第八話 継ぎ接がれた狂気
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夕日が傾き、森林が赤く染め上がる頃。
「よっと。ここら一帯は全部狩り尽くしたかな?」
木の上から放った魔方陣が最後のスライムの体を切り裂いたのを確認すると、そっと地面へと降り立つ。
俺は余計な揉め事を避ける為にも、魔法陣を飛び石のようにして障害物の少ない樹上を駆けていた。
「快適快適。乗ったまま移動できないのは残念だけど…」
魔法陣は俺の体に追従させられるが、あくまで俺の体が魔法陣に追従するわけではない。高速で移動する飛び石に乗り続けるなんて靴底が張り付いてないと無理だろう。
「ま、そこら辺は追々かな。」
俺はウィンドウを操作し、ステータス画面を開く。
昼過ぎからかなりの数のスライムを狩ったので、既にレベルは12まで上昇していた。
「もう夜か…一旦切り上げよう。」
いや、まだ夜だ。未だ日付は回っていない。現実時間の夕暮れにログインし、ゲーム内で真昼から日没まで過ごしたにも関わらず、だ。
「純粋に二倍楽しめると考えると、『AIZAC』も大概ヤバイ技術を導入したなぁ…」
俺は夕陽に目を細めながら魔法陣を展開し、再び上空へと駆け上がった。
えっと、確か街の方角は…
…
……
……ん?
「なんだこの魔力反応…?」
アルテアの森の中心部にほど近い場所。
比較的高木が多く聳え立つ地帯に、魔力が籠った植物にしては少し強い反応を示す点が一つあり、その点の周りを三人のプレイヤーの反応が取り巻いている。
別に特段おかしな光景では無い。無い筈なんだけど…ちょっとここでシンキングタイム。
「…(こういう状況に起こりえる展開を分析中。)」
「……(直感は全力で警鐘を鳴らしている。)」
「………(あと、伝わってくる魔力の感触がなんかめちゃくちゃ不快。)」
うーん…ヨシ!
俺は何も見なかったし何の違和感も感じなかった。解散解散!
「早く帰ろう。それがいい!」
俺は瞬時に踵を返すと、アークトリアに向けて出来るだけ早く空を駆ける。
あの魔力反応からは、職業ガチャの黒い部分と同じような本質的に相成れないタイプの何かを感じた。
巻き込まれる前にとっとと立ち去ろう。触らぬ神に祟りはないし、手を出さなかった鬱ゲーに少女が食い殺されるスチルはない!
ドゴオォォォォォォォォン!
「…」
…あーあ。
背後で巨大な魔力の爆発が巻き起こり、めくれ上がった大地と土煙が空高く舞い上がった。
「もうちょっと待ってくれてもいいのに!」
あまりにも早すぎる事態の急変にツッコミつつ、横目で後ろを振り返る。
「…は?」
そして、あまりの衝撃に思わず足を止めた。止めてしまった。
『……』
徐々に晴れていく土煙の中。
十数種類の生物の耳や目が無造作に縫い付けられた、辛うじて狼のものだと認識できる頭部。
虎の胴体に象や牛などの様々な動物の四肢が継ぎ合わされた、長さも太さも一律でない七本の脚。
肉塊と皮膜に飾り立てられた、背中から生える大きな蝙蝠の翼。
「…いつからAAOはパニック物のホラーゲームになったんだ…?」
振り返った視線の先には、凡そこの世のモノとは思えない様な悍ましい姿形をした存在が、鮮血の様に燃え上がる夕陽を背に佇んで居た。
「ヤバさが一目見て分かるフォルムたぁ随分優しいなぁ!」
俺は再び弾かれた様に走り出す。
しーらね!ボスだか希少種だか怪異克服個体だか知らないが、こっちはあんな遭遇しただけでSAN値チェック発生しそうな合成異次元超生物に喧嘩を売るつもりは毛頭ない!
悍ましい見た目=弱者は関わるなっつーサインなんだから大人しく…
…あれ、背後の魔力が膨れ上がってるような?
『GRYUAAAAAAAARAAAAA!!!』
「うおぉ!?」
ビリビリと空気を震わす咆哮と共に、魔力が込められた衝撃波が森全体を襲う。
待て待て待て魔力攻撃は魔法陣がマズイ!
「…緊急離脱!」
咄嗟に地面に飛び降りると同時に、足場にしていた魔法陣が魔力に耐え切れずに爆発した。
俺は近くの木の幹に魔法陣を突き刺して衝撃を和らげるとと、両の足で地面をしっかりと踏みしめる。
「危ない…って、なんかいろいろ飛んできた!?」
着地と同時に咆哮によって飛ばされて来た大木や岩石が辺りに降り注ぎ、舞い上がった土で視界が遮られてしまった。
『魔力探知』は…映る全てが真っ赤に塗りつぶされている。
「ちっ…ジャミングとか随分と器用な…!」
森全体に広がった魔力により『魔力探知』と『魔力視覚』が機能不全に陥ってしまった。
仕方なく怪物が大地を踏みしめる音と破壊音を頼りに、降り注ぐ瓦礫の中を手探りで進む。
「わかんないなぁ…俺は今どこにいる?」
肝心の視界も遮られている上、破壊音が聞こえる方角は巨体と不安定な脚からは想像もつかないほどにコロコロと変化している。
俺の耳があてにならないのか…それとも…
『………¡!¡!?¿¿』
「…っ!?近い!」
咆哮とは違う、生理的に不快感を感じる声ならざる声。
俺は反射的に声の方角と逆方向に駆け出した。
そしてその行動は、尾を踏まれた虎と鉢合わせする事態を引き起こす事になる。
「…っ!」
俺が足を止めた瞬間、巨大な牛の脚が土煙を貫いて目の前に振り下ろされた。
「音の擬装!?あんな見た目しといてやる事がみみっちいぞ!」
俺は竦む身体を何とか動かして頭上を仰ぐ。
『…¡¡』
土煙で覆い隠された向こう側。
数十の虚な眼の奥底に狂気の火を灯す継ぎ接ぎの怪物が、まるで覗き込むかの様にこちらを凝視していた。
曰く、カラッポの命はフットワークまで軽い。