淑女のお茶会
私はレイチェル・クロスフォード。クロスフォード公爵家の第3子として生を受け、尊敬するお母様のような淑女を目指す12歳よ。
今日は6の鐘からお母様とクレア、ソフィーと私の4人で女の子だけのお茶会を催す予定になってるの。
今はその準備の為、テラスや厨房を行ったり来たりしながら専属メイド達に指示を出しているところ。
「レイチェル様、本日のお茶会にお出しするマカロンが出来上がりました。ご確認頂けますか?」
「えぇ! 是非味見させて頂戴」
専属メイドが出来上がったばかりのマカロンをトレイに載せて持ってきたので、テラスの近くの椅子に座って、早速出来立てのマカロンを味見する。
ん~っ! 外側はカリっとしているけど中は柔らかく、香り豊かで、とろけるようだわ!
今日用意してもらったのはフランボワーズ、ヴァニーユ、シトロン、ショコラの4種類。色がカラフルでとっても可愛らしい。
「とても美味しくできてるわ! それに淑女のお茶会に相応しい可愛らしいスイーツになってる! ……あとはお茶の準備ね。マカロンの甘みに負けない、しっかりとした甘みとコクのあるお茶がいいわ。何かいいのがあるかしら?」
「それでしたら、アッサムのセカンドフラッシュはいかがでしょう? 芳醇な香りのする良い茶葉が最近入りましたよ。ストレートでも合いますし、甘いのがお好きな方でしたらミルクティーにするとさらに甘みを強く感じて頂けるかと」
「とても良い提案だわ! ストレートで準備して、ミルクは別添えで用意すればそれぞれの好みに合わせて楽しめるわね! じゃあそれで準備をお願い」
「かしこまりました」
6の鐘が鳴って少しすると、クレア、ソフィーが到着、ちょっと遅れてお母様が到着した。
「遅れてしまってごめんなさいね」
「いいえ、むしろお忙しい中参加して下さってありがとうございます。お母様!」
お母様が席に着くと、すぐにお茶と色とりどりのマカロンやマドレーヌなどが美しく盛り付けられたスタンドが準備された。
配膳が終わったことを確認し、私はお茶を一口飲み、マカロンを1つ食べて「皆様もどうぞ」とお茶会の開始を宣言する。
今日は私が主催なので、何事も私から始めないといけないの。
私の開始の合図を見て、お母様達も思い思いにお茶に口をつけたり、スイーツを食べたりし出した。
「レイお姉様の用意して下さるスイーツはどれを食べても美味しいですね!」
フランボワーズのマカロンを食べたソフィーが幸せそうに目を細めながら感想を伝えてくれる。
「ありがとう、料理人が喜ぶわ。……クレアはどう? お口に合うかしら?」
「えぇ、とっても美味しいわ。お菓子もだけど、このお茶も……香りもいいし、味わいもしっかりしていてマカロンによく合うわね」
良かった!
お茶会の主催は大変なことも多いけれど、その分こうやって招いたお客様に喜んでもらえた時の達成感は他には代えがたいものがあるのよね!
私は心の中で拳を握り締めつつ、ソフィーに次の話題を振る。
「ソフィーは今日は何をして過ごしていたのかしら?」
「今日は史学の授業を受けておりました」
「どの辺まで習ったのかしら?」
「先日、建国までの歴史を習ったので、今日はその復習と、そこから五聖王の治世を教わりました」
「とても大事なところね。各聖王のご尊名はもちろん、それぞれの偉業も関連付けて覚えるようにね」
少しだけ年長者らしく助言すると、「はい! がんばります!」と元気のいい返事を返してくれた。
さて、と。これで話の流れは完璧ね!
あとは……と私は自然な会話の流れになるように注意しながら、このお茶会を開いた目的でもある話題をクレアに振る。
「クレアとお母様は、今日は養子縁組の手続きをなさっていたのよね? どうだったの?」
「どう……と言われても……」
少し困ったようにクレアがお母様を見る。どうやら話しても大丈夫なのか不安みたい。その様子をお母様が見かねて、「大丈夫ですよ」と声をかけた。
「そうね……緊張したり不安だったりしたけど、今は無事に終わってホッとしてるわ。あと、ちょっと痛かったわ」
?
痛い?
私は、予想外の言葉に目を丸くした。
養子縁組って、なんか痛いことしたかしら? 養子縁組の書類を書いて、立会人のもと相互確認して、庇護の証となるものを貰うだけじゃなかったかしら?
隣に座るソフィーもぽかんとしているから、私の記憶違いじゃないわよね……??
私が助け船を求めて前を見ると、お母様はお茶を一口飲んで小さくため息をついた。
「知識量が少なすぎるから、仕方ありませんね。クレア、ネックレスを出して頂戴」
「はい」
そう言われてクレアが胸元から出したネックレスには、私が想像していた庇護の証──紋章と名前の刻まれたシルバープレート──ではなく、ピンクともオレンジとも言えない複雑な色に輝く宝石が付いていた。
宝石!? なんで?
それに、こんな宝石、見たことない!
ますます理解が及ばなくなってお母様を見ると、「手に取ってご覧なさい」とお許しが出た。
クレアからネックレスを借りて、隣に座るソフィーと一緒にまじまじと見つめる。
「あ……」
ソフィーが小さく言葉を漏らした。宝石を覗き込んで、私もソフィーもやっと状況が理解できた。
「なるほど……そういうことだったのですね」
やっと理解が追い付いて、私はお茶を一口飲んだ。
そして、この場で唯一戸惑ったままであるクレアに説明する。
「クレア、通常の養子縁組の場合、庇護の証のペンダントトップは紋章と名前が刻まれたシルバープレートなの。けど、貴女のネックレスはシルバープレートではなく宝石がついているわ」
「そして、その中に紋章と名前が刻まれている……つまり、これはただの宝石ではなく、宝石を核とした魔石なのよ。貴女が痛い思いをしたのは、魔石を生成するのに魔力が必要で、魔力操作を習ってないクレアは血を使う必要があったから。……理解は追い付いたかしら?」
知識量の少ないクレアも説明を聞いて漸く理解できたみたいで、首を縦に降って頷いてくれた。けれど、途中で「でも……」と言いながらコテンと首を傾げる。
「なぜ通常とは違う手続きになったのでしょうか……?」
クレアの問いへの答えは、ある程度予想がつく。けれど、正解かはわからないので、私は黙ったままお母様を見た。
「…………先日旦那様が仰った通り、貴女の立場は本当に不安定で、危険なものなのですよ、クラリッサ。クロスフォード公爵家の後ろ楯があれば、おおよそは問題なくなるとは思いますが……それでも、危険がゼロになるわけではありません。万が一の時の為に、ただのシルバープレートではなく、魔石にすることでお守りとしての機能を持たせたのです」
「お守り……ですか」
「えぇ。羊皮紙に、魔法陣が描かれていたのは覚えているかしら?」
「はい。複雑な紋様だったので、細かいところまでは覚えていませんが……」
「あの魔法陣はアティスヴィーネ様とリビテイア様のご加護を賜る為のものだったのですよ。女神様達に関しては、追々勉強していくでしょうから、説明は省きますけどね」
「つまりそのネックレスは、ただの庇護の証ではなく、有事の際には己の身を守ってくれる女神様のご加護を賜ったお守りだということです。だから、オスカー様が仰ったように、肌身離さず身につけるのですよ」
「かしこまりました、養母様」
クレアが再びネックレスを首にかけたところで、ウィローが「ご歓談中、失礼致します」とお母様のもとへやってきた。
わざわざウィローが来るなんて……何か不測の事態でも起こったのかしら?
ウィローの耳打ちが終わるタイミングを待って、私はお母様に声をかける。
「お母様、お忙しい中ご参加下さりありがとうございました。もしお急ぎの要件でしたら、どうぞそちらを優先してくださいませ」
今のお母様はお茶会に招かれたお客様の立場だから、淑女として自ら席を外すことはなさらないでしょう。けれど、主催者である私の一言があれば、問題なく席を立つことができる。
お母様は一瞬目を大きく見開くと、すぐに目を細めてふっと微笑んだ。
「お心遣い、感謝しますわ。お言葉に甘えて、失礼させて頂きます。……成長しましたね、レイ。貴女が主催のお茶会は久々でしたが、成長を強く感じられて母はとても嬉しいですよ」
「もったいないお言葉ですわ」
淑女として控えめに返したけれど、心の中では喜びの舞を踊りたいぐらい嬉しい。
お母様にお褒め頂けるなんて!! これでまた一歩、素敵な淑女に近づけたわ!!
でも、嬉しさに舞い上がるわけにはいかないわね、まだお茶会は続いていますもの。
まずは仕切り直す為、メイドを呼んでお茶を入れ直してもらいましょう。
そしてどうやって次の話題に持っていくか考えていると、クレアが「何があったんでしょうね」と呟いた。
「そうですね……来たのがメイドではなくスチュワードのウィローだったのも気がかりですね」
「えぇ……でもお母様が対応に向かわれたのですから、問題ないでしょう」
不安げな2人をそう言って落ち着かせようとすると、クレアが「レイはほんと養母様を尊敬しているのね」と微笑んだ。
私は予想外に話のきっかけがやってきたことに内心ドキドキしながらも、淑女らしさを失わないよう細心の注意を払いながらその話題にのる。
「えぇ。お母様は淑女としての立ち振舞いも、知識量も、魔術師としての力量も、全てが私の目標だから、当然尊敬しているわ。そして、いずれは越えていきたいと思ってる。……二人は? 将来の夢とか目標とか、ある?」
そう私が問いかけると、まずはソフィーが答えてくれた。
「私はまだ全然定まってませんわ。知らないことの方が多いですし……だから、今はお勉強を頑張って、知識を増やして将来の選択肢を広げたいと考えています」
「それは素敵な考えだわ、ソフィー。可能性は多い方がいいもの」
「はい、頑張ります!」
ソフィーが屈託のない笑顔でそう宣言すると、「私は……」とクレアが呟いた。
「クレア?」
「私は……為し遂げたいことがあるわ」
今までにない決意を秘めた瞳に、私はごくりと固唾を飲む。
「それは……?」
先を促す言葉は、私が言ったのかソフィーが言ったのかわからない。
けれどその言葉に応えるように、クレアはゆっくりと口を開いて宣言した。
「記憶を取り戻すこと。そして……3年前の事件の真実を、明らかにすることよ。だからその為にも、リーストエル侯爵家の爵位を賜れるように努力したいと思っているわ。」
「記憶を……取り戻す…………」
自分の中で反芻しようとしたら思わず口にしてしまっていたみたい。
クレアはそれにえぇ、と頷き、その先を告げる。
「私の記憶の失い方、偏りがあるの。地名やある程度の一般常識は覚えているのに、以前交流のあった人に関しては全く覚えていないし……以前読んだことのある本の内容は覚えているのに、それをいつどこで読んだかは覚えていなかったり」
「3年前の事件のショックで記憶を失ったというのなら、全ての記憶を失う方が自然だわ。こんな偏りが出るのは違和感がある」
「つまり……クレアお姉様は、3年前の犯人が記憶を奪った、と考えていらっしゃるのですね」
「えぇ、それが故意によるものなのか、事故によるものなのかはわからないけれどね。仮に故意なのだとしたら、3年前、幼い私が何を知っていたというのか、それはそれで謎が深まるばかりだし」
「……あと、爵位を賜らないと、リーストエル家の本邸にもいけないと以前養母様が言っていたわ。だから、爵位を賜って、本邸にいって、手がかりを探して……記憶や真相はそれからね。まだ具体的に考えられてない部分も多いけれど、将来の方針はそんなところかしら」
そういって、クレアはお茶に口をつけた。
「そう……それなら、ますますこれから頑張らないとね。まずは学院に無事入れるだけの教育を受けないと。学院を卒業しなければ一人前の貴族とは認められないのだし」
「うっ……頑張るわ」
「私も、クレアお姉様のお力に少しでもなれるよう、努力しますわ!」
「ありがとう、ソフィー」
「もちろん、私もよ。もう私達は姉妹なのですから、遠慮なく頼って下さいませ」
「ありがとう、レイ」
少し空気が重くなってしまったので、このあとは最近の流行とかのたわいもない会話をして日が暮れるまで淑女のお茶会を楽しんだ。




