音楽の授業
6時限目。
平岡たちのクラスは音楽室で合唱の練習をしていた。
音楽教師の田中美帆は自慢のHカップの胸を小刻みに揺らしながら軽快にピアノを弾いていた。
Hカップというのは田中自身が公言している事であって教員たちの間では『俺にはEカップに見える』、『Fカップだろ』、『どう見てもFカップがいいところだ』、『ぜったい盛ってますよね』などとたびたび噂されている。
井戸端会議をしている本人たちはこそこそ喋っているつもりでも案外声はでかくなっちゃっているものだ。
田中も噂は耳にしていたが彼女はそんな事はまったく気にしない。
サッパリッとした明るい性格が彼女の魅力でもある。
ついでにまだ独身で彼氏募集中だ。
田中はピアノを弾きながら生徒たちを見渡して笑みをうかべた。
(今日もすごいヘタクソ。音楽の教師になって8年になるけどクラスの全員が全員そろって音痴なんてはじめて)
(今何の曲をひいているのかもわからなくなりそう)
(でも彼らはどのクラスの生徒たちよりも楽しそうに歌っている)
(みんな堂々として満足げに歌っている)
(その自信はどこから湧いてくるんだろう)
(彼らをみていると音楽教師になるのをあきらめようとしていた頃の自分を思い出す)
(私が音楽教師になったのは間違いじゃなかった。音楽教師になって本当に良かったなって思わせてくれる)
ふと、田中は異変に気がついた。
いつも真面目で上品な女子生徒の鈴木萌果さんが頬を赤くして鼻から血を垂らしているのだ。
(どうしたのかしら。目は少し虚ろだけど、ニコニコと楽しそうに歌っているし……。大丈夫かな……)
としばらく様子を見ていたら、突然フラッと倒れそうになったではないか!
「鈴木さんっ!」
田中はピアノの伴奏をやめてすぐに鈴木のもとに駆け寄りフラフラしている彼女の肩を支えた。
「大丈夫!?」
「え? 何がですか?」
「あなたフラフラしているじゃないの! 鼻血も出てるし」
「はなぢ……?」
鈴木は鼻の下を触り、指にべっとりついた血を確認して、驚いた様子ですぐにスカートのポケットからハンカチを取り出し、恥ずかしそうにして鼻を押さえて隠した。
「だいじょうぶです、何でもないですっ」
「でも顔も赤いし……」
そう言って鈴木のおでこに手を当てる田中。
「熱があるんじゃない?」
「ないですっ。気にしないで下さい。ただ少しのぼせただけで―――」
そう言いかけてフラッっと倒れそうになる鈴木を田中や周りの生徒達があわててささえようとした。
「やっぱり体調悪そうじゃない。保健室に行ったほうが良いわね」
鈴木は「はい……」と渋々返事をした。
「一人でいける? 誰か付きそいがいたほうが良いわよね。わたしも一緒に―――」
「ハイッ!!」
「ハイ!!」
「ハイハイハイッ!!」
田中先生が喋り終わるのを待たずに次から次へと手をあげて志願する生徒が現れた。
「俺が行きます!」
「私が行きます!」
「私もー!」
「僕が行っても良いですよ」
「ウチが連れてってもいいけど」
「オレが行く!!」
結局全員が手をあげた。
その光景を見た鈴木は思った。
(私とは住む世界の違う底辺たちと思って普段はできるだけかかわらないようにしていた連中が今、私のために手をあげてくれている……)
(どうして……)
(私はみんなの事をできるだけ無視してさけていたっていうのに。みんなはこんなにも私の事を想ってくれていたんだ……)
(ありがとう、みんな……)
鈴木の目が少し潤んだ。
ふと、上半身裸の男が目に入った。平岡大志だ。
「オレが行くっ!! オレがっ!! オレがっ!!」と両腕をピンとまっすぐ上にあげて田中先生に必死にアピールしている。
鈴木の視線は自然と彼のわきに吸い寄せられていった。
鈴木は何だか顔の温度が急激にあがるのを感じた。
ハンカチで鼻元を押さえていた指がじわっと濡れて熱くなった感覚がするが今はそんな事は気にならなかった。
つるつるのわきに何かが見えた。
目を凝らしてよく見たら弱々しくうねった薄くて細い線が1本だけ見えているじゃないか!
(わき毛だ!! 産まれたてのわき毛!!)
それに気づいた瞬間、ブワッ! と爆発するように鈴木の鼻血が吹き出してしまった。




