「しょぼん……」
「喧嘩しないで!」と叫ぶ耳川。
オレと鈴木は茶色く濁った水滴をポタポタと垂らしながら固まってしまった。
「喧嘩したら嫌だよ! それに今は授業中だよ! 大声出したら先生たちに怒られるよ!」そう言って耳川は通路の端にスチールのバケツをそっと置いた。
ふと、自分の頭に何かがびちゃっと張り付いているのに気がついて、取って見てみたらびちょびちょになったきったねえ雑巾だった。
「みみかわおまえ……」
「耳川さんそのバケツに入っていた水って……」
「仲よくしようよ、同じクラスメイトじゃん! 高校生活を一緒に過ごすかけがえのない仲間じゃん! そうだ! 腕組んで行こう!」そう言って耳川は強引にオレと鈴木の腕に手を回してきた。
「何でお前と腕組んで歩かないといけないんだよ」とオレは耳川の手を跳ねのけた。
「じゃあ肩組もう?」と肩に腕を回して来たので「やめろっ、はずかしい」とまた跳ねのけた。
「何で~。じゃあカンチョーしてやる~」と右手の人差し指をぴんと伸ばしてオレのケツの穴めがけてつっ込んできたのでぎゅっとケツ筋に力を入れ、ギリギリ穴の中には届かないところで阻止してやった。
「いった~い! なんで男子のお尻ってこんなに固いの? 石みたい」
「筋肉だ!」
「あんたたち何してんの? バカみたい。中学生じゃあるまいし。早く行きましょう」
鈴木が歩き出し、鈴木の腕を掴んでいる耳川と、耳川の指をケツで挟んだオレは連動して再び歩き出した。
「うう~指が折れるかと思った~。ていうか抜けないんだけど……」
「お前誰にでもカンチョーしてんのかよ?」
「誰にでもじゃないよ。ちゃんと心を許しあった仲の人にしかやらないよ」
「オレはお前の事全然知らねえし。まだ出会って1週間とちょっとしか経ってないし、何も許してねえし」
「一度話したら分かるよ! この人は受け入れてくれる人だって。ね? 萌果ちゃん? 萌果ちゃんも許してくれるよね?」
「勝手に決めつけないでくれる。私は誰にも気を許した覚えはない。馴れ馴れしくしないで」
「えぇ……」
「それにカンチョーなんて危険な行為を、よくなんの躊躇もなくできたわね。お尻の穴ってみんなが思っているよりもデリケートなのよ。それを知っててやってんの? それに今の時代セクハラだって訴える人もいるんだから、もう二度とやらないで」
「そこはちゃんと手加減してるよぅ……」
「だまれ下品! 恥を知れ! 絶対に二度とすんな!」
「わかったよぅ。親友がそこまで言うなら、私カンチョーはもうしない」
「勝手に親友認定しないでくれる。私はあなたの事を何とも思ってないんだから」
「しょぼん……」
鈴木はきつい言い方だったが、耳川と腕は組んだままだしまんざらでもないのかもしれない。