稲荷神、嫁ぎ先はヤンデレ
「神様……俺に彼女を下さいッッ!!」
青年は、真剣な顔付きで稲荷神に力強く願った。因みにこれで十二回目、毎日だ。しかも供物である賽銭は五円玉。恐らく〝御縁〟と掛けてるのだろう、妙に律義だ。こんな寂れた小さな神社によくもまぁ……。
呆れながらわしは辺りを見渡す。参拝者は滅多に来ない寂れた神社。久しぶり来たのは何処かの役人の男共で、この神社を取り壊して“ちゅうしゃじょう〟という物にする為の下見。罰当たりな愚か者共を祟りたいが、参拝者がいないのが災いして人一人呪う力も無い。
信仰心は神の力の糧となる。そんな中でやって来たあの青年は、わしに賽銭を投げて願うので力が溜まるものの、一人分では役人共を祟り切れず、先に神社が無くなるだろう。
それに、従来の神は願いは叶えず参拝者の頑張りを見守るのに対し、稲荷神の様な動物神は対価があれば願いを叶える。それを継続するのが当たり前だが、守る奴は一人もおらなんだ。
大体何だあいつは、彼女……――〝つがい〟が欲しいと毎日毎日、執念深い男め。過去にもいたが、野生の世界なら交尾の相手は自分で見付けるものだぞ。人間共は何と情けない事か。これなら母の病を治せという願いの方が誇れるわ。
まぁ、結果的にわしの糧になるから良しとするか。さて、願われた手前、奴の為にも女を宛て付けてやらねば。……神社も三日には取り壊される。わしの存在を確かにさせる神社が無くなれば、同時にわしは消え去る。急がねばな……。
わしは神社から離れ、奴の嫁探しを始めた。以前では力が弱く出来なかったが、あの男が毎日来るから力も溜まり、多少は離れる事が出来る。更に姿は透明で問題ない。
若い娘……若い娘……思えば、あいつは何歳だ? 二十過ぎではあったが……あの娘でいいか……あ、前にあった願い叶える為に娘を適当に送った時、好みじゃないとごちゃごちゃと文句を言ってたな。あの男も文句を言うかのう。
(……面倒臭っ)
思わず口に出してしまった。まあ、他の者には聞こえぬか。一応神のわしの目から見て美人を選んでみたが、既に相手がいる者、例え独り身でも術を掛けたが力が弱いせいか中々術が掛からない。相手が術の耐性があるのか、もしくは術すらも満足に使えない程に弱り切っているのか……。探す為に神社から長時間離れるの負担になる。術を掛けるので更に疲れる。
いっそ全力で術を出すのも可能だが、それでも効くかどうかも分からないし、何よりもわしの力も尽きて消えるのは必然。身を挺した理由が女子を口説く為など恥でしかならぬ。
(このままで埒があかぬ……何か方法は……)
わしはある事を思い出す。風の噂だが、人間のつがいには種類があり、参拝に来た男が言う彼女とは繁殖を目的にせず、一時の寂しさを紛らわす為の存在だった筈。つまりわしは、奴の遊び相手を命懸けで探してるのだ――辛い。
気付けただけましか、気付かない方が幸せだったのか……。日も暮れたな……それに疲れた。見た目が良い娘を見付けに行き、その気にさせて参拝客の所に向かわせる。難し……――ん? 見た目が良い娘をその気にさせて向かわせる?
そうだ! 思い付いたぞ! 手間の掛からない妙案が!!
◇
翌日。今日もあの参拝客が来た。匂いで分かるぞ、作戦開始っ!
「(ん? 珍しいな、先客か)」
男は小声で驚いてる。わしは耳も良いからな。故にわしは振り返って挨拶をした。そう! これがわしが考えた作戦“稲荷神自身が奴の彼女になる〟だ!
残り僅かな力で短時間だけ実体化、肉体は鬼灯の様に膨らませ中身を空にする事で大きさを確保しつつ負担を軽減。見た目は大昔に〝母の病を治して欲しい〟と頼みに来た娘にしたが、今の女子達と比べても充分可愛いかったので採用。昨日見たの娘達に似せたら、同じ見た目の人間がいれば相手が困るだろうからな。服装は被ってても問題はない。
そして参拝客に彼女にして欲しいと頼み込む。奴の事だ、尻尾を振る犬の如く了承するだろう。そこから今日中に飯を食うなり祭りに行くなりし、こちらに男の意識を向かせ、その想いを糧にする。飯も供物として扱えば御の字。
あわよくば奴の家に住み込み、わしに対する男の想い、記憶を楔にして家を第二の神社として作り変えて引っ越す。これで神社が取り壊されてもわしは消えない。そして力を十二分に貯め込んだ後、新しい神社と新しい彼女候補を探し出して出て行く。わしは彼女という一時の存在なのだ、いなくなって悲しもうとも寄越した娘を迎えて立ち直ろう。
さて、警戒されても困るからな、少ししおらしく振舞っておくか。
「あ、こんにちは……――貴方も、お願いを頼みに?」
「え、ええ。はい……貴女も?」
「はい、その……恥ずかしいのですけども……縁結びを。相手が欲しくて……」
「ッ」
ふふ、頬を赤らめて照れながら言ったが目に分かって反応してる。面白いのう、可愛い奴め♡。これは態度だけでなく、見た目も受け入れてるな。九分九厘好みなのは確定だ。ついでにこちらから敢えて縁結び、相手が欲しいと言った。奴が男であるのならば求愛してくる筈。さぁ、わしにその欲望を曝け出せ! 小僧っっっ!!
「……あ、あの! 俺! 俺も!! 俺もその、縁結びでここに。……その、出会って間もないのにこんな事を言うのは、そのおかしいとは思うんですけど……――お、俺じゃ駄目ですか!!?」
おーおー、あちらも耳まで顔を赤くして言いおった。その根性、認めてやろう。まあ、わしは元よりそのつもりだがな。
「は……はい……よろしくお願いします」
「ッッッ!! やったッッッ!!!」
ああ、よろしく頼むぞ。当分の間はな。さて、第一段階は終了。次に第二段階〝食事〟だ。奴に近付いて腹を空かした振りをして飯にあり付こう。
「お、俺! 梁出澪治って言います! 貴女は!?」
「わし……私は……稲荷京子と言います……」
しまった……名前考えてなかった。即席で考えたが、大丈夫か?
「京子さん! 良い名前ですね!」
大丈夫だった。よし、腹を鳴らして飯に誘わせよう。
「あ、すみません。食事をしてなくて……恥ずかしい……」
「あ! そ、それなら! 美味しいお店を知ってるのでご一緒に食事でもしませんか!」
「……でしたら、よろしくお願いします。……初めての〝でぇと〟? ですね」
「は! はい!!」
そしてわしは、男に案内されて店に入り、食事を始めた。食べ物を選ぶのは男に任せた。わしにはどれが何か分からんからな。運ばれて来るのは見た事もない煌びやかで色鮮やかな食べ物。焼けた肉も香ばしい匂いを漂わせて堪らない。
人間め、中々の物を食べるではないか、口の中に唾が溜まるわ。思えば、食べ物の供物は思い出せる限りは生ものだったな。
「さ、いっぱい食べて下さい! 俺が奢りますし、沢山あるので!」
「うむ、では頂こう!」
口調がつい元に戻ってしまったが、この際気にしない。わしは箸を取って食べ始める。例え様の無い味にわしは驚きながらも味わうと、それを見た男はどんどん料理を頼み薦める。このやり取りは供物を捧げる信者の様なもの。わしは着実に力を溜め込められた。のだが……。
(何だ……重い?)
様々な願いの為に祈られ、それらにも多少の違いはあった。強弱は勿論、雰囲気といった感覚だ。この男が今わし向ける想いは、何というのだ……強いのもそうだが、ずっしりと圧し掛かって埋め込んで来る様な感じだった。初めてだ、これは。
さて、大分食べたな。次は第三段階、引っ越しだ。
「あの、澪治さん。わたし……言えない事情があって、帰る場所が無いんです。……澪治さんが迷惑じゃなければ、泊めて欲しいんですけども……」
「も! 勿論!! うちで良ければ!!」
重畳、重畳。幸先が良いのう。
食事を終えたわしは、澪治の家に来た。澪治の家は〝まんしょん〟と呼ばれる背の高い建物の一室だった。勝手に開く透明な襖、上下に動く小さな部屋。そこから入った部屋は、わしの神社よりも広かった。人間の分際でぇ……。
「じゃあ、リビングの方で待ってて下さい。テレビつけときますから。荷物置いてる空き部屋がありますから、そこに布団とか引きますね。俺、今から寝具買ってきますからくつろいでて下さい!」
「分かりました」
澪治は部屋を後にした。数時間振りに一人になったわしは、肩の荷が下り、深く息を吐いた。
「ふぅ。疲れたあぁぁぁあああ~~!」
時々危ない所もあったが、猫被るのも疲れるな。狐だけど。さて、のんびり過ごして、力を溜めるかのう。
それからの澪治との同棲は良いものだった。奴は料理も上手ければ、肩を叩けと言えば従う。常に笑顔でわしに接し、相手をしていて気分は悪くなかった。ただ一つ、あの男がわしに向ける想いはやはり何処か重く圧し掛かる感覚を覚えた。家に来てからはそれは顕著だった。まるでわしをこの部屋に繋ぎ止めるかの様に。彼女を失いたくないという想いがあるのだろうか。
そしてある日、今迄の日常が一変した。わしは新しい神社と彼女候補を見付けに外に出ていた。今迄は澪治と共に外出をしていたが、この日に限っては事情が事情だけに単独だった。それが不味かった。家に戻ると澪治がおり、鬼の様な形相で迫って来たのだ。
「京子さん、何処行ってたんですか? 何で勝手に一人で行くんですか? 心配したじゃないですか」
「す、すまない。外に出たい気分だったんだ」
「こんな勝手な真似はもう二度としないで下さい。京子さんは俺の彼女なんです、何かあったら俺は心配です」
「わ、分かった……」
この時は気圧されてしまったが、言いなりになるつもりは無かった。今後は奴が帰る前に戻れば良いだけの話なのだから。
――そう思ってわしは後日、下見を終えて帰った後に、仕事を終えて帰宅した澪治は冷たい顔をしていた。奴はわしに茶を出すと、わしはそれを飲んで尋ねる。
「澪治……さん? どうしたのですか? 何かあったんですか?」
「京子さん…………約束破って、また一人で外に出ましたね?」
「な、何の事ですか……?」
何故知っている!? いや、はったりだ。しらを切りとおせばいい。だが、澪治は〝すまーとふぉん〟をわしに見せた。それには、わしが部屋から出る姿が映し出されていた。
「俺、京子さんがまた外に出るんじゃないかと思って、部屋に隠しカメラを仕掛けたんです。……信じてたのに……」
「す、すまない! 部屋で一人でいると寂しくて、外に出て気晴らしがしたかったんだ! 許してくれ!」
「寂しかったんですか?」
「ああ! もう勝手に出ないから! 出ないから!」
「……分かりました」
ふう……何とかやり通せたか……――しかし、やはり面倒な男だ。これは一刻も早く準備を済ませてここから出なくては……あれ? 急に眠気が……。
「な、眠……――」
わしは突然意識を失った。目が覚めた頃には、鎖の付いた首輪に括り付けられていた。
「おはよう、京子さん」
「澪治!? これは一体!?」
「京子さんが悪いんだ。外は危ないんだ。それに、他の男達が京子さんに視線を向けるかもしれない。そう考えると嫌な気持ちになるんだ。仕事も変えて、在宅勤務にしたよ。これで、ずっと一緒にいれるね」
こいつ、狂っているのか……!?
それからわしは、澪治と常に一緒の生活を送る事になった。首輪から伸びた鎖は家の中心部に固定され、数少ない窓や扉に届かない絶妙な長さで助けは呼べない。生活用品は全て配達。人との関わりを、完全に断たれた。
(どうする……術で抜け出すか? いや、この状況でやろうものなら消費は大きい。奴から逃げ切るのも考慮しなければいけない……何とか隙を作れないか……)
食事をするある日、わしは澪治に外出を頼んだ。
「ねぇ、澪治さん。……初めて会った日に食べた料理、美味しかったですね」
「うん、そうだったね。――食べたいの? 分かった、今度作るね。君の為なら料理の腕も上げるさ」
「確かに貴方の料理はとっても美味しいですけど、そうじゃなくて……折角の思い出での場所ですもの。一緒に行きませんか……?」
「駄目だよ。そう言って逃げるんつもりでしょ? 前にも言った通り、君が他の男に見られると思うと嫌で辛くて堪らないんだ。しかも他の人間が作った料理を君が食べると思うと良い気分がしない。君の全ては俺がしたいんだ。衣食住、可能な限り全て、僕の想いが籠ったものを」
おのれ……――一か八か、考えた策をやるか……! わしは意を決して、自身の姿を狐の姿に変えた。
「なっ!?」
「これが私の――いや、わしの真の姿だ。全てを話そう。わしはお前が以前通い詰めていた寂れた神社に祀られていた稲荷神、つまり狐なのだ。お前の前に現れたのは、取り壊される神社の代わりになる住処を見付ける迄、お前に相応しい人間の彼女を見付けるまでの時間稼ぎに過ぎないのだ。わしは、娘の真似をしていた。悪いとは思っているのだが、わしはお前の事が好きでもない、お前を騙していたのだ」
正体を晒して失意に陥れさせる。化け物と番いになりたがる阿呆ではあるまい。
「少しだけ時間をくれ。そうすれば、ちゃんとしたお前好みの娘を用意――」
「――構いません」
「は?」
わしは不意に情けない声を上げると、澪治は狐姿のわしの傍に寄って抱き締めた。
「時間稼ぎでも、騙していたとしても。それでも君は、貴女は、俺の傍にずっといてくれた。俺の為に出会ってくれた。それがどれだけ嬉しい事だったか。君は優しい人だ、素晴らしい存在だ。俺は君にあの場所で、あの時、惚れたんだ。心奪われたんだ。狐だろうと構いません。京子さん、俺は貴女が好きです、愛してます」
そう言って澪治は泣きながら狐のわしを抱き締めた。こやつは……それ程までに……。
明け方。わしは逃げた。力を惜しまず使い、首輪を千切って逃げた。遠く、遠く、何処までも。その道中で神社に通り掛かった時、わしに似た娘を見付けた。耳を傾けると、嘗ての澪治の如く相手を欲していたので、術を掛けて澪治に恋焦がれる様に仕向けた。わしの気持ちもついでに植え付ける。娘、悪いがわしの代わりにあいつの傍にいてくれ。見た目も悪く無ければ銭もある。幸せにしてくれよう。
◇
朝霧に包まれた山道にある祠。そこでわしは眠る。新しい住処、静かな住処。ここは山道、登山客が時たま通り参拝する。この祠も、本来は登山客の安全を願う為にあるのだろうが、わしが来た頃には何もいなかった。ずっと前にここを離れたのだろう。
今日も一人、誰かが祠の前に座り込んで願う。
(今日も安全祈願か……)
「……お稲荷様、お願いします」
(ああ、聞き届け――――ん? 稲荷)
「……やっと見つけた。京子さん、俺のお嫁さんになって下さい」
わしは息を呑む。目の前にいたのは、澪治だった。何故だ、何故ここが分かった。あの娘では駄目だったのか? またあの生活を、愛に満ちた束縛の生活を送らなければいけないのか? 恐怖と困惑が頭を埋め尽くして咄嗟の行動が出来ない。
逃げなければ、逃げなければ。全身が引き攣って身じろぐしか出来ない。なのに、なのに、この胸から込み上がる熱は、何なのだ――――。
お読み頂き感謝です。初めて書いたヤンデレ男の短編。実を言うと、即席で書いたものでして、ちょっと練りは甘い方かも。少なくとも前半は長め。一応削りましたが、やはり長い感じ。でも削り過ぎると淡泊になって面白味や印象が薄くなってしまう恐れががが。
神様ってヤンデレのイメージが世間一般にあって、どうせなら人間の方がヤンデレのバージョンがあってもいいと思ったのでね、書きました。
面白かったなら、感想書いてね! いいわ~でもええから!