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復讐の代償⑤(郷田智)

「ほら、これ。内側に猫の絵が刺繡がされているんだぜ」


 ブラジャーを差し出して見せてやるとムギは両手で受け取って「あら、かわいい~」と目を輝かせた。

 それからレースのデザインをよく見たり生地を触って質感とかを確かめた後、自分の胸に当てて少し恥ずかしそうにしながらも、どうかしら? という感じで俺の顔を見てきた。


 そのムギの何とも言えない表情が可笑しくて、ついニヤけてしまう。


「なんだよ」って言ってやったら。

 

「フフッ、私には大きすぎるね」なんてムギは照れたように笑う。


 それがまたなんだか可笑しくて、俺が「がはははは」と笑うと、ムギもつられて「うふふふ」と笑った。


 そうしてムギはブラをきれいに折りたたんで「はい」っと返してくれた。



「そういえばムギは何か用があってここに来たんじゃないのか?」


「あ、そうなのっ! きのう私があげた犬塩(ドッグソルト)!」


「ドッグソルト……。ああ、あれの事か」


「もう、使っちゃった……?」


「おう」


「ああクソっ。遅かったか~」


 やっちまったなというような顔をするムギ。


「なんだよ。使ったら何か問題でもあったのかよ」


「いや……」


 なんだかバツが悪そうだ。


「それで、どうだった……? 効果の方は……」


「ぁぁ……」


「後輩君は犬になった?」


「ううん、全く……」


「あぁぁ~~」

 ムギは頭を抱えて唸ってしまった。


 自分の作った薬に効果がなかったことを恥じて落ち込んでいるのだろうか。


「ごめんなさい……」

 ムギがぼそっと謝った。


「なんで謝るんだよ。ムギは何も悪くねえよ」


「わたしほんとドジだ……」


「あ、あれだ、きっと大城がおかしいんだよ。アイツってものすごくバカだからよ。あの塩の効果も効かなかったんじゃないか? ほら、よく、バカは風邪ひかないって言うじゃねえか。それと同じで薬も――」

「うんん、違うの……そういう事じゃ――」


「あっ、でもよ。良い変化があったぜ。あの塩水をあげたらアイツの中の俺の好感度があがったみたいでよ。そのあとからすげえ気遣ってくれるようになったんだよ」


「それは……」


「なにもそんなに落ち込むことねえだろ。まあ、ぎゃふんとは言わせられなかったし、復讐にもなってねえけどさ。アイツの取り扱い方は何となくわかったし結果的には大成功だよ」


「……そう?」


「ああ」


「サトシがそういうのなら……。まあ……。いいのかな……?」


「おう。大成功だ」


 俺がサムズアップして笑顔を見せてやると、ムギの表情が若干明るくなったのがわかった。


「そっか……」


「そうだ。全部お前のおかげだよ。ありがとうなムギ」


「ちょっ、なによ~。急にあらたまっちゃって~。別に私は何もしてないし~」


 なんかすごくうれしそうだ。もっとおだててやろう。


「よっ! さすが世界的に有名な製薬会社の社長令嬢! 頼りにしてます!」


「やだ、やめてよ~。なんか恥ずかしぃ~」


 完全に元気が戻ったようだ。ちょうどその時、どこかから明るい陽気な音楽が聞こえてきた。


「よっ! 未来のノーベル平和賞候補!」


「バカッ! 何言ってんのよ。そんなに簡単にノーベル平和賞が取れるわけないじゃな―――」

「よっ世界で最も影響力のある100人のうちのひとり!」


「だからっ! もう。え~い、押しちゃう。ピッ!」


 おだてられて楽しくなっちゃったのかムギは俺の右チクビを人差し指でやさしくタップした。


「どこ押してんだよ、がはははは!」


「あははは! だって、目の前に良い感じのボタンがあったら誰だって押したくなっちゃうじゃない。あはははは!」


「がはは! 何だよそれ、やべーやつじゃん、がははは!」


「あはははは! こうなったら、え~い。腹毛もなでなでしちゃう~」


 ムギはまるで猫を撫でるかのようにやさしく俺の腹毛を撫でてきた。


「がはははは!」


「お腹出てきたね」とやさしく腹のぜい肉をつまむムギ。


「おう、最近なに食べてもうまくてな。ついつい食べ過ぎてしまう」


「ぷにぷにしてかわいい~」


「がはははは」


「ポンポンポポンポ、ポンポポンポポン!」

 ムギは両手で俺の腹をたたいて嬉しそうに笑った。


「がははは、何たたいてんだよ」


「あはははは~。ねぇ、私のインスタスタ用に1枚撮ってもいい?」


「がははは。ああ、いいよ。ムギも一緒に撮ろうぜ?」


「もちろん」


 ムギはスカートのポケットからスマホを取り出すと、俺の前で少し腰を屈めるようにして立って、腕を思いきり前に伸ばして画面の角度を調整しだしたので俺は少しでも映えるようにとボディービルのポーズを決めてやった。


「いい? じゃあ撮るわよ?」


「おう」


「せーのっ」


 カシャッ!


「おいっ、今のは――」


 ムギはスマホの画面を隠すようにして自分だけ確認して「きゃははは!」と笑った。


「ちょっと見せてみろっ」


「ダメー。きゃははは」


 俺がスマホを奪おうとするもムギは楽しそうに笑いながらするりするりとかわして逃げた。


「今の角度はぜったい俺の顔はいっていなかっただろ!」


「きゃはははは~」


「見せろっ」


「ダメーっ、きゃはははは~」


「貸せっ」


「ダメー。アップしてからのお楽しみ~。きゃははは~」


「うおおおおお~!」


「きゃはははは~!」


 しばらくムギを追い掛け回すやり取りが続いて、疲れて地面にへたり込んで休んでいたらムギも近くに寄ってきてちょこんと地面に座った。


「はぁはぁ。疲れた……。久しぶりにいっぱい笑って顔がいたい……」


「はぁはぁ。よかったな……」


「何がよ……」


「へへっ……」


 ムギはスマホの画面を見ながら何か文字を入力しているようだった。



「……そっかぁ~。でもサトシがそう言ってくれるならよかった」


「何がだ」


「後輩くんの事」


「ああ。ムギのおかげで助かったぜ。ありがとな」


「うん……」


 文字を打ち終わりスマホをポケットにしまい込む。


「よしっ。じゃあ、私はもう行くわね。また何かあったら言って?」


「おう」


 ムギは立ち上がるとスカートについた土を払って「じゃあね」と手を振って行ってしまった。


「ああ、またな」


 ムギの姿が遠くになったのを確認して部室に戻ろうと立ち上がってケツについた土を払っていた、そのときだ。


 ただならぬ視線を感じてそこに目をやったら、遠くの方で田中とペアでフォークダンスを踊りながらこちらをものすごく睨んでいる大城がいた。

 眉間と鼻に寄せたしわをピクピクさせて前歯をむき出しにして、まるで怒れる柴犬のような顔をしていた。


(なんだアイツ……)


 踊っている二人のそばに置かれたパイプ椅子には腕を組んサングラスをかけた監督が座っていて、二人をじっと監視していた。

 地面には年季の入ったCDプレーヤーが置かれている。


 さっきからどこかから陽気な音楽が聞こえるなと思ってはいたが原因はあれか。


 二人はケンカをした罰としてフォークダンスを踊らされているのだろう。


 どちらも動きがぎこちなくてお世辞にも上手いとは言えない。

 

 しかし、大城のダンスはなにか目を引くものがあってつい見入ってしまった。


 どれくらいのあいだ見ていただろうか……。


 あたりは少し薄暗くなってきていて、微かに吹く風が肌寒い。

 

 早く着替えて帰ろうっと。

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