初恋
飯田はなんだか気まずそうにしながら大城とフォークダンスを踊っていた。
大城の顔も見ずに照れくさそうにして「さっきはごめん……。ちょっとやり過ぎたかも……」とぶっきらぼうに謝ったが大城は黙ったまま何も言わない。
気になって大城の顔をちらっと見上げる飯田。
大城はよそ見をしながら踊っていた。
「何? まだ怒ってるわけ?」
飯田が不満そうにもらした。
それでも大城は遠くを見たままで一緒に踊っている飯田のことなんてまるで無視だ。
「ちょっと。聞いてんのかオウシロウ。おい。いったいさっきからどこ見て踊ってんのよ」
飯田は大城が見つめる先を辿った。
するとそこには部活の練習をする野救部員たちの姿があった。
「あきれた。スタイル抜群で運動神経もいい高身長美少女の先輩がダンスの相手をしてあげてるっていうのに。そんなに野救の練習がしたいわけ?」
「あれ見ろよ」
やっとで大城が口を開いた。
「あれってなによ」
「キャプテンだ」
「キャプテン? なに、郷田くんの事?」
どうやら大城はグラウンドの隅のほうで素振りの練習をしている郷田智のことをずっと見ていたようだ。
「すっごく美人だろ?」
「え?」
「たまんねえな」
「どのへんが……?」
「大きな身体。がっしりとした肩。太い太腿。硬そうな大きな尻。真っ黒に焼けた太い首に大きな顔。ぶつぶつで艶のある大きな鼻に色っぽい分厚い唇。硬そうなバサバサのまつ毛に真っ直ぐなつぶらな瞳。太い眉毛ともみあげ。割れた顎。他にもいろいろ。全部かわいい……」
「ま、まあたしかに……。言われてみるとそうかも……。でも私はどちらかというとかわいいというよりかはかっこいよくてセクシーって感じがするけど……」
「硬そうな真っ黒の髪の毛もすごくかわいいし、帽子を脱いだ時の角刈りもとても似合っていてかわいいし、少し猫背なところも似合っていてかわいいし、手の甲のもじゃもじゃした黒い毛もすごくかわいいし、ぶつぶつのニキビもなんかかわいいし、だらだら流れる汗もくさいにおいがしそうで似合っていてかわいいし、低くて野太い声も――」
「わかった、わかったからもう黙れ!」
「……なんて美しい人なんだろう」
大城は頬を赤らめてずっと郷田を見ている。
「はぁ……」飯田は小さくため息をついた。
「そんなに好きなら告白すれば?」
「告白? 何の話だ?」
「郷田くんの事が好きなんでしょ? 彼、今付き合っている人いないみたいだし。だれか好きな人がいるとかそういう噂もまったくきかないし。恋人になれるチャンスはあるんじゃないの?」
「なんだよ好きとか付き合うとか。くだらねえ!」
「なによ」
「俺はそんなバカみたいな事には興味ねえよ」
「バカみたいなのはあんたでしょ。恋愛ってとても素敵なものなんだよ? 恋がなければ今頃あんたも私もほかの人だってみんな存在すらしていないんだからね」
「俺はただキャプテンを尊敬しているだけだ。キャプテンは俺の憧れの人なんだ。俺はキャプテンみたいな男になりたい。ていうかキャプテンそのものになりたい」
「わかるよ。ひとつになりたいんでしょ?」
「そうだ、俺はキャプテンとひとつになりたい」
「合体したいんでしょ?」
「合体したい」
「最近キャプテンの事ばかり考えている?」
「そうだ」
「キャプテンの事を考えると胸のところが何か変な感じがする?」
「する」
「やっぱ恋じゃない! それはまぎれもなく恋でしょ!」
「バカバカしい。他に考えることはねえのか」
「あんたは郷田くんに恋をしてるんだよ。郷田くんの事が好きで好きでたまらないんだよ」
「くだらねえ。反吐が出るぜ」
「今だって郷田君を見て胸がキュンキュンとときめいているんでしょ?」
「胸がキュンキュンだと……」
大城は突然動きを止めた。
「ちょっと、急に止まらないでよ」
大城は飯田とつないでいた手を離し、自身の胸ぐらをギュッとつかんだ。
(今まではこんなことはなかった。昨日からキャプテンを見たりキャプテンの事を考えたりした時だけに出てくるこの胸の違和感。言葉であらわすとしたらキュンキュンというのがぴったりな感じだ。これが胸のときめき。そうか、人が人に恋をするというのはこういうことなんだ)




