保健室へ
「「キャーッ!!」」
叫ぶ女子生徒たち。
鈴木の顔には鼻血が飛び散って、鼻を押さえていたハンカチからはボトボトと赤い水滴が落ちていた。
「鈴木さんっ!」
「萌果ちゃんっ!」
田中先生も耳川実鈴もびっくりだ。
「すみません!」
鈴木はあわてて床に膝をつき、垂れた血をハンカチで拭いたがハンカチはすでに血だらけで余計に血が広がってしまった。
「拭き取れない……。ハンカチを洗ってこないと」
そう言って立ち上がろうとした鈴木の肩を田中先生がつかまえた。
「いいよ。そのままにしておいて。後で私が片づけるから」
「でも……」
「今は保健室に行くのが先」
「すみません……」
「先生! オレが鈴木を連れていきます!」
そう言って前に出てきたのは平岡大志だ。
彼は鈴木の前に出てきて背を向けてしゃがみ込むと両腕を後ろにピンと伸ばして言った。
「さあ、乗って」
「私1人で大丈夫です! 行ってきます!」
鈴木は走って音楽室を出て行ってしまった。
「あ、鈴木!」
「鈴木さん!」
あっけにとられてシーンとする音楽室。
田中先生は自身の大きな胸を寄せて持ち上げるように腕を組み、心配そうな表情で(ん~)っと考え込んだ。
「私ちょっと心配だから鈴木さんの様子を見てくるね。みんなは自主練してて―――」
「先生! オレが見てくるので先生は授業を続けてください!」
「そ、そう……? じゃあ……、お願いしようかな?」
「ハイッ!!」
元気よく返事をした平岡は走って音楽室を飛び出していった。
田中先生はふと思い出したかのようにあわてて廊下に顔を出した。
「コラ~、廊下は走っちゃダメ~……。ってもういない……」
☆ ☆ ☆
鈴木萌果は廊下の手洗い場でハンカチを洗いながら考え事をしていた。
(どうしちゃったんだろうわたし)
(5時限目から体が熱くて鼻血が出っぱなし)
(最近は授業にも全然集中できないし)
(気づいたらバカ平岡の事ばかり考えてるし)
(そうだ、バカ平岡。さっきのあのポーズは何よ。わたしが背中に乗るわけないじゃない)
(ほんとバカ)
(……でも、部活で鍛えられているだけあって筋肉が結構すごかったな……)
(肩幅もあるし……)
(盛り上がった筋肉がクッションがわりになって衝撃を吸収してくれそうだし……)
(乗り心地は悪くなさそう)
(こんがり日に焼けてて。つやつやで―――)
思い出していた平岡の背中と後ろに伸ばした両腕のイメージがだんだんとローストターキーに見えてきた。
(そういえば去年のクリスマスに食べたローストターキーおいしかったな……)
「って、なに想像してるのわたし!」
(平岡もおいしいのかなって、まるでわたし変態じゃない! 嫌っ!)
鈴木は頭を振って煩悩を払い飛ばし、白くなったハンカチを絞って目と鼻をおさえた。
(そういえば右のワキに1本だけ毛が生えていたな……)
(1.5センチくらいの。ウェーブのかかった。細くてやわらかそうな。そよ風がちょっと吹いただけで遠くまで飛ばされていきそうな毛だった)
(まるで生まれたての赤ちゃんのような毛)
(きっと、初めてのワキ毛だよね)
(わたしなんか中1の時から剃ってるっていうのに……)
(まだガキなんだ、バカ平岡)
(成長が遅いんだ)
(だからバカなのか)
(でも……)
(今、少年は大人の男に変わろうとしている)
(これからつぎつぎと兄弟達が生えてきて。より多く。より濃く。より太くなっていって)
(わたしのわき毛なんかすぐに追い抜かれちゃうんだろうな……)
さっきまで険しい顔つきだった鈴木の口元がほんの少しだけ緩んだ。
ふと、顔からハンカチを離して見たら真っ赤に染まっていた。
下を見たら手洗い場も床も血だらけだ。
鼻を触ると指には血がべっとり。
よくみたら制服のシャツもスカートも真っ赤になっている。
鼻血が大量に出ていたのだ。
その瞬間、なんだか急にフラフラしてきて。
(あっ、ダメっ、倒れちゃう―――)




