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動揺

 

 重い瞼をゆっくり上げる。寝ている間に瞳に溜まっていたらしい涙が、目尻から一滴流れた。


「どう、して……そん、な……」


 先程まで脳内になだれ込んできていた記憶を思い出しながら、小さく呟く。思った以上に掠れた声が出た。


 あの時のお母様の辛そうな顔……それに、あの声は――。


「――目覚めたか」


 聞き覚えのある声が聞こえて、そちらの方角に頭を向ける。開け放たれた窓際に、青い空を背景に佇む白いフクロウの姿があった。


「つき、しろ……? ここは……」


 重い身体に力を入れて、少しだけベッドから身体を浮かす。頭を左右に動かして周囲を確認した。どうやら、クロスフォード公爵家の私の部屋に寝かされているらしい。


「其方の記憶喪失は、ジャスミンが封印を施した結果起こったものだ。そして、我との契約が解除の鍵になっていたのだ。其方が我と契約を果たしたことでそれが解け、封じられていた其方の記憶と魔力が戻ったのだ」


「記憶だけじゃなくて……魔力も……?」


 記憶を封じた理由は今ならわかる。幼かった私に、あの記憶はあまりに酷だったからだろう。でも、魔力を封じたのは何故?


 首を傾げながら問いかけると、月白はためらいがちに口を開いた。


「其方は……ジャスミンの魔力を受け継いで生まれてきた。赤子とってあやつの魔力量は膨大すぎる。故にジャスミンは其方と魔力を一時共有し、其方の身体(うつわ)が成長するのを待っていたが……ジャスミンが死ねば全ての魔力が其方に戻る。あの時の其方では受け止めきれなかっただろう」


「……そう」


 だから、痕跡が見つけられなかったのね……。


 魔術を使用した際に必ず残る痕跡。あるはずなのに、ファルネーゼ先生にも、その教えを受けた後の私にも見えなかった――見えるわけがない。月白の言う通りなら、お母様と私は全く同じ魔力を有していたのだから。


 魔術の痕跡が見えるのは、それが異質なものだからだ。けれど、同質のものなら同化して見えなくなるのは当然だろう。




 起き上がろうとして身体に力を入れる。身体が鉛になったみたいに重たい。


「んっ……」


「無理に起き上がる必要はない。その体調不良は、魔力量に身体が慣れていないせいだろう。じきに慣れれば落ち着く」


「そう……わかりました」


「あぁ、それと」


「……?」


「しばらく、我は眠りにつく」


「……え?」


 唐突な発言に、脳の処理が追い付かない。首を傾げると、月白は補足するように呟いた。


「我が起きていると、其方の身体が魔力量に慣れるのに時間が掛かり過ぎる。故に、眠りにつく。其方が己の意思で魔力を制御できるようになれば、目覚めよう」

「そう……」


 言い終えると、月白は姿を消した。おそらく、眠りについたのだろう。私ももうひと眠りしようか――と思ったところで、部屋の扉が開いた。



「失礼します。……っ! クラリッサ様っ! お目覚めになりましたか!」


 私と目が合うと、リリーが涙で目を真っ赤にしながら駆け寄ってきて私の手をとった。


「よかった……っ! またお目覚めにならないのかと……っ!」


 そんなに心配させるほど寝ていたのだろうか。「私どのくらい寝てたのかしら?」と尋ねる。


「もう10日ほどになります」

「そんなに?」


 驚いた私に頷き返すと、リリーは「食欲はありますか?」と聞いてくる。私は首を横に振った。


「そうですか……ですが、食事をとらないと元気になれませんよ。医術師様をお呼びした方がいいかもしれませんね……とりあえず、一旦ユリアナ様にご報告致しますね」


「えぇ……お願い」


 リリーが退室して扉が閉まる。1人になって瞼を閉じれば、先程まで脳内で再生されていたものがありありと思い出される。




 一体どういうことなの……? あの最後の声……あれは、()()()()()だった。でも、お姉様があんなことをするなんて信じられない――


 晴れて記憶が戻ったというのに、気持ちは晴れないばかりかむしろ落ち込んでいく。答えの出ない問いに頭を悩ませている内に、開け放たれた窓から見える空は茜色に染まっていった。






 リリーの報告を受けた養母様がいらっしゃったのは、7の鐘が鳴った頃だった。


「体調はどうですか、クラリッサ?」

「ご心配をお掛けして申し訳ありません……まだ身体は重いですが、起きた時よりは良くなってきているので、もう少し休めば問題なくなると思います」


「そう、ならよかった。……貴女が倒れたと言ってオスカー様が駆け込んできた時は本当に驚いたのですよ。一体、あの日何があったのです?」

「……」


 どう話したらいいだろう。起きてからずっと考えていたけれど、結局答えはでなかった。養母様に話さなくてはいけないのはわかっている。けれど、どう伝えたらいいのか、わからない。


 口を閉じて俯いてしまった私に、養母様が「無理に話す必要はありませんけれど、話すことで見えてくるものもありますよ」と声を掛けてくる。


「……正直、自分の中で整理がついていないのです」

「えぇ、それでも構いませんよ。あの日、オスカー様の前から消えた貴女に何が起こったのか……1つ1つ順番に教えて下さる? 事情を把握しなければ、助言できることもできませんからね」


 優雅に微笑む養母様の目は慈愛に満ちていて、私を心配してくれているのが伝わってくる。幼子を愛しむように頭を撫でられて、私はあの日の出来事を少しずつ口にした。




「真っ白な世界でフクロウと契約したら、記憶が戻って――貴女の記憶を封じたのがジャスミン様で、その背後からフェリーチェの声がした、と――?」


「……はい。お姉様は『そろそろ終わりにしましょう』といって、それにお母様が応えて――私の記憶はそこで途切れました。おそらく、お母様の魔術で眠ってしまったのかと」


「なんであの子が……」と養母様が呟く。結局、そこに行き着くのだ。実際に体験したことを思い出した私ですら、そう思うのだ。養母様が信じられないのも無理はない。


「貴女がそういうのであれば、そうなのでしょう……非常に残念だけれど。これは、私達の手に負える問題ではないわね……旦那様とオスカー様にもお話しましょうか」

「はい、お願いします」


 私の返事を聞いた養母様がゆっくり立ち上がる。再度私の頭を撫でると「今日はもう休みなさいな。話してくれて、ありがとう」と言って微笑んだ。


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