謎の黒髪美女ふたたび現る!
「それで(ズズゥゥゥゥ)、萌果ちゃんは(ズズゥゥゥ)、何で(ズゥゥゥ)、落ち込んでゴホッ! ゴホッゴホッ! ゴホッ!」
耳川は喋りながら何度もバニラシェイクのストローを口に運んだせいで咽た。
「大丈夫?」
鈴木は、自分の顔や服についていたバニラシェイクをハンカチで拭きとりながら尋ねる。
「……ゴホッ! ゴホッゴホッ!」
「……しゃべりなから飲むから」
「……だって(ゴホッ!) おいし(ゴホッゴホッ) ……おいしすぎる、んだもん(ゴホッ! ゴホゴホッゴホッ!)オッ、ウッぷ、オエッ……!」
耳川は胸を叩きながら、はぁ、はぁ……と肩で息をつく。
「ふぅ……。もう、だいじょうぶ……、落ち着いた……で、萌果ちゃんは、何で落ち込んでるの?」
「私、落ち込んでいるように見えるかな。自分ではそのつもりはないんだけど」
「萌果ちゃん、私の目はごまかせないよ? 何か悩んでいる事あるでしょ?」
「悩んでいる事?」
「うん」
「悩んでいる事か~。ん~、しいて言えば……最近、授業に全く集中できない事かな」
「へー」
「家で勉強している時も何だかぽーっとして身が入らないし」
「ぽー??」
「うん、頭がぽーっとふわふわする感じ。あと、何か心臓がキュって締め付けられるというか、くすぐったいような感じもするし……」
萌果は自分の胸に手を当てて、首をかしげた。
「へぇ、いつから?(ズズズゥゥゥゥ)」
懲りずに耳川はまたストローを吸った。
「ん~、このまえヒツジに襲われて、病院で目が覚めた後、くらいからかな」
「へ~」
「何をやってても上の空になっちゃうと言うか……気づいたらなんか、平岡大志の事ばかり考えちゃってるんだよね」
「えぇ~(ズズズゥゥゥゥ)」
「学校でもなぜかあいつを目で追っちゃうし」
「ええ~」
「つい見ちゃうんだよね。何か気になるって言うか、自然と引き付けられると言うか……」
「なにそれ~、こわ~い」
「ね~、怖いよね」
「萌果ちゃん、もしかしたら何かの呪いにでもかけられてるんじゃない?」
「呪い?」
「大志くんの生霊にとりつかれているとか」
「えっ、そうかな?」
「そうかもしれないよ。だっておかしいもん」
「だよね」
「うん。いちど神社とかお寺とかに行ってお祓いしてもらったほうがいいよ(ズズゥゥゥ)」
「そっか。そうしてみる。ありがとう耳川さん」
「ちがうでしょ!!」
突然、大声が響いた。
耳川の後ろの席に座っていた黒髪の少女が、勢いよく立ち上がっていた。
少女は肩越しに振り返ると、二人をギロリと睨みつける。
あまりの迫力に、耳川と鈴木は目を丸くして固まった。
「さっきから黙って聞いていれば、……まったく」
黒髪の少女は心底あきれたように吐き捨てると、自分のトレーを持って耳川たちの席へと歩いてきた。
「ちょっと、奥に詰めなさいよ」
そう耳川に指示すると、慣れた動作で隣へちょこんと座る。
同じ高校の制服を着た綺麗な少女。
萌果はその顔に見覚えがあった。
(あっ……昼休みにグラウンドで、平岡と楽しそうに話をしていた子だ)
一方で耳川は、なぜか嬉しそうに目を輝かせながら、隣の黒髪美女に「あなたは誰?」と尋ねた。
「私は九条紬。あなたたちと同じ草林高の3年生よ」
「先輩なんだ! わたしは1年1組の耳川み――」
「耳川実鈴さん。そしてあなたは鈴木萌果さん。でしょ?」
「そうだよっ! なんで~っ! なんでわたし達の名前を知ってるのぉ!?」
まるで手品を見た子供のように純粋に驚き、興奮する耳川。
「草林高の生徒ならみんな知ってるわよ。あなた達、ちょっとした有名人だもの。羊にボコボコにされた1年生ってね」
「そうなんだぁ!」
「それに、私は見てたのよ」
「何をですか?」
「あなたたちが羊に無様にやられているところよ。3階の廊下の窓から見てたの」
「え~、それなら助けを呼んでくれればよかったのに」
「なにを言ってるの? 猟師を呼んだのはこの私よ?」
「そうなの!?」
「そうだったんですか!?」
「獣医師の免許を持った猟師を探すの大変だったんだから。感謝しなさいよね」
「ありがとう~!」
「ありがとうございます……」
「ふんっ」
胸を張ってそっぽを向く九条に、耳川が自分のカップを差し出した。
「九条先輩もバニラシェイク飲みますか?」
「いらない」
「おいしいですよ?」
「そう? じゃあひとくちだけ頂こうかしら」
九条は、耳川の差し出したカップのストローに口を付けた。
スースー。ズズッ、スースーとストローの乾いた音がする。
「空っぽじゃない!!」
「あ、ごめんなさいっ」
「ふざけんなっ!!」
「うぅ……まだ残ってると思ったのに……」
そんな二人のやり取りを、向かいの席で黙って見ていた鈴木が口を開いた。
「……九条さんって、もしかして、あの世界的に有名な――」
「そうよ。あの世界的に有名な製薬会社の社長の娘よ。そんな事より、あなたたちがさっきから話してる内容、後ろの席まで丸聞こえだったんだけど」
「「ほう……」」
「ほうって何よ。二人そろって間抜けな顔して……。まあいいわ、鈴木さん!」
「はい!」
「あなたのその症状は呪いなんかじゃないわ」
「「え……」」
「生霊なんかでもない」
「「えぇ……」」
「それはね――」
鈴木と耳川はゴクリと唾を飲んだ。
「恋よ!」
「ええーっ!!」
と驚愕する耳川。
「ないないないない、それはさすがにないですぅ~。あはは、あはははは」
乾いた笑いを浮かべる鈴木。
しかし九条は冗談めかした様子もなく、真剣な眼差しで鈴木の目をまっすぐに見つめて言った。
「間違いないわ。それは、恋よ」
「いや~ないないないない~! あはは~それは絶対にないです~。先輩、面白いこと言いますね~」
「認めなさいよ」
「あはははは、なんで私があんなヤツなんか。そもそも私ああいうの全然タイプでもないですし~、絶対にあり得ないです~あはははは~おもしろ~い、あはははは~」
ヘラヘラと笑いながら手と首を振り、頑なに認めようとしない鈴木。
九条はちょっぴりムッとしたように眉をひそめた。
「それじゃあ、自分の心に訊いてみるといいわ」
「へ?」
「両手を自分の胸に当てて、訊いてみなさいよ」
「なんてですか?」
「『私は彼の事が好きですか?』ってよ」
「あっはっはっはぁ~!」
「やって!」
「だってそんなの――」
「早くっ!!!」
「はいっ!!」
鈴木は頭を軽く振り、ニヤついた顔を無理やり整えて深呼吸をした。そしてそっと目をつぶり、両手を胸に当てる。もう一度深く息を吸ってから、ゆっくりと呟いた。
「私は平岡大志の事が好きですか?」(好きっ♡!!)
即答だった。
鈴木には確かに聞こえた。コンマ一秒の躊躇もなく、心の中の小さな自分が元気に答えたのだ。
鈴木の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「そ、そんな……ウソ……わたし……そんなバカな……」
何が起きているのか分からず、「どうしたの?」と不思議そうにする耳川。対照的に、九条は「でしょ」と満足げな笑みを浮かべている。
「……そ、そんなの絶対にありえないっ!」
「だったらもう一度きいてみなさいよ」
再び胸に両手を当て、深呼吸をする鈴木。心なしか、その指先は小さく震えていた。
「私は……平岡大志の事が……好きですか?」(すきすき、だーいすきっ♡!!)
「きゃあああああああああああああああああああああああああーーーーーー!!!!!!」
「うるせえぞおおおクソアマアアアアアッ!!!!」
「またお前かああああああああーッ!!!」
「他の客の事も考えろあああああッ!!」
「バーーローー!!!」
「てめえはイルカかあああああ!!!」
店内に響き渡る超音波級の悲鳴に、周囲の客はびっくり、ブチギレて一斉にヤジを飛ばす。
「……そ、そんな……わ、わたし……あ、あいつの事が……す、好き……? なの……? わたしの、は、はつ……初恋の、相手が……ひ、ひ、ひら、ひら、ひ、ひら、ひ、ひら、ひ、ひひ、平岡なの……っ!?」
鈴木はテーブルに両肘をつき、ボサボサになった頭を抱え込んで目をカッと見開いていた。
「残念だけど、認めるしかないわね」と鈴木のトレーにのっているポテトをつまむ九条。
「萌果ちゃん……」
耳川が心配そうに見守る。
「素直になりなさい? 心に嘘をついて生きるのはもっと地獄よ(モグモグモグ)」
と九条はまた鈴木のトレーにのっていたポテトをつまんだ。
「……わたし……平岡の事が……好き、なんだ……」
「そうよ。あなたは平岡に恋をしているの(モグモグモグ)」
放心状態の鈴木を見て、九条は小さくため息をついた。
「そんなに落ち込まなくてもいいじゃない。恋をするって素敵な事よ(モグモグ)」
「でも……私が、あいつを好きだって認めたところで……」
「何よ」
「あいつは私の事なんか……」
「告白してみないと分からないじゃない(モグモグ)」
「そうだよ萌果ちゃん!(モグモグモグ)」
いつの間にか耳川までもが萌果のポテトを頬張っている。
鈴木はゆっくりと首を横に振った。
「……あいつが言ったんです……『同じクラスの、ただの知り合いとしか思っていない』って」
どんよりと顔を伏せる鈴木に、二人はかける言葉が見つからず、ただ鈴木のポテトを頬張る事しかできなかった。
「……もう、フラれたも同然……」
ポタリと、鈴木の頬をひとしずくの真っ黒な涙が伝い落ちた。
「…………(モグモグ)」
「…………(モグモグモグ)」
重苦しい沈黙の中、ポテトを平らげた九条が見かねたように口を開いた。
「いいわ、私に任せて」
九条は手についた塩を紙ナプキンで拭きとると、クシャッと丸めてトレーの上に置き、颯爽と立ち上がった。
「鈴木さん。明日の放課後、体育館の裏に来なさい」
そう言い残し、元の席から荷物を引っつかむと、出口に向かいながら振り返る。
「必ずよ。じゃあね」
そのまま店を出て行ってしまった。
「九条せんぱい、またね~……(モグモグ)」
耳川は九条の背中に手を振って見送ると、自分の席から移動して鈴木の隣にちょこんと座り直した。
「……わたし……平岡の、事が……すき……だった……。あの……バカみたいで……下品で……スケベ……キモい……平岡……」
俯いたままぶつぶつと小声で呟き続ける鈴木。
耳川は片手で残りのフライドポテトをつまみつつ、もう片方の手で彼女の頭をよしよしと優しく撫でてあげるのだった。




