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イチゴ 野イチゴ  作者: sakurazaki
第一章
2/19

イチゴ 野イチゴ 2

優馬との出会い。

不思議な出会い、なぜが心の声を彼に話しているミイナ。

彼のとの出会いが何かを予見させる。

   二


 放課後の空は青い。

 校庭の端っこの銀杏の木が鮮やかな色。

 銀杏の木はなんてわかりやすいんだろうな。


 春に若い黄緑色で、生まれましたって言っているようだし、この時期はたくさん生きてきました、もうじきいなくなります、だけどこれっきり目に焼き付けておいてくださいね、この黄色い色を。

 なんてメッセ ージがたまらない。


 銀杏の黄色と透き通った真っ青な空の青。


 空が高くなって、これが秋の空ってやつかと思ってミイナは顔を空に向けてうなる。


「う~ん、秋の空、ねぇ」

 体育館の脇の壁に寄りかかって座り、空をながめて両手を高く上げてみる。


 目の前を、何人もの陸上部の部員が走っている。


 トラックの向こうには野球部が威勢よく声を上げて、チーム一丸となって走っている姿。

 がんばっているな。


 でも、後ろの方のやつは全然声なんかあげてなくて、隣をつついたりして。一年生かな、まだ先輩の恐ろしさを甘く見てるみたいね。

 自分の一年生の時を思い出して、笑う。


 何週か回るとグランドに守備がばらけて、先輩がノックし始める。

 いつも通りの放課後の景色。


 陸上部は、サッカー部の横の直線を何度も走ってタイムを計ったり。

 サッカー部はミニゲームを始めたらしく、一年生は隅っこの開いている場所で先輩のゲームを横目に二組になってボールを蹴っている。


 そうだ、一年生の頃はつまんなかったな。先輩のお手伝いばっかりだったから。

 タイムを計らされたり白線引いたり、ランニングばっかのメニューじゃ飽き飽きだったっけ。

 でも二年生になって、この間まで小学生だった一年生は本当に子どもみたいでいろんな事わかるまでに時間が必要だったって事、ようやくわかった気分だったな。


 そうして三年生になると、きちんと育てなくちゃって大人の責任みたいなものが芽生えちゃったりするから不思議なものだなとミイナは思った。

 大人って言ったって、たかが十五やそこらじゃまだまだ子どもだって事くらいはわかっているつもりだ。


 心地よい風が吹き抜けてゆく。

「何してるの?この場所気持ちいいね」


 突然声をかけられて、空を見ていた顔を左に向ける。

 見た事のない顔だった。背が高くて髪はパーマがかかっているのか、もしゃもしゃしている。

 切れ長の目は優しい色をしていた。


「なんだっていいでしょ?」

「自分のいた場所を懐かしがって見てるって感じ?」

「自分のいた場所って。まだ、退部届出してないし」


「でも、もう走れないんでしょ?その足じゃ」

「ずいぶんと言いにくいことを堂々というわね。誰もわたしの足の事口に出した人、いないのに」

「みんな悪者になりたくないからね」

「悪者って」


 黒い瞳は、まっすぐにこちらを見ている。こんな男子生徒いたっけ?

 背が高くてはっきりした顔立ち、目立つはずだけど。


「いやさぁ~、憐れまれるのは考え物だけど、本当の事話せないのってストレスたまんないかなぁってね」

「まあね、自分も可哀想だって思われても困るからね。でも、本当は悲しくて苦しいんだ。あれっ」

 本音がポロリとこぼれた。ちょっとドキッとして胸が熱くなる。


 自分の気持ちや感情を口に出すなんて、こんな事なかったのに。

悲しくても涙はみせない自分を、ちゃんと保てていた。そんな風に感じさせることなんてないと思っていた。

「ミイナの事はちゃ~んとわかってるよ。今でも走りたいって思ってるんだろう?」

 誰だ?こいつ。

「なんで、そんな事わかるかな」


 かなり意地悪そうな顔して睨んだはずなのに天真爛漫って顔して、にこにこして聞いている。

 でも、当たりかな、走りたいし走ってる時の風の冷たさや気持ちよさが目をつぶるとよみがえって来る。悔しいけど走りたいよ。

 ミイナは心の中で呟いた。


 小さいころから、走るのが好きだった。

 友だちとかけっこをして、一番にかけ抜けた。鬼ごっこをしても走って鬼からダッシュして逃げた。


 楽しい想い出は、いつでも走っている映像とともに思い出す。


 中学に入って陸上部に入った。何のためらいもなかったし当然の事だった。

 長距離も苦じゃなかったし、朝練もストレッチも、風をきって走ってゆく事につながるのなら何にも文句はなかったんだ。


 でも、走れなくなった。神様はあたしから一番の大切なものを奪っていった。

 悔しかった。願ってもかなわない夢だった。

 もう一度、風を切って走りたい。あの風をほほに受けて走りたい。

 他に何もいらない。

 心のどこかでミイナはいつでも、そう叫んでいた。


「オレもさ、サッカー部だったんだ。今でもサッカーのボール蹴りたいよ」

「えっ」

 見上げると遠い目をして悲しそうに呟いた。向こう側のサッカー部の連中は、こちらに気付くそぶりもない。

 本当に誰だろう。


「サッカー、できないの?」

「ああ、身体壊してね。ミイナと一緒さ」


「あ、あの、名前なんだっけ?あたしの名前なんで知ってるの?」

「オレ?北村優馬。こっちの学校に来たのは少し前になるけど、記憶にはないんだろうね。」

 全然記憶になかった、転校してきたのかな。


 そりゃそうか、たくさんの出来事がいっぺんに起こりすぎて、ここんとこゆっくりといろんな事考えている余裕さえなかったから。ミイナは首を傾げて考えた。

 今日は久々に校庭の放課後の景色を見ている。


「転校生ね、ごめん。いろいろあって、頭ん中混乱中だったから」

「みんな、心配して話してたよ。クラスの中では大ニュースみたいだったからね。みんなミイナの名前口にしてたよ、今一番有名な名前かもね」

「あはは、そんな理由で覚えられても嬉しくないけどね」

 大人っぽい顔立ち、優しい表情、女子にはきっと大人気に違いない。


 ピー、笛の音が響く。

「あ、若田先生。今日は指導してくれるんだ」

 陸上部の顧問の先生だ。

 学生の頃インターハイに出て優勝を何度もしている県外にも有名な先生。


 けど、先生も練習中に怪我をして走れなくなった。多少、歩き方がぎこちなかったりしている。

 でも、的確なアドバイスや練習メニューに陸上部では神的な存在。


 ミイナの中でも、神様、あこがれの先生。

 若くてカッコよくて、イケメン。


「ふ~ん、若田先生が彼氏だったらな~なんて思ってるって顔だね」

「で、ど、何言ってるの」

 毎晩、夢の中で若田先生の彼女になったシュミレーションをしている。そんな事、ばれるわけないのに顔が赤くなった。


「練習メニューとかアドバイスとか、みんなすごいって言ってるし。わたしだけじゃないよ。みんな大好きな先生だよ」

「あははは、ビンゴ?カッコいいもんな。先生目当てで陸上って部員もいそうだしね」

「あたし、あたしは違う!違うからね。走るのが好きで陸上入ったんだからね」

 バタバタと見苦しい自分の姿を想像して、息を大きく吸い込んで吐いた。


「小さいころから、走るのがすきだったから陸上入ったんだもん。走る時のほほに当たる風の匂いが好きだったんだから」

 落ち着いてきた。


「知ってるけど、そうか、じゃあ、なおさら走れなくなったの悲しいじゃん」

「なんでさっきからわたしの事、可哀想な女の子的な話し方ばかりするかな?いい加減にしてよ」

 恥ずかしさから、ちょっときつい言い方になってしまう。ちょっと、落ち着いたのに。

 ミイナは下を向く。スカートの先を見つめて顔を上げる。


「ごめんごめん!吐き出したい事とかあったらオレ、聞いてあげたいなって思って。言い方悪かったね、すまん」

 別に本当に怒ったわけでもなかったんだ。勢い余ったな。ミイナは遠くに目線を映した。


「銀杏の木っていいよね」

 他の話に振って、隣で立っている顔を見上げる。

「あの黄色いやつ?」


「うん、物凄く今綺麗じゃない?緑色から黄色に色づいて全体が黄金色に輝いて、そうして、ある時一斉に落ちてなくなっちゃう。風に吹かれて寒そうに立っているけど、春になって少しずつ暖かくなるとピカピカ光ったちっちゃな葉をつけるの。日差しが輝くとき黄緑色の葉がわって顔出してさ、冬の間の事なんか忘れちゃうくらい若々しくなる」

「ふ~ん、詩人だね~」


  北村優馬は、校庭のはじにずらっと並んだ銀杏の木を眺めてうなった。

「ええっと、北村君はサッカーやれなくて、吐き出したいことあるの?聞いてあげてもいいよ?」

 不意に表情が変わった。そうして、ミイナの横に膝をたてて座り込んでため息。


「どうしようかなって、いろいろと毎日毎日悩んでる、実はね」

「何に悩んでるの?」

 目をそらして、グランドのサッカー部の練習風景を見るとうつむいた。


「サッカーできなくちゃ、生きてる意味ねぇな~、とかいやいや人生それだけじゃないでしょ、とか」

 なんだか、可笑しくなってきた。


 中学三年生にしてはだんぜん大人っぽいのに、小さい子どもみたいに見えたから。


「人生なんて、どんな事が待ってるかなんてわかんないよ!本当は陸上部の練習は観ててもなんともないんだけど、ミクの走ってるのをみるのはイライラするんだ。あ、知ってるかな他のクラスなんだけど、ミクってわたしの双子の妹なの」

 悩んでる坊やは、嬉しそうに顔を上げた。


「誰だって一発でわかるでしょ!全くおんなじ顔してるし、で、ミイナは、その、あれだし」

 言葉の最後の方が聞き取れなくなって

「うん、美人姉妹ってやつか!」

 手のひらをパンっとたたいて笑う。


 ミイナは自分の言葉に驚いていた。

なんだか自分でも口に出したことのない気持ちを暴露しちゃうなんて、うそみたいだ。


 自分でもはっきりと認められない気持ちが、言葉にするとたいした事じゃない気がしてくる。

「北村君、話しやすいね」

「優馬でいいよ。良かった、ミイナが少しでも気持ち打ち明けてくれれたんなら」

 不思議な男子だ。人懐っこいみたいだし大人っぽいのに、子どもみたいにも見える。


 明るくて何にも気にしてませんよっていう、ミイナのスタンスから本音を言わせてしまう。

 校庭に冷たい風が銀杏の木の間を吹き抜けてゆく。

 秋の短い季節は、瞬く間に変わってゆく。

 笑っても泣いても、季節は待っててくれない。

 時間は流れてゆく。

 泣き暮らすのはいやだ。後悔して無駄に時間を浪費するのも嫌いだ。


 わかっているから、笑う。心が泣いていても笑う。

 イラついて人に当たる人間になりたくないから。だけど、胸のどこかに北風がふいてざらざらした感触がほほを引きつらせる。

 優馬といると、少しだけほぐれてゆくのが嬉しかった。

「もうすぐ、冬になるね」

「そうそう、鍋の季節だぜ!」

 嬉しそうに笑う顔は、小学生みたいだった。




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