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第二話 初ログインの趣

ご愛読いただきありがとうございます。


『テロン♪』


岩に染み入って内側から炸裂しそうな蝉の声に、軽快な着信音が割り込んで来る。


「…?」


いつの間にか閉じていた瞼を開くと、灰色の電灯が電源の落ちたヘッドセット越しに沈黙を保っていた。


「……」


俺はゆっくりと瞳を動かし、絡まった記憶を手繰り寄せていく。


確か俺はAAOでキャラクリして…そっからリアリストになって…で、そっから……そっから…?


…分からない。


「……痛い。」


身体を起こそうとすると全身の関節が軋む。


まるで三年ぐらい動かしてなかった機械のように不調な身体を無理矢理に動かし、何とかしてベッドから這い出る。


「う…ぐ…っ、もどかしいっ!」


俺は近くにあった椅子に掴まると、()()()()()()()()()()()()()()()()()を払い除けて立ち上がった。


「よし、なんとか。」


未だ生まれたての子鹿状態だが、動かせるならそこまで問題ないだろう。



…ん?


…んん?


「なんだ…これ?」


頭上から再び視界にフレームインしてきた物体。


垂れ下がるそれはきめ細やかな手触りと、鼻腔をくすぐる微かな良い香りを漂わせている。そしてどうやら俺の頭に繋がっているらしい。


「…ん?…んんん?」


タオルの糸でもナイロンとかの科学繊維でも無い。もっとこう…そう、髪の毛の様な。



…髪の毛?


……


……髪の毛!?


「…え?なに?どういう状況!?」


ちょっと待て事情が喉に引っかかって上手く飲み込めない。いや、なんか飲み込んだらダメな気がする!


「はっ!鏡!」


俺は長らく使っていなかった姿見に近づく。


しかし錆びついた身体では、パニクった脳みその指令に満足に応えられない。

結果、足をもつれさせて鏡の前に倒れ込んでしまった。


「いだぁ!?」


くっそ…頭痛が芯まで響く…!


俺は目に涙を浮かべながら、そっと目の前の姿見に目を向けた。








…は?


「……ちょっとまて。」


自らを姿をしっかり映し出すはずの鏡。


その鏡面には先程作ったアバターに瓜二つな美少女が、床に這いつくばりながらこちらを見つめていた。


「…なんで?…いやホントになんで!?」


部屋の中に、可愛らしい少女の叫び声が反響した。





 * * * * * * * * * * * *





差し込む日が鋭角になり、蝉の声は夕暮れの情景を彩る穏やかなBGMに変わる。


「そっか…骨格までかわったら動きづらいよなぁ…」


俺は違和感がすっかり取れてしまった足を動かし、ベッドに座って頭を抱えていた。


おおよそ世間一般で言われている「夢から覚める方法」は一通り試したが、頬の痛みも冷水も効果なし。


一時は錯乱しカッターナイフで過ちを犯しそうになったが、出力が美少女クオリティーになっていた事と、ハリのある若さに満たされた柔肌が刃を受け流した事で、幸いにも俺の手首はキズモノにならずに済んだ。


「…違和感しかないな。…っと。」


俺は軋みの取れた細腕を伸ばし、投げ出されたヘッドセットを拾う。


「うわぁ、すごく、アツアツ。」


…扇風機の前にぶら下げるか。だいぶ古典的だけど。










《リアルアバターの適用に成功しました。》



「…やっぱそうだろうと思ったよ!」






珍しく熱暴走を起こしたヘッドセットを風で冷ますこと暫く。

ログインすると、上の文字列と共に例の美少女アバターが映し出されていた。


「こいつ、律儀に自供しやがって…!」


AAOは人を勝手に性転換させた罪を、「私がやりました」と主張しやがる。

なら大手を振って『AIZAC』にカチこむか?…いや「いたずらなこどものざれごと」扱いでおしまいだろう。


「これ…どう立ち回れば良いんだ…?」


『テロン♪』


「…っ!?」


再び鳴る電子音。


確認すると兄からのメールだった。



『どうした流石に遅過ぎるぞ?何か手間取っているなら今から教えにいこうか?』



「…やっべ。」


俺が中々ログインして来ないので不思議に思ったのだろう。


陸兄はガチで教えに来るというか押しかけて来る。そういう人間だ。


「…まぁ、今はいいか。」


取り敢えずヘルメットの大きさを再調整し、キャラクリエイトの設定を完了させた。


不可解なこの身体の事は置いといて、とりあえず目を背けるとしよう(ゲームで遊ぶとしよう)


さて、どうやって誤魔化そうか。


取り敢えずバグで押し通すか…バグったのは現実の方だけど。




『ユーザー名を入力して下さい。』




「ソラで良いやもう…考えるのもめんどくさいし。」




『痛覚設定を調整してください。』




「0%で。」


割と我慢強いほうだと自負しているが、痛くないに越したことはない。


ちなみに最大は100%らしい。一体誰に需要あるんだ。


…なんかすげぇ悍ましい想像が頭を掠めた。






その他諸々の設定手っ取り早く入力し、ログイン画面へと移行すると、目の前に大陸のミニチュアのようなものが映し出された。


その中でも特に大きな5つの都市に、赤いピンが刺さっている。


兄がいる勢力はたしか…



『現在時刻は午後2時17分です。アリスティア王国勢力でログインしますか?』


俺は迷わず「はい」を押す。


「よし、後回し後回し…」


言い終わらぬ内に足元が光り輝き、白い光が身体を包み込んだ。





 * * * * * * * * * * * *





瞼越しの白い光。



神秘的な音。



吹き下ろす風。



浮遊感。






…足裏の硬い感触。


「!?」


足元に広がる大地を感じて目を開けると、俺はいつの間にか中世風の街並みのど真ん中に立っていた。


ぱっと見どこかの国の旧市街に見えるが、抜けるような青空と真上に浮かぶ太陽がゲームの世界であると教えてくれる。


このゲーム、現実の一日の間に二日進むのだ。体感時間の引き伸ばしはいくら何でもエグい技術だと思う。


「すごい!石畳がちゃんと冷たい!」


俺は速攻で地べたに這いつくばる。


日陰は冷たく、日向はぽかぽか。

まさか日当たりまで反映されているとは…恐るべし技術の進歩。


気を取り直して顔を上げると、目の前には伸びる街道に様々な売店や店舗が並んでおり、サラダボウルも生温い多種多様な大勢のプレイヤーが行き交っていた。


ガッチガチの黒光りするフルプレートで固めた人や、自分より大きなサイズの大剣を引き摺っている男もいる。床が傷ついてるけど大丈夫なのそれ?


背後を振り向くと、最上階に巨大な天球が設置されている時計塔がゆっくりと時を刻んでいた。


「…すうぅ……」


俺は大きく息を吸い込む。


髪を揺らすそよ風に乗って、焼き鳥に似た良い匂いが何処からか流れて来た。


くっ…これが噂のVR飯テロか…


どうやら、この世界は五感どころか自然界の事象までもが完全再現されているらしい。


風に踊らされる落ち葉、人々の雑多な話し声、金属を打ち付ける音、蹴飛ばされる小石、空中を漂う綿毛、全てが現実と遜色ない。


「…何というか…すごいわこれ。」


これは語彙力が消失しても咎められる事はないだろう。むしろここで饒舌になる方がおかしい。


そんな感じで辺りを見回しつつ人の流れに身を任せていると、視界の奥に雲よりもなお白く輝く建造物がその姿を現した。


「…んむ…ん?…あれが『アークトリアの巨大噴水』か?」


兄との待ち合わせ場所である。ちなみに、俺が今いる『魔導都市アークトリア』の観光名所らしい。


俺は通りすがりのプレイヤーに貰ったフランクフルトを齧りながら、人混みの中を進んだ。


「ぜ、全然進めない…」


自ら道を切り開ける体格がないとこうも苦労するんだなぁ…



…憂鬱。



【フランクフルトおじさん】

『魔導都市アークトリア』の名物人間。

AAOを始めたばかりのプレイヤーにどこからともなく近づいては、お手製のフランクフルトを渡して去っていく事からその異名が付けられた。


因みにその動機は不明。

別に店売りしている訳でもないし、配る人間を選り好みしている訳でもない。


しかもいつの間にかいなくなるので、彼の存在は完全な謎である。

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