
オウシロウは「はりがほう」と大きくかじるとムシャムシャガリガリと咀嚼して「あああああああああああああああああああああああー!!」とまた苦しそうに叫んだ。
目には涙がたまって鼻からはさっき壁から落ちたときに鼻血がでてるのにさらに鼻水まで出てきて、口周りも血とゴーヤの汁とよだれとでべちゃべちゃになっていた。
「がはははは! ゴーヤはビタミンCが豊富らしいぞ。よかったなあ! いっぱい食ってもっと健康にななれよ!! がははははは!」と郷田はまた口に押し込んだ。
ポリポリムシャムシャガリガリ。
「ああああああああああああああああああああああー!!」
「自然の恵みに感謝しろよぉ!?」
「かんひゃひます……」
「声が小さい!!」
「感ひゃひますっ!!!!!!」
「どうだ!! もっと欲しいかあああ!!」
「ほ……ほひいですっ!!! ひっ……うっ……んぐっ」
「これで最後だぁ!! ゆっくりと味わえゴミィ!!」
郷田は残りの3分の1になったゴーヤをオウシロウのくちに突っ込んでその衝撃で彼は地面にしりもちをついてしまった。
「うあああああああああああああああああああ!!」
くちにゴーヤを加えたまま苦そうに顔をゆがめるオウシロウを郷田は冷たい目をして見下ろすと、オウシロウから奪いとったリンゴをポリっとひとくちかじって「じゃあな。クソ野郎」と吐き捨てひとりで歩いて行ってしまった。
さっき壁から落ちたせいで頭や、鼻や胸や肩や腕や背中から血を流し、さらに鼻水とゴーヤ汁をたらしながら残りのゴーヤを苦しそうに、でもなぜか嬉しそうにフフフと笑いながら咀嚼しているオウシロウをみて周りにいた生徒たちは怖くて話しかけることさえできなかった。
さっきまでオウシロウと郷田のやり取りを少し離れたところからキャーキャー言いながら見守っていたファンの子たちもさすがに怖くて引いていた。
そんなところへたまたま通りかかった女がいた。音楽教師の田中未歩だ。
彼女はオウシロウを見てびっくりしてすぐに駆け寄った。
「オウシロウくん! どうしたのっ!?」
そして膝上丈のピタッとしたスカートからパンツが見えないように股を押さえて上品にしゃがみ込んでから、オウシロウの肩を支えた。
「いったい何があったの!? 大丈夫!?」
「大丈夫だ(ムシャムシャ)」
「なにを食べているの!?」
「ゴーヤーだ、お前も食べるか?(ポリポリ)」
「コラッ。先生に向かってオマエとは何ですかっ!? 未歩先生と言いなさいっ!」
「未歩先生も食べるか?」
「私はいいわ。それより――」
「おいしいぜ。あと少ししか残ってないけど(ムシャムシャ)」
「ぜんぜんおいしそうな顔には見えないけど? それよりはやく保健室に――」
「誰が行くかよ!(ポリポリ)あんな薄汚い保健室によ!!(ムシャムシャ)」
校舎は2年前に建て替えたばかりで保健室はじゅうぶんに清潔できれいだ。
「オウシロウくん!」
「うるせえっ!! これくらいたいしたことねえよっ!!」
「そんなこと言ったって、身体じゅう血だらけじゃな――」
オウシロウは最後に残ったゴーヤのひと欠片を未歩先生の口につっ込むと「血がでたくらいでガタガタぬかすな!! 邪魔だ、どけ!」と怒鳴りつけた。
とつぜん口にゴーヤを突っ込まれた未歩先生はおどろいてバランスを崩し、「あんっ」といやらしい声をだして地面にしりもちをついてしまった。
オウシロウはそばに落ちていたリュックとシャツを掴んで立ち上がると「うわああああああああああああー!!!!」と叫びながら校舎のあるほうへ全力で走って行ってしまった。
「コアーッ! 待ひなはーいっ! ……んもぅ」
(ポリポリ、ムシャムシャ)
「うわぁ、苦ぁぁ……」
そんなところへ古川ヨシオと不良仲間の男子2人がたまたま通りかかった。
「あ、未歩先生」
「なにやってんすかこんなところで?」
「大丈夫すか?」
ヨシオが手を差し出した。
「あぁ、古川くんたち。ありがとう。ちょっといろいろあってね……」
未歩先生が手を取りよっこいしょと立ち上がろうとしたその時だ。
ビリリリリッ!
ピタッとしたスカートのおしりのところが破けてしまった。
「せ、先生っ! お、おパンツが丸見えにっ!」
「うっひょ~! おパンツがみえちゃった~!」
「お、すげ~! 未歩先生はベージュ派かぁ」
「きゃあああああー!! 見ちゃだめぇっ~!!」
古川と不良仲間たちはニヤニヤしながら鼻血をたらし、未歩先生は恥ずかしそうにして必死におしりを隠しました。
「未歩先生、まだ見えてるぞ」
「うっへっへっへっへ」
「ぐへへへヘ」
「コラ~ッ!!」




