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野蛮業  作者: やなぎ怜
10/11

(10)エルドレッド視点

 エルドレッドがガブリエルのことをよく思っていないことはたしかだ。


 正確には、ジョンといっしょにいるガブリエルのことをよく思っていないことはたしかだ。


 エルドレッドはガブリエルのことが好きなのだ。昔から、ずっと。



 ガブリエルは客観的に見れば冴えない貧乏女だろう。しかし意外と肝は据わっているし、したたかな面を持ち合わせていることをエルドレッドはよく知っている。


 他人に合わせることができる程度の社交性を持ち合わせてはいるが、あまりそういうことを好まないのがガブリエルだった。


 だからガブリエルはエルドレッドを過剰に恐れることも、忌避することも、腫れ物に触るような態度を取ることもなかった。


 エルドレッドの家庭に問題があることは周知の事実で、そして当のエルドレッドも問題の塊のような存在だった。


 未成年のうちから酒やタバコを覚えることくらいはまだ可愛いものだろう。しかしエルドレッドはとかく協調性がなく暴力的だった。喧嘩に明け暮れる典型的な非行少年だった。


 そんなエルドレッドに社交を教えたのはほかでもないガブリエルだ。いや、ガブリエルは特段教師らしくおしえたわけではない。ただエルドレッドをあるがまま受け入れて、普通の人間みたいに扱って、おしゃべりをしていただけである。


 だがそれはエルドレッドにとっては、雷に打たれたような、衝撃的なものだった。


 生まれたときから家庭は機能不全に陥っており、ゆえにエルドレッドは他者との交わり方を知らなかった。同じような少年たちとつるんでそのまま流れ流れて裏社会に行きついて野垂れ死ぬ。そういう存在になるはずだった。


 けれどもエルドレッドにはガブリエルがいた。


 どんどんと悪い方向へ行くエルドレッドを、ガブリエルは別に止めもしなかったが、離れて行くこともなかった。四六時中べったりとしているわけでもなく、かといって敬遠しているわけでもない。


 それはともすれば「優柔不断」や「どっちつかず」と取られてもおかしくはない。けれども、エルドレッドにとってその距離感は奇妙な心地よさを伴っていた。


 ガブリエルは昔から地味で目立たない女だったので、非行少年であるエルドレッドとたまにつるんでいても、特に問題視はされなかったようだ。


 ガブリエルの家庭も、エルドレッドの家ほどではないにしても多少問題があったので、彼女が家族からなにかしら言われることもなかった。


 だから()()はエルドレッドの虚を突いた。


「お前の幼馴染、女なんだって? ちょっとここに呼んでみてよ」


 エルドレッドがその男とつるんでいたのは、そうすることにそれなりに旨味があったからだ。ギャングの半ゲソだとかで、当時のエルドレッドよりもずっと「悪いやつ」ではあった。


 紫煙をくゆらせながら下品な笑いを浮かべた男に、エルドレッドはほとんど表情筋を動かさず答える。


「ブスですよ」

「穴がありゃあいいんだよ。なんなら袋でも被せるかあ?」


 自分で言ったことのなにがそんなに面白かったのか、ゲラゲラと笑う男に、エルドレッドは目を細めて笑ったフリをする。


 ひと気のない廃ビルの、打ちっぱなしのコンクリート壁に男の笑いが反響する。……不愉快だった。


「じゃあちょっと電話してきます」

「おう。頼むわ」


 エルドレッドはそのまま部屋を出て、廃ビルの外に出た。


 足場を組むためのものだったのだろうか、ちょうどよく鉄パイプが落ちていたので一本拝借する。


 部屋へ戻ると、男は新しくタバコに火をつけるところだった。意識がライターの火に向いている。


 エルドレッドはできるだけ足音を消して男に近づいた。


 エルドレッドが鉄パイプを振るうのと、男がエルドレッドの接近に気づくのは、ほとんど同時だった。




「なんで来たかわかるかな?」

「……なにかあったんですか?」


 無残に撲殺された男の遺体が廃ビルで見つかると、すぐに二人組の刑事がエルドレッドのもとにやってきた。


 刑事はハナからエルドレッドを疑っている風だったが、証拠がないようだった。


 凶器の鉄パイプは既に三日月湾に沈んでいる。死んだ男は監視カメラが嫌いで、そういうものがない場所を選んでたむろしていたから、目撃情報も乏しい。


()()()すればわかるんだからな」


 エルドレッドからなにも情報を引き出せなかった刑事は、そう最後に吐き捨てるように言って帰って行った。


 口寄せ。死者に生者の口を貸してしゃべらせること。霊能力者のうち、そういう素養のあるものが警察の捜査に協力しているという話は、エルドレッドもなんとはなしに知っていた。


 しかし現行法では霊能力者の口寄せは証拠として認められていないはずだ。ただ、捜査の方針を決めるのには大いに役立つので、一部の刑事などは私費で霊能力者を使うと聞く。


 エルドレッドはそこではじめて不安が生まれた。


 けれども、それからどれだけ経っても、エルドレッドが逮捕されるようなことはなかった。


 刑事の言葉は脅しだったのかもしれないし、協力してくれる霊能力者がいなかったのかもしれない。あるいは、霊能力者が役立たずだったか。


 ……いずれにせよ、エルドレッドがその男を殺した罪を問われる機会は未だ訪れていない。

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