小太郎
「昔飼っていたパグです」
「パグ?」
「はい、小型犬のパグです。私、小さい頃は親の仕事の都合で転校することが多くて、友達もできなくて家でひとりでいる事が多かったんです。そんな時に父がたまたま野良犬を拾ってきて私が世話をすることになって。それでとても仲良くなって。学校に行っているとき以外はいつも一緒で……」
「そう……」
「小太郎って名前は姉がつけたんですよ。一番上の姉が。私、姉が2人いるんです」
「へぇ……」
「2人ともいつも男友達と遊び歩いてて。小太郎の世話はまったくしないくせに、名前だけ勝手につけて。『小太郎バスタオル持ってこい』だの『小太郎、靴下取ってこい』だの奴隷みたいにこき使って……」
「で、その小太郎君は今も元気なの?」
「わかりません。今住んでいるマンションがペット禁止なんです。それでここに引っ越してくるときに親戚の方に預かってもらったんですけど。その親戚の叔母さんたちがヒッピーみたいな人たちで。旅が大好きで世界中を旅して周っているのでなかなか連絡がつかなくて。いまどこにいて何をしているのかもわからなくて……」
「そうなの……」
「一昨年のクリスマスにはメッセージカードといっしょに小太郎の写真が何枚か送られてきたんですけど……。小太郎が羊の群れを誘導している写真とか、山の中でトリュフを見つけている写真とか」
「すごいじゃない小太郎。今も元気にしているといいわね」
「はいっ」
明るく返事をした鈴木は腰かけていた馬っぽい遊具に跨って座りなおすとびよーんびよーんとこぎだした。
負けじと九条もパンダっぽい遊具をびよーんびよーんとこいだ。そして鈴木の顔を見た。
「どうかした? なんか急に表情が明るくなったわね」
「そうですか? えへへ」
「何よ気持ち悪い」
「私わかったんです」
「何が?」
「平岡に感じていた感情は恋じゃなかったんだって。私、彼に小太郎の面影を重ねてみていただけなんです。それがわかって何だかスッキリしました」
「どういうこと??」
「うまく説明するのは難しいですけど……。まあ簡単に言うと私は彼を男としてじゃなく犬としてみてたって事ですよ」
「なにそれ」
「彼ってもとから犬っぽいところがあったんですよ。まあ、だからあんなセクハラみたいな事をされても嫌な気分にならなかったんでしょうね。あはははは」
「意味わかんない、うふふふ」
「意味わかんないですよねあはは。それにしても九条先輩の作った白い粉、すごいですね。効き目抜群でしたよあはははは」
「うふふ、そうでしょ。私は世界的に有名な製薬会社の社長の娘だから。まだ世に出回っていない成分や機材なんかも簡単に手に入るの。うふふふ」
「あはは、さすがです。あの粉で握ったおにぎりを食べたあとの彼ってまるで犬そのものでしたよあはははは」
「そうなの?」
「はい」
「うふふ、私も見たかったなぁ」
「あははは。おもしろかったですよ~。私の顔をぺろぺろと舐めてきたり、舌をだしてハッハッハッハッってよだれまでたらしていたんですよ」
「え~」
「そのあと体育の先生に鞭でたたかれてキャイーンって情けなく鳴いて、四足歩行で走って逃げだんですよ、あはははは」
「変なの~、うふふふふ」
「こんな感じでした」
鈴木は遊具のハンドルから手を放して両手でグーを握ると顔の前に構え、舌を出してハッハッハッハッと犬のものまねをして見せた。
するとさっきまでニコニコとしていた九条の表情がなぜか急に険しくなった。
そして遊具をこぐのをピタリと止めた。
「ワンワンッ、ワンワンッ! アオーーーーン! あははは。あはははは、きゃあっ!!」
鈴木は犬のものまねに自分で笑って楽しくなって、遊具をこぐ勢いが強くなりすぎたせいで前に傾ぎすぎて前転をするように放り出されてしまった。
「きゃあっ! 鈴木さん大丈夫!?」
パンダから降りて鈴木に手を差し伸べる九条。
「あいたたた……。ありがとうございます……」と鈴木は手をとりゆっくりと立ち上がった。
「鈴木さん。ごめんなさい私、急な用事を思い出したのでもう行くわね」
「え……」
「また後で話しましょう。じゃあね、バイバイ」
そう言うと九条はそそくさと早歩きで公園から出て行ってしまった。




