俺は卑怯者になりたくない(郷田智)
「ああんっ!!!」
飯田は両手と両膝を地面につけて大城に覆いかぶさった。
そして目をギロリと見開いてニヤリと大城を見下ろした。
これぞ壁ドンならぬ地面ドン。
大城はあいかわらず怒りをあらわにする柴犬のように前歯をむき出しにして鼻に寄せたしわをぴくぴくさせ飯田を見上げた。
二人のジリジリとした熱い視線が絡まる。
「ごめんねオウシロウ。私もできればこの手だけは使いたくなかった……。でもね。野救バカの脳筋クソ男どもに舐められたまま引き下がるのだけは女のプライドが許さないの~っ。きゃははははは! バイバイ、オウシロウ」
飯田はイカれたように笑い、右腕で大城の頭を抱き込むようにして自身の右ワキが彼の鼻を覆いかぶすようにしてかまえた。
「さあ、嗅ぎなさいよ! 私のにおいを存分に味わうといいわ!! あっはっはっはっは~」
そんなにワキを押し付けたら大城が圧迫されて息ができないのではないか。
さすがにそれはやばいと思った俺は止めに入ろうとした。
が、よく見たら飯田の手足がプルプルと微妙に震えていることに気が付いた。
こいつ……、大城に体重をかけないように絶妙に体を浮かしているのか!?
さらに目をこすってもっとよく観察したら、大城の鼻の穴を完全にふさいでしまわないようにワキと鼻の間に絶妙に隙間をあけているのがわかった。
怒りで正気を失っているかと思ったがちゃんと安全面には配慮しているのだな。
さすが女子バレーボール部のキャプテンだ!
「きゃはははは。どう? どんな匂いなの? 感想をきかせてよ! ねえ! オウシロウ!」
飯田は気丈にふるまってはいるが、そこはやはり年頃の女子。
頬も耳もうすピンク色に染まりどこか少し恥ずかしそうにしているようにも感じた。
大城の顔の半分は飯田の肩に隠れていて表情がよく見えないが、彼の目はソムリエがワインの香りを確めている時のような鋭く真剣な目つきをしていた。
「あんっ……、あぁん……ちょっとっ……。鼻息が……ああんっ!」
飯田がいやらしい声を漏らした。
きっと大城の生あたたかい鼻息がワキに当たっているのだろう。
「ほら、なんか言えよ! あんっ! きゃはは、いつまで嗅いでんのよコイツ、あんっ! きゃははは。ああんっ。何なのっ!! もうっ!」
飯田がくすぐったさと気持ちよさと怒りの狭間でおかしくなりそうになった時、大城がぼそっと喋った。
「いい匂いがする……」
その瞬間、照れたように笑っていた飯田の顔からスッと表情が消えた。
「いま何て言った……」
「すごくいい匂いがする……」
「ふざけんなあああああああああああっ!!!!!」
さっきまでピンク色だった飯田の顔は真っ赤に染まり耳まで真っ赤っかになった。
「だったらこっちも嗅げよっ!!!」
飯田は今度は左のワキで大城の鼻を覆いかぶせた。
「どうだっ!! これでもいい匂いって言うかっ!!」
「好きだ……」
「なんなのこいつ……。バカにするのもいいかげんにしてよっ!!! 今日はスプレーもクリームも家に忘れてきて何も塗ってないのっ!! それにさっきまで部活の練習をしてて汗もいっぱいかいたし―――」
「それがどうしたああああああああああああああっ!!!!!!」
突然大声で叫ぶ大城。
「私ワキガなの!!!!」
「それがどうしたっていうんだあああああ!!!!」
「最近は部活が忙しくて!! 腋毛の処理だってあまいし―――」
「うるせええええええええ!!!! 俺はこの匂いが大好きだああああああ!!!!!」
「嫌ああああああああああああーー!!!! 生きれえええええええええーーー!!!」
発狂した飯田はレシーブの腕の構えをして大城の頭の上で両手を地面についた。
両脇の匂いを同時に嗅がせる作戦だ。
「もう好きにしてええええええええー!!!!!」
無理な体勢のせいで飯田の身体はプルプルと小刻みに震えた。
両腕によりこれでもかと中央に寄せられた胸はギュッ、ギュギュッ、ギュッときしみ音を発している。
その時だ!
「小春先輩! 私も手伝いますっ!!」
女子バレー部の後輩のひとりが名乗り出た。
「愛子っ!」
「私もワキガなんですっ!」
するともうひとりの後輩も。
「私もですっ!!」
「千紗っ!」
「家を出る前にスプレーしてきちゃったからあまり匂ないかもしれないけど。手伝いますっ!!」
後輩2人は大城のそばに駆け寄っていって地面に膝と肘をつくと、大城の顔に近づけるようにして片方ずつワキを差し出した。
女子バレー部のユニフォームはノースリーブなので袖をまくる手間が省けてこういう時は便利だ。
「オウシロウ! 私のワキも嗅げよっ!!!」と後輩の愛子。
「オマエは一年坊主のくせしてナマイキなんだよ!!」ともう一人の後輩千沙。
「二人とも……」
飯田は少し感動しているように見えた。
ワキを差し出しながら照れたようにアイコンタクトを取りあうバレー部の女子たち。
3人を見ているとなんだか素敵だなと思った。
飯田って後輩にすごく慕われてんだな……。
そしてやっぱり後輩の二人も年頃の乙女なんだな……。
後輩二人も表情は真剣そのものだが頬はピンク色に染めてどこか恥ずかしそうだ。
その時だ。
「千紗ーっ! 俺も加勢するぜ!」
サッカー野郎のうちのひとりが手をあげ名乗り出た。
「健司君っ!」と千沙。
「誰っ!?」とおどろく飯田。
「私と同じクラスの男子です」
「いいだろ? 俺もワキガなんだよ!」
健司と呼ばれた茶髪のチャラそうな男はユニフォームの半袖をまくりあげながら千紗のそばへ駆け寄ると中腰になって、飯田たち3人の腕の上にクロスさせるように自身の腕を被せてワキを添えた。
「どうだオウシロウ! 俺のワキガは強烈だろ!!」
大城は4人のワキを順番にクンクンした。そして目を閉じてなんだかとてもうれしそうに顔をほころばせた。
「なにニヤけてんだコイツ!?」
「ヘンタイッ!!」
「どうしてっ!?」
「いやんっ!」
「どれも好きだ……。ふふっ……ふはははははっ」
「なんだとテメェ!!!」
「まだ言うかオウシロウ!!!」
「笑うなバカッ!!」
「サイテーッ!!」
「(クンクンクン)ふふっ……、かわいい匂いがするせ……。俺、この匂い大好きだっ!(クンクンクン)」
「ふざけやがってええええええ!!!!!」
「ゲス!!!!」
「ああんっ!! 彼氏にだってまだ嗅がせたことないのにー!!」
「いやああああああああああー!!!!」
顔を真っ赤にして怒り叫ぶ先輩たち。
「ああ~こんなのずっと嗅いでいたいぜ。ははっ……はははははっ(クンクンクン)」
「ぬおおおおおおおおおおおおああああ!!!!!」
「あああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「ああああんあああああんああああああん!!!!」
「きゃああああああああああああああああー!!!!!!」
このまま放っておいても大城は大丈夫そうだが4対1のケンカはさすがにやりすぎだ。
まだ高校に上がったばかりのしかも無抵抗なひとりの後輩を先輩たち4人がよってたかってボコボコにするのは見ていて気持ちのいいもんではない。
周りで集まって見ているやつらも若干引き気味で、みんな心配そうにして見ている。
そもそも飯田がキレてしまったのは俺が余計な事を言ってしまったのが事の発端でもある。
大城だけに尻拭いをさせるのは卑怯だ。
俺は意を決して前に出た。
「おい、お前ら!! もうやめろ!! 後輩ひとりに先輩四人でよってたかって恥ずかしくないのか! やるならこの俺にやれよっ!!」




