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おにぎりの味

「わかった……。あげる……。あげるから。手を離して……」

 平岡を不憫に思った鈴木はおにぎりをあげることにした。しかし鈴木の表情はどこか曇っていた。


 そんな事に気づくはずもない平岡は「ほんとか! ありがとう!」と嬉しそうに足首から手を離した。


 鈴木は風呂敷で巻かれた収納ケースを地面に置くと、腰を屈めて平岡に手を差し出した。

「大丈夫? 立てる?」


「おう」


 平岡は彼女の手をガシっと握り立ち上がった。


 顔や制服に着いた汚れを手ではらって落とす平岡。

 地面を引きずられていたせいで彼の制服は草や葉っぱや土砂で汚れてシャツはボロボロになっていた。


「ごめんね。私が引きずったせいで」


「気にするな。鈴木のせいじゃない。オレが離さなかったから悪いんだ」


「でも、シャツがこんなに破けて――」

 そこまで言って鈴木は固まった。


 破けたシャツの隙間から小さい片チクビが見えていたからだ。


「ヘーキヘーキ、これくらい自分で縫えるし」


「平岡って、縫い物(ぬいもの)できるの?」

 鈴木はチクビを凝視(ぎょうし)したまま()いた。


「ああ。オレ、小さい時からよく服を破いていたからさ。親父が『アンタは服がいくらあっても足りないっ、縫っても縫ってもすぐ破る、もう縫物なんてしたくなーい!」ってブチギレてさ。これからは自分で縫いなさいってみっちり教え込まれたんだよ。小学三年のときに」


「キレイな形してる……」


「ん?」


「あっ、何でもないっ。そうだっ、おにぎり食べるんでしょ? だったら早く食べて。お昼休みが終わらないうちに。ねっ」


「おう!」


 二人は収納ケースの横に並んで膝をついて座った。


 鈴木は内心あまり乗り気じゃなかった。


(平岡はどんな反応をするだろう……)

(気持ち悪いって引かれないかな……)

(おにぎりも(ろく)に作れない残念な女だと思われちゃうかな……)


 できれば今すぐこの場から逃げだしてしまいたかった。

 それでも意を決してケースに巻かれていた風呂敷をとって(ふた)を開けた。


 中は酷いありさまだった。


「あのね。これは、さっきケースをおもいっきり落としちゃったせいで、こんな風に……。もし、きもちわるかったら――」

「うまそう……」


「えっ……」


「食べていいか?」


「ん、うん……」


 平岡は目を輝かせて、よだれを垂らしていた。


「これって3つのおにぎりがくっついてるのか」


「うん。せっかく3種類の味でつくったのに。ごっちゃになっちゃった……」


「こうやって寄せたら大丈夫」


 平岡は重なったごはんの固まりを剥ぐようにして分けて寄せた。


「ほら。いい感じだろ?」


 形はぐちゃぐちゃだったが、もじゃもじゃと海苔と茶色のかたまりの3種類にわかれてはいた。


「ほんとだ。すごい……」


「じゃあオレはどれにしようかなぁ」

 ケースの中の3つを真剣に見比べて迷う平岡。


「全部あげるよ」


「え、鈴木は食べないのか?」


「うん。私はお昼は購買で買ったのを食べたから。平岡が全部食べて」


「まじで!?」


「うん。このまえ保健室に連れて行ってくれたお礼もあ――」

「ヤッタゼ!!」

「るし……」


 平岡は顔の前で両手をパチンと合わせて「この世の全てに感謝を込めて! いただきますっ!」と元気に唱えると、きざみ昆布と黒ゴマととろろ昆布とマヨネーズのごっちゃになったもじゃもじゃしたやつを両手で鷲掴みにして口に運んだ。


「なにそのあいさつ」と鈴木。


「(ガリガリ)トリフが食事をするときに言うキメ台詞。(ガリガリガリ)」


「トリフって何、誰?」


「(ガリガリ)俺の尊敬する人。(ガリゴリゴリッ)」


「へ~」


 平岡の口の中からガリガリと米粒が砕ける音が聞こえる。


「うめえええええええええええええええええええええええーーー!!」


「うるさい!」


「あ、ごめん(ガリガリ)」


「食べながら叫ばないでよ。汚いっ」


「おいしすぎてつい。んんっゴクン」


「口周りにも、ほっぺにも、鼻にも、いろいろいっぱいついてる」


「大丈夫。あとで取って食べるから(ガリガリガリ)」


「ほんとに汚い……」


 鈴木はグチグチと文句を言ってはいるが内心はなんだか少しうれしかった。


 幸せそうにおいしそうにもじゃもじゃしたやつを頬張る平岡の横顔についみとれてしまう。


 彼の汚い食べ方も何だかかわいく思えてきてしまっているようだ。

 

 平岡がもじゃもじゃしたやつを頬張るたびに彼の口まわりには昆布やらゴマやら黒くなったごはん粒やらがどんどんくっついて髭みたいになって、その顔はまるで――。


 鈴木はついぷっと吹き出してしまった。


「何笑ってんだよ」


「うふふ、だって……。ドロボウみたいなんだもん。うふふ、うふふふふふ」 


 平岡は何言ってんだこいつ、意味わかんねという感じで鈴木を睨むと残りのもじゃもじゃを全部口に放り込んだ。


「(ガリガリガリ)次はどれ食べようかなぁ……。これにしよう!」

 そう言って茶色のごはんに手を伸ばす平岡。

 

 それを見た瞬間、鈴木に緊張が走った。


 その茶色のおにぎりは白い粉をたっぷりとふりかけたおにぎりだと思い出したからだ。


 平岡は茶色のごはんを両手で掻き集めるとぎゅっと圧縮してハンドボールほどの大きさの固まりにした。


 そして(くち)へと運んだ――。

「ダメええええええええええええええええええええええええーーー!!!」

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