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野蛮業  作者: やなぎ怜
6/11

(6)

 ジョンとのアレコレがなぜ秘密にされているのか。


 理由は「恥ずかしいから」である。もちろんジョンが、である。


 ガブリエルは思い返すたびに思う。ジョンは今年で二六歳になる。世間的にはまだまだ若輩者だろうが、大人である。


 それがまた思春期の乙女のようなことを言うのだ。「『恥ずかしい』ってなんやねん!」というのがガブリエルの素直な感想であった。


 しかし一応、ガブリエルもジョンのその言には一定の理解を示している。だからこそ、こちらが圧倒的弱者の木っ端霊能力者であることを差し引いたとしてもジョンの秘密を暴露しようとは考えもしない。


 裏社会なんてものは、表社会以上に見栄の世界。惚れた女の一挙手一投足に振り回されている姿は、一般的には微笑ましいと受け止められることもあるだろう。……ジョンの場合はヴェラにストーキングをしているので、愛らしさとは無縁だったが。


 しかしここは「一般」の外、裏社会。裏社会の男に言わせれば「たかが女」の存在に振り回されるのは恰好のつかないことであった。そして心奪われた女の存在など、その者にとってウィークポイントにしかならない。


 だからガブリエルはヴェラの安全のためにも、ジョンが彼女に惚れているという事実を暴露しようなどとは考えないのだ。


 ……それが、「ジョンのため」にもなっているのは少々腑に落ちないような気持ちになるが、まあ致し方ない。




 ガブリエルは心を無にしてジョンとのショッピングを終えた。


 テキトーな服でいいだろうに、結局あちこち連れ回されたのでガブリエルの心は目いっぱいすり減った。


 おまけにジョンのお小言つきだからたまったもんじゃない。貧乏で食に興味のないガブリエルの見栄えがよくないことなどわかりきっていただろうに、ジョンは小姑のように言うのだからガブリエルはまいってしまった。


 おまけに手にする服すべてがガブリエルの月給を吹っ飛ばすような値段である。緊張もしていたから、本当に途中から記憶が曖昧だ。ヘマをしていなければいいのだが、とガブリエルは車中でため息をつく。


 お陰様でガブリエルの中で「服なんてどうでもいい度」が上昇した。超低価格カジュアルファッション万歳。私は一生、カジュアルファッションで通す――。ガブリエルはだれともなくそう誓う。


「クソ高いお洋服買って貰えたのにため息ですか? ギャビーちゃん」


 皮肉めいた口調で、その実、直球の悪意マシマシな言葉を受けてガブリエルは――ショッピング疲れで――うつろな目を運転席に向ける。


 事務所の前で先に降ろされたジョンは車中には当然おらず、今は運転手を務めるエルドレッドとふたりきりだ。ジョンがエルドレッドにガブリエルを送って行けと命令したのだ。ガブリエルは固辞する元気が――ショッピング疲れで――なかったので、こうして大人しくエルドレッドが運転する車に送られているわけである。


「ちょっと疲れただけ」


 エルドレッドが笑う気配がした。もちろん嘲笑を帯びたものである。


「あと『ギャビーちゃん』って呼ぶのやめて。……その呼び方、好きじゃない」

「ああそうですか、ギャビーちゃん」


 ガブリエルはそっとため息をついた。


 エルドレッドはいつもこんな感じだ。嫌味な丁寧語をベースに、アンバランスな罵倒の言葉を紡ぎ、おまけとばかりにガブリエルのことを「ギャビーちゃん」などと鳥肌の立つ言い方をする。


 ガブリエルは「ギャビー」という愛称が好きではなかった。特に、己が呼ばれることに関しては本当にイヤだった。なぜと問われると説明がしづらいが、とにかくイヤなものはイヤなのだ。


 エルドレッドに「ギャビーちゃん」と呼ばれるのは特にイヤだ。なぜならばそこに親しみは一切なく、揶揄と悪意に満ちているからだ。子供扱いされているような気にもなる。ガブリエルとエルドレッドは同じ歳だが。


 エルドレッドがガブリエルのことをよく思っていないことはたしかだ。エルドレッドがボスと仰ぐジョンとはまったく釣り合いが取れない女、くらい思われていても仕方ないだろうとガブリエルは考える。


 焼け石に水と理解しつつも、ガブリエルはエルドレッドの中にあるだろう疑念を否定する。


「私はジョンのこと、どうとも思ってないし、ジョンもそうだから」

「……じゃあどうしてクソ高いお洋服をわざわざギャビーちゃんごときのために、わざわざ見繕ったって言うんですか?」


 ――「わざわざ」って二回も言ったな。


 ガブリエルは大きなため息をつきたくなった。


 ジョンがガブリエルに金を渡して「ハイおしまい」にせず、「わざわざ」ショッピングに付き合ったのは、単に彼の美的感覚によるところが大きいだろう。つまり、ヘタな衣装を選ばれては困るというだけの話だ。


 特に、ガブリエルがファッションに興味がないことくらい、普段の服装を見ていればわかることである。だからジョンは「わざわざ」ガブリエルの服を選ぶという手間を取ったのだ。


 トンチキな格好の女が己の隣に並ぶことを、プライドの高いジョンが許すはずもない。


 そんなことはエルドレッドも当然わかっているはずだろうとガブリエルは考える。しかしそれでもガブリエルを責め立てるようなセリフを吐くのは、よほどこちらが気に入っていない証に思えた。


「施しだよ、ほ・ど・こ・し。私がロクな服を持っていないから哀れんでくれたんだよ」


 自然、ガブリエルの物言いも投げやりになる。


「昔はこんなんじゃなかったのにな」と思うと、急に胸が締めつけられるような気持ちになった。


「昔」というのは、もちろんエルドレッドとの関係のことだ。ふたりの関係は決して悪いものじゃなかった。昔のことすぎて記憶はおぼろげではあったが、輪郭としてはハッキリとその印象が残っている。


 けれどもそれは、ガブリエルの主観での話。エルドレッドからすると存外とそうでもなかったのかもしれない。


 あるいは時の流れのせいだろうか。


 時間というものは確実に物事を変容させる。エルドレッドがこうして裏社会の人間になっていることなど、かつてのガブリエルは考えもしなかった。


 エルドレッドの家族が離散したことは風の噂で聞いていたが、勉強ができてそこそこ要領のよい彼は、きっとどこかでまっとうに生きているのだと思っていた。


 けれども現実は厳しかった。エルドレッドは裏社会の人間になっていたし、ガブリエルはガブリエルで不安定なフリーターという立場にある。


「昔は」と回顧してしまうのもむべなるかな。


 エルドレッドがまた(わら)う気配がしたので、ガブリエルはわざと大きなため息をついた。

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