再会 (平岡大志)
「アオーーーン! アオーーーーーーーン!! アンッアアンッアオーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」
国立特別警察犬訓練保護センターの檻の中でオレは夜鳴きをしていた。
高窓から見える月を見ていたらなぜかわからないけど吠えたくなるんだ。
「アアアンッ! アオーーーーンッ!」
ワンワンッ! ワンッ!! ガルゥゥゥ……ワンッ!
アオーーン!!
アンアンアアンッ!!
ワンッ!! バフゥッ! ワンワンッ!!
オレの遠吠えに共鳴して他の犬たちも檻の中から吠えていた。
あっ、オレ。今、人間の言葉で考えてる。
そうだ、オレ人間だったんだ。
「アンアンアアン!」
* * *
「平岡~。朝飯持ってきたぞ~」
朝になって、いつもの時間にいつものように訓練士の大谷さんが朝ごはんを持ってきてくれた。
今日はキャベツを丸ごと1個だ。
やったぜ! うまそうだ。
「いただきますだワンッ!」
オレは挨拶をすませてトレーに乗ったキャベツにかぶりついた。
ムシャムシャムシャ。
うめぇーー!!!
シャキシャキの食感とほんのり甘い味がたまらねえ! フォーー---ーーーーーーー!!!
ガブリッ!
ムシャムシャムシャムシャ。
おいしーーーーー!! アンアンアアンッ!!
もう無我夢中でキャベツにかぶりついた。ついつい鼻息が荒くなってしまう。
いつもなら食事中は大谷さんが「うまいか~。たくさん食えよ~」と言いながらオレの頭や背中をやさしく撫でてくれる。
それなのに今日はなんだか静かだ。
ふと大谷さんの顔を見上げた。
「ひ、平岡……。お、お前……いま、し、喋った……」
「ワンッ! ワンッ!」
* * *
ヴヴゥゥゥゥ~。
ヴヴゥゥゥ~。
アヴゥゥゥゥ~。
「ヴヴゥゥゥ~~」
お昼の休憩時間はドッグランで他の犬たちと縄張り争いをするのがいつものルーティーンだ。
ヴゥゥと唸って相手にガンつけて威嚇する。
ヴヴゥゥゥゥ~、アウッ! アウッ! アウッ! アウッ!!
「ワ゛ヴア゛ゥアウワウワ゛ゥアウアウワウワウッ!!! アアヴッ!」
ワウアウア゛ゥアウワ゛ゥッツ!! ワウワウッアウッ!!
キャウンッ!! アンッ! アンッ! アンッ!
取っ組み合いになってしまった。
相手はゴールデンレトリバーの哲郎とシェパードのタイチとチワワのこはくちゃんだ。
3対1でオレは不利な立場だがこれもいつもの事。
周りにはパグやシベリアンハスキーやトイプードルやボルゾイなどが立ち見していてワンワン吠えて囃し立てる。
これは哲郎たちへの声援だ。
みんなは最近入所した新人のオレの事が気に食わないらしい。アウェーだ。
犬たちはするどい牙や爪を立ててきた。
オレは何もできずに地面に縮こまってただ耐える事しかできなかった。
それでも犬たちは容赦しない。
周りで囃し立てていた犬達も加わって寄ってたかってオレをボコボコにした。
アウワウッ! ワワウッ!
ワンワンッ!
ヴゥゥゥアウッ!!
キャン!
アヴアヴアヴアヴアヴッ!!
オレの腕や頬やおでこや背中からは血が流れ、囚人服は引き裂かれボロボロになった。
「コラーッ! お前たちやめないか!! あっちいけ! シッシ! あっちのほうで遊んでこいっ!」
大谷さんがやってきてその場を収めてくれた。
一人地面にうずくまるオレに大谷さんは手を伸ばして優しく話しかけてきた。
「大丈夫か平岡。お客さんが来ているぞ」
大谷さんに手を引かれて面会室のドアの近くまでやってきたら、扉の向こうから細川所長の声が聞こえてきた。
『いやぁ~、ちょうど今朝からなんですけどね? 人間の言葉も少しずつ話すようになったんですよ~』
『そうなんですか』
どこかで聞いたことのあるような女の人の声も聞こえた。
大谷さんが厳重にかけられたカギを外して分厚い鉄の扉をゆっくりと開いた。
その瞬間。
大好きな匂いがふわっと鼻を突いた。
汗のような酸っぱいようなしょんべんのようなツンと来るような独特な匂い。
この匂いは!!? ご主人様だ!!
オレはまだ完全に開ききっていないドアの隙間に身体をねじ込むように飛び込んで面会室へと入っていった。
「鈴木ーーーっ!! アンアンアーン!!」
「きゃああああ!!」
「会いたかったぜー!! 鈴木ーっ!! アウッ! アウッアウッ!」
オレはいちもくさんに鈴木に駆け寄り飛び掛かった。そして彼女を抱きしめたり、彼女のそばで回転したり、また飛び掛かってジャンプしたり抱きしめたり、ほっぺたや鼻の周りや顎や首筋をぺロペロと舐めたり。
「きゃああああああー! やめてーー!!」
鈴木は顔を背けて手で押し返してきたがこの衝動は止められない。
鈴木に会えたことがなんだかすっごくうれしかった。
「アンアンアアアンッ! 鈴木ーー! 会いに来てくれたんだな! 嬉しいぜアオーーーーーン!」
喜びの雄たけびを上げて再び飛び掛かって抱きしめてペロペロした。
「いやぁああああー!!」
ご主人様っ! たまんね~。
ハッハッハッ、ぺろぺろぺろ。
ついつい興奮して鼻息も荒くなってしまった。
「ハフハフッ、ありがとう~! ハフハフハフッ、ありがとう鈴木~。 そうだ! 遊ぼうぜっ!? な!? 何かして遊ぼうぜ! なっ!?」
「やっ! なにかってなによっ! バカッ! キャッ、やめてっ! メイクがとれ」
「ぺろぺろぺろ、ボール投げしない?! ぺろぺろ、ボール投げ楽しいぜ!? なっ!? いいだろ? 鈴木っ! やろうぜ!」
「ぃぃいやっ!」
鈴木に押し返されたのでまた飛び掛かっていったら今度は鈴木がオレの両手を掴んでガシッとつかんでくれた。
指と指の間をからませて恋人つなぎだ。
オレが近くに寄ろうとすると鈴木は腕に力をいっぱいこめて拒否した。
俺と鈴木の攻防戦。
まるでレスリングのようだ。
楽しい!
「やめろっていっているだろうがぁぁぁあああああああああ!」
鈴木に思いっきり突き飛ばされて地面に尻もちをついた。
鈴木を見たら、彼女が着ていた清楚なワンピースはオレの血で汚れて、スカートの裾からはぽたぽたと透明な水滴がしたたり落ちていた。
ふと、下半身がなんか温かいと思って自分の股間に目をやると濡れていた。
漏らしたのだ。
しょんべんを漏らしちまった。
「何やってんだ。まったく……」と呆れる細川所長。
そのそばに立っていた、学校で見たことがある女が「平岡。あんた……」とオレの事をゴミを見るかのような目で見ていた。
大谷さんは「何か、拭くもの取ってきますっ」と部屋から出て行った。
鈴木は乱れた髪の毛を適当に整えてからワンピースの裾を広げて、濡れた箇所を見ていた。
どうしよう。怒っているかもしれない。あやまらないと。
「ごめん、鈴木っ……。嬉しすぎてつい……」
鈴木はハァ……とためいきを漏らした。
「いいわ。大丈夫。これくらいならすぐに乾くから。それよりひさしぶり……。平岡……」
どうやら許してくれたようだ。よかった。
オレは立ち上がって「おう、ひさしぶり!」と返した。
「元気だった……?」と聞かれたので「おう! とっても元気だぜっ!」とマッスルポーズをとってみせたら鈴木は「ふふっ。よかった」とにっこり笑ってくれた。
鈴木が笑ってくれたからなんだか嬉しくなってテンション上がった。
「もう元気がありすぎて動きたくてたまんねえぜ! ワン! ワワンッ!! ワンッ!」
オレは左足を軸にして右足で地面を蹴りながら半時計回りに高速で回転して見せてやった。
「がはははは! どうだ早いだろ? がははははは! アンッアンッ! アアーンッ!」
「な、何してんの……?」
「回ってる!!」
回るの楽しーー!!
「平岡……?」
「ぎゃはははは! 鈴木もやるか? アアンッ!! アンッ!」
「うんん。わたしはいい……」
「ぎゃはははは! アウッ! アウッ! アオーーーン!! ぎゃははははは!」
それからどれくらいの時間回っていただろうか。
つい夢中になってしまった。
目の前がぐるぐるして足がふらついて壁にぶつかり地面に倒れてしまった。
すぐに立ち上がったがまた目がぐるぐるして壁に顔面をぶつけて倒れて。
みんなが「おい、大丈夫か?」「もう、なにやってんの?」と所長と鈴木が肩を支えて起きあがらせてくれたが、まだフラフラしていてパイプ椅子が並んだところにつっこんでガラガラガシャンと倒れて、また立ち上がらせてもらってまたフラフラとコケて壁に顔面をぶつけて倒れて、目の前がぐるぐるでもう何が何だかわからない。
「もうお前は床で寝ておけ。じっとしておけ」と所長に言われて床の上で寝転がったまま目を回していた。
天井がぐるぐるしている。
ちょっと回りすぎたかな……。
「元気なのは良い事なんですけどね。ほんと困ったやつですよ」「あほですね」「そうね」なんてみんなの会話が聞こえた。
少し経ったらだいぶ良くなってきたので体を起こした。
鈴木がもう大丈夫なの?と聞いたのでウンと言った。
鈴木は「はい」と目の前にポケットティッシュを差し出してきた。
何のことかわからずぽかんとしていると「鼻水とよだれが出てるわよ」というので「あ、ありがとう……」と受け取って口元を拭いた。
「おにぎり作ってきたよ」
「アンアンアアンッ! マジで!?」
「うん。食べる?」
「食べるっ!」




