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恐怖のいちご狩り3(鈴木萌果)

 オウシロウは私の制止を振り切っておばあ様を抱きしめようとしたが、おばあ様はうまく身体を反らしてかわした。


 なんだ? どうしたんだ? と他の乗客たちが騒ぎ始める。


「どうしたんですか! お二人とも! やめてください! 走行中に席を立たないでください!」

 バスガイドのお姉さんがやって来て止めようとするがオウシロウは全く聞く耳を持たず、再びおばあ様に飛び掛かった。


 するとおばあ様はするりと身体をひねって交わし、それと同時にひょいと通路へ出た。


 

「なんてこざかしいババアだ! 生きれえええ‼」


 オウシロウがまたおばあ様に向かっていった。


 おばあ様は素早くオウシロウの右手首をつかんでくるりと一回転してオウシロウの背後に回り込んだ。

 そして髪を結っていたリボンを解いて口に咥えるとオウシロウの左手首もつかんで腰の位置に持ってきてあっというまに両手首をぐるぐる巻きにしてしまった。


 まるで犯人に手錠をかける警官のように素早く華麗な手さばきだった。

 

 それからおばあ様はオウシロウの膝をカクンとさせて通路にひざまずかせると、彼の前にまわりこみ、両腕で彼の頭を丸めこむようにして抱きかかえて胸に顔をうずめさせた。


『何するんだっ! くっ……離せっ……くそババア!!』


 おばあ様の胸元でくぐもったオウシロウの声は焦っていた。


 おばあ様は真剣な顔つきで、でも赤ん坊を抱きしめるかのようにオウシロウの頭を抱きかかえて青白い坊主頭をやさしくなでなでしたかと思うと急に目をつぶって歌いだした。


「ね~んね~ん♪ ころ~り~よ~おこ~ろ~り~よ~♪」


 その歌声はとても高音で、か細くて、繊細で、少し震えていて音程も不安定だったけどとても温かみのある癒しの歌声だった。


『くっ……。あぁっ……。なっ、なにをするっ……。くはぁっ……』


 オウシロウは両手を後ろに縛られたままもがいていたが、おばあ様はびくともしないで落ち着いて歌い続けた。

 たまにオウシロウの坊主頭にチュッチュとキスをする余裕もあった。それを見て私は驚愕した。


 オウシロウはおばあ様よりも体格も大きく力も強いはずなのに、いったい何者なの!?


 こんな小さくて細くてしわしわでよぼよぼの身体のどこにそんな力が眠っているっていうの!?


「坊やは~よいこ~だ~♪ ね~んね~し~な~♪」


『あっ……、ババアっ! やめろっ……。くそっ……。離せええええーっ!』


「お客様! やめてください! 運転中に立ったらあぶないですよ! 他のお客様の迷惑にもなりますしっ」

「美津子、もういいだろう。やめんか!」


 バスガイドとじい様が止めてもおばあ様は「こいつは愛が足りていないんじゃ。母親の愛がよ。だから、わしがこうして胸に抱いて、めいっぱいにかわいがってやらんといかんっ」と言ってきかなかった。


『うわあああああああああああーっ! やめろおおおおおおーーーっ!!! ババアアアアアアァァァーーーっ!!!』


 


   ☆   ☆   ☆


 


 結局、運転手のおじさんがバスを路肩に止めて、おばあ様のもとへやってきてなんとか説得して、オウシロウは解放された。

 不服そうにしているオウシロウを運転手さんが頭をつかんで下げさせておばあ様にきちんと謝らせて、2人に握手をさせて仲直り、私も乗客のみなさんにすみませんと軽く頭を下げて、それからオウシロウはおばあ様におはぎをもらって機嫌を直してこの事件は一件落着した。


 そして目的地のジャンボイチゴ農園に無事に到着した。


「はぁ……。なんか、もう、どっと疲れた……」

 バスから降りて空を見上げると雲も少なくいい天気で、気温も高すぎず低すぎずちょうどいい感じで、空気もきれいでおいしくて……。


「おい、萌果ーっ! なにしてるんだあああー!? 早く中に入ってイチゴを狩るぞおおおー‼」


 バスが止まると一目散に走って出て行ったオウシロウがビニールハウスの前にいて、大きなカゴを手にして振っていた。

 

「はーい……」


 

   ☆   ☆   ☆



「すご~い、いい香りがする~。なにこれ!? すご~い! 大きい~!」


 さっきまでの憂鬱な気分はどこへ。ビニールハウスの中は甘酸っぱい香りが漂い、大きくて凸凹で真っ赤なイチゴの実がいっぱいなっていてテンションが爆上がりした!


 ひとつ摘んでかじってみた。

「あま~い!」


 すごく甘くて果汁があふれてジューシーでとてもおいしかった。


 オウシロウは大きいのをひと口でいって頬をパンパンに膨らませて食べていた。

 口の端からは赤い汁がツーっと垂れてちょっとホラーだったけどその輝く目を見ればおいしいというのがじゅうぶんに伝わってくる。


 私が「おいしいね!」と()いたらオウシロウはモグモグしながら「うん」と頷いて、とても嬉しそうにニコッと笑った。

 その時に抜けた前歯の隙間から果汁があふれ出て顎も服もべちゃりと汚していた。


 食べてる時に話しかけた私が悪いのだけどほんとに汚い。


 ここのイチゴは一粒が大きいから3つも食べたらお腹はけっこう満たされた。

 家族と耳川さんと九条先輩にもお土産に持って帰りたいからいっぱい(かご)に摘んで帰ろう。


 そうだ平岡の分も持って帰ってやろう。あいつもきっと喜ぶはず。


「どれにしようかな~♪」


 それにしてもこの農園のイチゴはほんとに凄い。


「ねえオウシロウ、これ見て! このイチゴ、グーみたいな形してる~! 私のグーより大きいよ! すご~い」


「どれどれどれ~」


 小さい双眼鏡でビニールハウスの中を見渡していたオウシロウを呼んだら彼は双眼鏡を覗いたまま「どれどれどれ~」と楽しそうに駆け寄ってきて、「どれどれどれ~」とイチゴに顔を近づけて「きゃははは、きゃはははは」と笑いながら熱心に観察していた。


 何がそんなに楽しいのか。

「顔近づけすぎでしょ、そんなに近づけたら何も見えないでしょ。顕微鏡じゃないんだから」

「きゃははは、きゃははは、どれどれどれ~、きゃははは」


 アホだ……。


 ほっといて別のところを見に行こう。


「あっ、ここにもいっぱいなってるよ! ここのイチゴは形が整っていて色が濃い。えっ、違う名前がかいてある。ここっていろいろな種類のイチゴがあるんだ~」


「どれどれどれ~。ぎゃはは! ぎゃはははは!」


「あっ、白いイチゴもある~。かわいい~。どんな味がするのかな。これも何個か摘んでおこう。えっ! ピンクのもあるじゃん! ちょっとかわいすぎない? これはたくさん摘まなきゃ。あっ! 小っちゃいのもあるぅ~!」 


 たくさんなっているイチゴの中に1個だけ小さくて細いイチゴを見つけてついテンションが上がってしまった。

 すぐに近寄って腰をかがめてよく見てみた。


 それはスーパーでよく売っているような普通のイチゴよりも細長くてこんなのを見るのは初めてだった。


「なにこれ~! かわいい~!! ねえオウシロウ見て! ひとつだけ細くて変なイチゴがあるよ。えっ、果肉の周りにぶつぶつがない。えっ、これってもしかしてししとう?」


 でもなんでこんなところにシシトウが? 

 誰かがいたずらで1本だけシシトウを植えたのかな?

 あまいイチゴをたくさん食べ飽きたら口直しに辛い物でもどうぞという農園さんのやさしい心遣い?


「まあいいや。かわいいからこれも摘んじゃおう~っと」


 真っ赤なシシトウに手を伸ばした。するとぷにっという感触がした。


「何これっ!? やわらか~い!」


 私は引っ張った。


「なにこれ~!? 伸びる~! すご~い! きゃはははは~!」


 そのシシトウはひっぱるとミョーンと伸びて摘もうとしてもなかなか摘みとれない。


「きゃははは! おもしろ~い! みょ~ん、みょ~ん。きゃははは! スクイーズみたいで気持ちいい~! きゃはははは~!」


 テンションが上がってつい笑ってしまった。 


 引っ張るとみょ~んと伸びて、離すとぱちんと元に戻るのが面白くて楽しくてつい夢中になってしまった。


「みょ~ん。きゃははははは! びょ~~~ん、きゃはははははは!」


 その時だ。


「何をしている……」


 突然、真上から怒りを抑え込んでいるようなドスのきいた声が響いた。


 ふと見上げると目の前には真っ赤になったオウシロウが立っていてギラリと見開いた大きな怖い目をして見おろしていた。


 その顔は歯をむき出しにして鼻に寄せたしわをピクピクさせて、まるで怒りをため込んだ柴犬のようだった。


 そしてよくみたら彼はなぜか全裸で全身血だらけで―――。


 私がシシトウだと思ってひっぱって遊んでいたものは……。





「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーー!!!!!!!!!」

 



   ☆   ☆   ☆




「萌果っ!」


「いやあああああああ~~! やめてぇ~~~~! なんでこんなにのびるの、いや……なにこの汁」


「萌果っ! 大丈夫!? ねえ! 萌果ってば!」


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーー!!!!!!」


 自分の叫び声にびっくりして飛び起きたら自室のベッドの上だった。


 となりにはパジャマ姿のカズ姉さんがいて驚いた様子で私を見ていた。


「何なのいったい!?」


 ハァハァ……。


 私は息が上がっていて湯気が出そうなほどに身体が熱くて汗もかいていた。


「カズ……。なんでここに……?」


「あんたがうるさいから何事かと思って見に来たんでしょうが!」


 枕元のスマホをとって時間を確認したら0時24分だった。


「なんだ……夢か……。よかった……」


「なにがよかったよ、私はあんたのうるさい寝言に起こされて迷惑なんだけど」


「ごめん……」


「急に大声で笑ったかと思えば、突然叫んだり。なんなのいったい。どんな夢を見ていたのよ」 


「なんでもない。ちょっと変な夢を見ていただけ……」


「鼻血でてるよ」


「えっ」


 スマホの内カメラで確認すると髪の毛ボサボサで鼻血を垂らした顔が赤い女が映っていた。


 ひどい顔だ……。


「はい」とカズハ姉さんが渡してくれたティッシュで鼻をおさえた。


「ありがとう……。もう大丈夫……」


「私あしたはデートで早いんだからね。静かにしてよ? じゃあね」


「あ、部屋を出ていく前に電気消して」


「はい。じゃあねおやすみ」


「おやすみなさい……」


「ったく……」


 姉さんが電気を消して部屋を出て行ったのを見届けてからベッドに倒れた。


 今日はいろいろあったから悪夢を見てしまったのかもしれない。


 明日は九条先輩と平岡のところに面会に行く約束をしているんだった。早く眠ろう。


 

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