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恐怖のいちご狩り2(鈴木萌果)

 オウシロウはバスの窓もたれかかりスピー、スピーと小さな寝息を立てて気持ちよさそうに寝ていた。


 窓につぶれた左頬、目は半開きの白目、鼻からは透明な鼻水、口の端からはよだれを垂らしてまるでくたばっているみたいだ。


 カシャッ!


 面白いからスマホで撮影しておいた。

 

 ていうかなんでこいつはこんなに肌がきれいなの? 


 つやつやピカピカ輝いてニキビもないし毛穴もない。


 スキンケアのスの概念も知らなさそうなのに。


 なんかムカつく……。


 まつ毛長っ!

 

 うらやま……。


 こうしてじっと黙っていたらイケメンでかわいいのに……。なんて思いながらさっきから大きく膨らんだりしぼんだりを繰り返している鼻提灯(はなちょうちん)を人差し指で割ってやった。


 首からさげている水色と白色の小さな双眼鏡は鳥を見るために家から持ってきたと言っていた。


 このあいだ鳥に襲われたばかりっていうのによく観察しようと思えるわね。


 プラスチックみたいな素材でできてるし、なんか簡単なつくりだし、これっておもちゃでしょ。こんなのでちゃんと遠くまで見えるのかな。

 

 白い産毛の生えた頬が桃みたいで気持ちよさそうだ……。


 つんつんしてみた。


 ぷにぷにしていてきもちいい…。


 そうしたら今度は灰色の坊主頭のさわり心地が気になってそっと触れてみた。


 思ったよりチクチクはしなかったけどしゅわしゅわしていて気持ちいい。


 頭のてっぺんをくるくると円を書くように撫でていたらまた鼻提灯が膨らんできた。


 今度は両方の穴から2個同時にだ。


 2つ同時の鼻提灯なんて初めて見た。


 記念にスマホで撮影しておこう。


 カシャ!


 うまく撮れた。


 もういちど割ってやろうと思って指をチョキの形にしてゆっくりと近づけた。


 その時だ、ガタンッとバスが大きく揺れて両方の鼻の穴にグサッと思いっ切り指を突っ込んでしまった。


 きゃっ! やっちゃった……。


 あまりに奥まで突っ込んでしまったので痛みで目を覚まして怒られるかと思ったけど、オウシロウは「ふがっ……」と豚みたいにひと鳴きしただけでまだ眠ったままだ。


 よかった……。


 起こさないようにそ~っと指を引き抜いたら、指先に透明の鼻水がついていて、ねば~っと糸を引いていた。


 うわぁ……。


 鼻水は30センチくらいまで伸びてぷつりと切れた。


 こいつの鼻水はどれだけ粘度があるのよ。


 私はもう一度試したくなって、彼の鼻先についていた鼻水に指を伸ばし、指先になじませてからゆっく~りと慎重~に離してみた。


「すご~い。伸びるぅ~……」

 うっかりいやらしい声を漏らしてしまった。


 鼻水はさきほどの記録を優に超え、今は40センチ以上も伸びている。


 なんだか急に体が暑くなってきた。顔に血が上っている感じがする。


 この鼻水はいったいどれだけ伸びるのだろう……。


「お嬢ちゃん。ちょっと。お嬢ちゃん」


「きゃ!」


 突然、棒のようなもので肩をこづかれてびっくりして後ろを振り返ると、通路を挟んだ隣の席に座っていたおばあ様がにこりとしながら身を乗り出してこちらに杖を伸ばしていた。

 鼻水で遊んでいたのがバレないようにこっそりとスカートの裾で指を拭いた。


「な、なんですか?」


 おばあ様は杖を引っ込めると「お嬢ちゃんも食べるかい?」と大きめのお弁当箱を差し出してきた。


「きゃあ!」


 ついびっくりして声を出してしまった。

 弁当箱の中には得体のしれないおぞましい見た目の謎の黒い物体が敷き詰められていたからだ。


「な、なんなんですかこれはっ!?」 


「おはぎよ。おやつに食べようと思ってね。今朝、早起きして作ってきたのよ」


 これがおはぎですって!?


 こんな真っ黒でぶつぶつでべちょべちょでぬめぬめしていて死んだナマコみたいなこれが!?


 いやっ! 

 キモいっ!!


 私が引いていると、おばあ様は(なま)った喋りかたで「さっきからあなたたちの事を見ていてね。お隣さん、若くてかわいらしいご夫婦らねなんて話をしていたのよ。それで小腹が空いたからおはぎでも食べようかってなってね。うちの人がお隣さんにも分けてあげたらどうだ? なんて言うもんだから」と言い、さらに弁当箱を近づけてみせてきた。


 いやっ!

 やめて! 


 私が弁当箱の中のおぞましい物体に驚いて身をのけぞっていたら、おばあ様の後ろの方に座っていた白髪の角刈りのじい様と目が合ったので軽く会釈した。

 するとじい様も目じりに深いシワをつくって会釈をしてくれた。

 農家なのだろうか、日焼けしていてしわしわの笑顔が素敵で優しそうな旦那さんだ。


「どうしたの? 遠慮しないで? どうぞ召し上がって?」とおばあ様。


「あぁ……。あの、ちょっと。私、今さっきご飯を食べたばかりで……」


「あら、そうなの? それじゃあデザートにちょうどいいわな」


「あ、でも……」


「お豆はね。小豆じゃなくて自家製の黒豆を使っとるんじゃよ。無農薬でな。健康にもいいからな」


「へ、へぇ。そうなんですか……。いいですね……。ハハ……」


「でしょう? お砂糖も控えめにしてあるからパクパクといくらでもいけちゃうのよ。あっひゃひゃひゃひゃ」


「あははは……。おいしそう……」


「ほら、どうぞ召し上がって」


「えっと……」


「ほれ」


「それじゃあひとつだけ……。いただきます……」


 どうしても食べてほしそうだったのでしかたがないからひとつだけ頂く事にした。


 ハンカチで指の間まできれいに拭いてからお弁当箱へ手を伸ばした。


 触ってみるとその物体はねっちょねっちょ、ベっトベト、ぬめぬめ、ぬるぬるしていて気持ちが悪かった。

 それにとても柔らかくてすぐにつぶれるしなかなか掴むことができない。


 私が手こずる様子を見ていたおばあ様は「ちょっと取りづらいわな。あひゃひゃひゃ」と愉快に笑った。


「すみません。やわらかいですね……」


「歳のせいじゃな。最近はなんでも柔らかいほうが好みになってな。そのほうが食べやすいじゃろ? もう歯もいらない。あっひゃっひゃっひゃっひゃ」


 持ち上げようとしたらおはぎは半分からちぎれて中からはゲロのようなドロドロした得体のしれない物が出てきて、たら~んと唾液のような緑色の液体が伸びて鳥肌が立ってしまった。


「きゃっ」


「あらあらあら」


 おはぎのようなものはぼとっ、ぼとっとくずれ落ちて弁当箱に戻り、手に残ったのはほんの少しだけ。


「すみません……」


「あらあらあら、受け取り皿のようなものがあったらよかったな。あんた!」


「なんだ!?」


「何か小皿の代わりになるようなものはないか!?」


「もの!?」


「そうじゃ!」


「そうじゃなぁ……。何もないぞ!」


「鞄の中も見たか!?」


「見たぞ!」


 じい様は耳が遠いのか二人は大きめの声で会話をしていた。


「チャックの中もあけてちゃんと見たか!?」


「見たと言っているだろうが。もう容器ごと差し上げたらどうだ。わしらはいつも食べてるから」


「だいじょうぶです! 手で受けますので。ありがとうございます!」


 そんなにたくさんはいらないの!


 私は左手を受け皿にして、落ちてぐちゃぐちゃになったおはぎを拾い集めた。


「ありがとうございます」


 軽く頭を下げてお礼をしたら「旦那さんの分はいいか?」と聞いてきたので「あ、大丈夫です。彼、寝ているので」と断ったらおばあ様は「そうか」とにっこりとして弁当箱を引っ込めて自分の席にちゃんと座ってくれた。


 それからじい様と一緒になかよくおはぎを食べたりお茶を飲んだりしていた。


 いいなぁ、素敵なご夫婦だなぁ。


 私も歳をとったらこんな仲のいい夫婦になりたいな。



 それにしてもどうしようコレ……。


 私は左手の上に乗ったおぞましい物体を眺めながらあとで地面に埋めて地球に返そうかななんて考えていた。


「どうじゃ?」


「えっ……」


 おばあさんがにっこりとして私を見ている。


「味はよかったか?」


「えっと……。まだ、食べてないです……」


「まだ持っとるのか? なんじゃ。もしかしておはぎは苦手じゃったかのぅ」そう言ったおばあさんが少し悲しそうな表情をしたのを私は見逃さなかった。


「ちがいます! 見ためがかわいいな~と思って、食べるのがもったいなくて見ていただけです! いただきます!」


 私は勢いにまかせ手を口元に近づけて、目をつぶり、パクっとひとくちかじってみた。


 モグモグ……。


 口の中がねちょねちょ、ぬるぬるする……。


 得体のしれない破片がザラザラ、ゴロゴロ……。


 あれ……。


「どうじゃ?」


「おいしい……」


「じゃろ?」


「はい! これ、とてもおいしいです!」


「そうかそうか。あっひゃっひゃっひゃ」


 おばあ様も嬉しそうだ。


「こんなにおいしいおはぎ、初めて食べました。びっくり」


 本当に美味しくてすぐにぺろりとたいらげてしまった。


「もっと食うか?」


「いいんですか!?」


「ええよ」


「ありがとうございます! じゃあいただきます!」


「そんなに喜んでもらえるとワシも嬉しいわい」


 おばあ様はふたたび弁当箱を差し出してくれて、私はボロボロ崩れ落ちるおはぎを左手に積んでいた。


 その時だ。


「ババア、俺にもひとつよこせ」


 目覚めたオウシロウが弁当箱のおはぎに手を伸ばしたのだ。


 その瞬間。


 コツンッ!


(イテ)ッ!」


 おばあ様の杖がオウシロウの手の甲をたたいてそれを阻止した。


「何しやがるっ!」


 おばあ様を睨むオウシロウ。


「誰がババアじゃ!」


 おばあ様も怒った目をしてオウシロウを睨んでいた。


「あんた何言ってるの!? そんな言い方したら失礼でしょ。すみません。この人頭がおかしいんです」


「どうみてもババアだろうが!」


「わしゃまだまだ若いぞ!」


「そうか、わかったからひとつよこせ」


 再びおはぎをとろうとするオウシロウ。


 コツン!


「痛っ! なにするんだババア‼!」


「それが人にものを頼む態度かバカタレが!」


「いっぱいあるからいいだろ!」


「やらん! 礼儀も知らないバカにやるおはぎはひとつもねえ!」


「なんだとお!」

「やるか小僧!」


 オウシロウが立ち上がり、おばあ様も立ち上がった。


「やめて! オウシロウ!」

「美津子! やめんか! おちつけ!」


「離さんか。バカはいっぺん、がつんと懲らしめてやらないかん」


「そんなやつはほっておけばいいだろうが」


「ならん!」


 おばあ様は背中は少し曲がってはいるが足腰はしっかりしていて腕まくりまでしてやる気満々だ。


「わしゃこうみえて柔道の全国大会で優勝したこともあるんじゃ。おめえのようなクソガキなぞ一瞬でひねり潰してやるわい」


「バカにしやがってえええ!」 


「はよかかってこんか」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」


「きゃあああー!!」


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