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体育館裏で

 放課後。


『鈴木さん。明日の放課後、体育館の裏に来なさい』


『必ずよ。じゃあね』


 鈴木は昨日ファーストフード店で九条に言われた事を思い出していた。

 彼女が何をするつもりなのかわからないしあまり乗り気じゃなかったが必ず来てと言われたからには行くしかない。


 おもい足取りで体育館の裏へ向かうと、九条はすでに待っていた。

 腕を組んで体育館の壁にもたれかかり靴で地面をトントンとたたきリズムをとっている。


「九条先輩!」

 鈴木の呼びかけに九条が振り向いた。


「おそい!」


「すみません」


「私、いろいろやることがあって忙しいの。授業が終わったらすぐ来てよ」


「お手洗いに行ってて……」


「はい、コレ」


 九条が何かを差し出してきた。


 鈴木は条件反射でそれを両手で受け取った。


 見ると片手に収まるくらいの小さなチャック付きポリ袋で中には白い粉のような物がたっぷりと入っていた。


「先輩!? これって覚醒――」


恋塩(ラブソルト)


「ラブソルト……?」


「そう。ラブソルト。私が作ったの。これを意中の人に飲ませるとあら不思議。たちまち彼はあなたにメロメロになり恋に落ちるわ」


「おまじないか何かですか?」


「あなた、私を誰だと思っているの? 世界的に有名な製薬会社の社長の娘よ。そんなふわふわしたわけのわからないものと一緒にしないでくれる? 私は科学的なデータによるエビデンスのとれた確実に効果が目に見えてわかる物しか信じない」


「すみません」


「これ私が作ったのよ。すごくない? 天才でしょ?」


「そ、そうですね。すごいです……」


「いい? これを食べ物でも飲み物でも何でもいいからこっそりと混ぜて平岡に飲ませなさい。ただし彼が恋塩(ラブソルト)を飲み込む時には必ずあなたが一番近くに居る事。そしたら彼は確実にあなたに恋に落ちるわ……って何よその顔はっ!? そんな目で私を見ないでっ!」


「すみません!」


「わかってるわ。どうせ信じていないんでしょ! 心の中では『なに言ってんのこの人、中二病か何か? かわいそう』なんて思ってるんでしょ!?」


「思ってません! 先輩を信じています!」


「まあいいわ。実際に試せばわかる事だしね。その効果に驚くといいわ。そして一度でも疑ってしまった自分を深く恥じて後悔し、懺悔(ざんげ)――」

「そうじゃないんです! 先輩の事は本当に信じています。ただ……わたし、今、恋愛とかを楽しんでいられるような気分じゃなくて……」


 鈴木は浮かない表情になった。


「どうかしたの?」


「今朝、大親友が逮捕されたんです」


「大親友って、耳川さんの事?」


 鈴木は頷いた。


「彼女は今、刑務所に居て。大変な思いをしているかもしれないっていうのに。自分だけ呑気(のんき)に恋愛なんて……」


 手のひらの白い粉を見つめる鈴木。


 少しの間があって九条が笑った。

「あはははは。大親友が聞いて呆れる」


「え……」


「それで彼女が喜ぶとでも思うの?」 


「それは……」


「大親友のしあわせを無条件に一緒に喜んであげられない大親友なんてそんなの大親友なんかじゃないわ」


「……」


「不幸な人にあわせて自分も一緒に不幸になって寄り添おうなんてのもそれはそれで素敵だと思うけど。 そればかりだと世の中が不幸だらけになってしまうわ。下に合わせんな! まずは自分が思いきり幸せになって、そのありあまったあふれる幸せのちからで不幸な人も一緒に引き上げてやるぐらいの気概を見せないよ!」


「でも……」


「なによ!」


「この薬の効果で好きになってもらっても嬉しくないというか……。相手を騙しているようであまりいい気分がしないというか……」


「これはきっかけにしかすぎないわ。薬の効果が続くのは数日の間だけよ。効果が切れた後もまだあなたに好意を持っているようならそれは本物と言っていいんじゃない?」


「そっか……」



「じゃあ、もう行くわね。私も色々忙しいって言ったでしょ。なんてったって世界的に有名な製薬会社の社長の娘なんだから」


「粉、ありがとうございます。あと、他にも色々……」


「いいのよ。じゃあね、バ~イ」


 九条は去り際に何かを思い出したように足を止めると振り返って鈴木に言った。


「あ、そうだ。鈴木さん! 耳川さんの事は私に任せといて」

 

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