呼び出された理由
お茶会会場に戻り、残り少ない時間を過ごした後。帰宅の為にお迎えの馬車に向かって歩いていた時、後ろから声を掛けられた。
「クラリッサ嬢、少々宜しいですか?」
「オスカー様?」
警備任務についていたオスカー様が私の背後に立っていた。いつもと変わらない笑顔で私に頷くと、隣を歩いていて私と共に足を止めたレイに目線を向ける。
「レイチェル嬢、すみませんが先にお帰り頂けますか? 少々クラリッサ嬢と話がありまして」
「クラリッサ嬢は特務師団で責任を持ってお送りしますので」と付け加えたオスカー様から何かを察したのか、レイは「かしこまりました」と微笑みながらも「あとでどんな話だったか教えて頂戴ね」と私に耳打ちしてから馬車に乗り込んだ。
レイの乗った馬車を見送ると、「こちらへ」という声と共にオスカー様が歩き出す。王城に入り、1階のとある一室の扉を開く。背中を追って中に入ると、中は机と椅子が数個置かれた簡素な部屋だった。
「どうぞ」
「どうも……」
オスカー様が引いてくれた椅子に座る。私の向かいにオスカー様も腰を下ろすと、小さく息を吐いた。
「……さて。何故呼びだされたか、理由はお分かりですか?」
……何故だろう。先程までと同じような笑顔のはずなのに、レイの馬車を見送った辺りからオスカー様から今までに感じたことのないものを感じる。お茶会を抜け出した後の件で呼びだされたかと思ったけど、ひょっとして違った?
しかし、それ以外に呼び出される心当たりはない。私が大人しく「わかりません」と伝えると、「はぁ」と大きな溜息をつかれた。
「……先程のお茶会、何故私にイザベラ嬢を紹介したのです?」
あ、それか。
呼びだしの理由が判明してすっきりした私は、素直に紹介に至った経緯を口にする。
「――というわけで、イザベラのお願いをきくことになっていたのです――ってなんですか?」
私の説明を聞いてなぜか眉間を押さえて「はぁぁ」と今日1番の溜息をオスカー様が吐く。
「つまり……貴女は頼まれたから紹介しただけと?」
「はい、そうです」
私が最終的に言いたかったことをオスカー様に言われてしまったので、短く肯定する。
……むしろなんだと思ったのかしら。
いくら特定の相手がいないと聞いているからって、その相手候補を自分から積極的に紹介するほど私はおせっかいな性格ではないとオスカー様は知っているだろうに。
それともあれだろうか。そういった人に紹介されすぎてうんざりしているから、今後はやらないようにと言おうと思ったとか?
とりあえずオスカー様を不快にさせたらしい、という結論に至った私は「ご不快にさせてしまったなら、申し訳ありませんでした」と謝罪する。
「え? あぁ……謝って欲しかったわけではありません。意図が読めなかったので戸惑いはしましたが、先程の説明で納得しました。ですが……何を頼まれるかわからないものを安請け合いするのは控えた方が宜しいかと思いますよ」
オスカー様のいう事はごもっともなので、素直に「はい」と頷く。私に注意するこの様子だと、どうやらイザベラの恋は実らなかったらしい。
その割には、私が戻った後のイザベラは落ち込んだ様子は見られなかったわね……。
うまくはぐらかしたのだろうか、と少しだけ興味を持った私は、「イザベラとはどんなお話を?」と問いかける。
「普通に世間話をしただけですよ。お茶会に誘われましたが、今は任務が詰まっていて忙しいとお断りしました――変に期待させては可哀そうですからね」
「……それは、捉え方によっては可能性が残されているように思われる気がしますが?」
オスカー様は仕事を言い訳にうまくお断りを入れたと思っているようだけれど、特務師団の方が多忙なのは周知の事実だし、イザベラのあの様子だと遠回しのお断りではなく言葉通りに受け取っている気がする。
普段はそういった遠回しの表現を汲み取ることに慣れているであろうイザベラだが、恋は盲目と聞く。少なからず自分に自信があるだろうし、親しくなる以前に断られるなんて思ってもいないだろう。
忙しいなら仕方ない、また今度誘おう――そう思っていても不思議ではない。
それを伝えると、一瞬オスカー様の目が見開かれた。自分の意図しない結果を招いた可能性が高いと知ったらそれはそうなるわよね――その様子をみてそんな風に思ったのも束の間、何故かオスカー様はニヤリと笑う。
「――なるほど」
「オスカー様?」
なんだろう。すごく嫌な予感がする。
どうにかして次の一言を聞く前に席を立てないだろうか、と頭を回転させてみたけれど、私の脳が答えを導き出すより早くオスカー様が口を開いた。
「私のお断りの意図が通じておらず、再び誘われる可能性があると――なら、その時はもちろん、クラリッサ嬢が助けて下さいますよね?」
――はい?
それが当然、と言わんばかりの笑顔でそう告げられて言葉が出ない。固まってしまった私にさらにオスカー様が言葉を重ねる。
「もとはと言えばクラリッサ嬢が安易にお願い事をきくと約束してしまったのが原因なわけですし……責任、とって頂けますよね?」
「うっ……わ、わかりました。私にできる範囲で善処致します……」
項垂れる様にそう答えると、「頼りにしていますよ」という満足気な声が聞こえてきた。
……とは言っても、どうすれば?
イザベラに恋を諦めさせる方法なんて思いつかない。一番簡単なのはオスカー様が特定の相手を作ることだけど、この様子だとその気がそもそもないように見える。
まぁ、一度断りを入れている以上ある程度の期間はイザベラも声を掛けてはこないでしょうし、一旦行方を見守るとしますか。ひょっとしたら、その間にオスカー様に特定の相手が……は期待できないけれど、イザベラが諦めたりもっと良いと思える人が……と思ったけど、オスカー様って結婚相手としては最上級なのよね……。
淡い期待を抱いて思考するのを諦めようとしたのに、現実はそう上手くはいかないらしい。よくよく考えれば、オスカー様以上の人――性格とかの内面的要素は除く――なんているのだろうか。
特務師団に所属している、というだけでエリートなのに、それに加えて若干16歳にして「オスカー」の二つ名を与えられた天才。爵位を継ぐのは他の方らしいから、女の子で爵位を継ぎたいと考えているイザベラにとってみればこれ以上ない条件ではなかろうか。
<オスカー、クラリッサのことで話がある。今どこにいる?>
私が膝の上で指をいじりながら色々考えていた間に、ラスールが飛んできていたらしい。前方にいるのはオスカー様なのに、彼の声ではない聞き慣れた声が耳に飛び込んできて、私は驚きのあまり思考を停止して俯いていた顔を上げた。
「……養父様、ですか?」
「そのようですね。貴女のことらしいですが……今来てもらって構いませんか?」
私が頷いたのを確認して、オスカー様が了承のラスールを飛ばす。ほどなくして部屋に入ってきた養父様は、急に10歳ほど老け込んだのではないかと思うほど疲れ切った顔をしていた。




