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魔法陣が完成するまでに

 

「これで最後……と」


 パトリチィアとプラーティ先生から頼まれた素材の採取を終え、研究室に戻ろうと踵を返すと右前方に花壇にしゃがみ込んでいるリオ兄様とゲオルクが目に入った。2人に近づき、声を掛ける。


「お二人とも、花壇のお手入れは終わりましたか?」


 どうやら、雑草を抜いていたらしい。2人のしゃがむ隣に雑草が小さく山を作っている。


「あぁ、あらかた終わったよ。クラリッサ嬢も、用事を頼まれたのか?」

「えぇ、もうすぐ魔法陣が完成するだろうから触媒となる素材を取ってきて欲しいとパトリチィア様に頼まれまして。……そうしたら、『ついでに僕も』とプラーティ先生にも頼まれました」

「さすがプラーティ先生、抜け目ないな」


 私が掲げて見せたプラーティ先生の木札を見て苦笑いを浮かべた2人につられて、私も困ったように笑う。笑いが落ち着いてきた頃、「よっ」という掛け声と共に立ち上がったゲオルク様が人差し指で長椅子を指差した。


「クラリッサ嬢、ちょっと話があるんだが――いいか?」

「構いませんが……」


 話って、なんだろう?


 不思議に思ったが、リオ兄様も頷いているのでとりあえず指し示された長椅子に移動する。腰を下ろして素材を膝に置くと、ゲオルクが頭を下げてきた。


「な、なんですか、急に。頭を上げてください」


 驚いて目を白黒させながらそう言うと、頭を上げながら「すまなかった」とゲオルクが呟いた。


「マリエルとパトリチィアのこと……エリオットを通して聞いた。クラリッサ嬢が解決に尽力してくれたって……すまなかった。そして、ありがとう」


「あぁ、そのことですか……。お気になさらず。たいしたことはしてませんから。それに私も、あのお二人が仲違いしているのは嫌でしたし」


「それでも、だ。俺がもっとしっかりしてれば、こんなことには――」


 しっかりしていればって、どういうこと?


 ゲオルクの発言の背景がわからずきょとんとしていると、補足するようにリオ兄様が口を開いた。


「ゲオルクはね、クレア。マリエルの気持ち、知ってたんだ」

「え?」


 マリエル様の気持ちって――マリエル様がゲオルク様のこと好きってことよね?


 私の脳内思考を察したのか、リオ兄様が「うん」と頷く。


「去年の秋の終わり頃、僕らの魔法陣を見せた時にマリエルとパトリチィアが目を赤くして研究室に来たのを覚えてる?」


 唐突にそんなことを言われて、私は記憶を掘り起こす。


 そういえば、そんなことあったような。


「あの時、本当は僕より先にマリエルが来てたんだ。けど、研究室の扉を開けて入ろうとしてたマリエルは急に踵を返してどっかに行っちゃったんだ。僕と一緒に研究室に向かってたパトリチィアがそれを追いかけていって……」


 それでリオ兄様が先に研究室に来たのね。たしか、なんか呆れた様子だったわよね……。


 私は頷きながら先を促す。


「僕が入室した時には、クレアとゲオルクの距離が凄く近くて、頭がくっつきそうな勢いだった。2人とも真剣な表情で魔法陣を見ていたから、そういう雰囲気じゃないことはすぐにわかったけど――」


 そこまで言って、リオ兄様は言葉を濁す。たしかに、自分の想い人が他の女の子とそんな近くにいるところには、入って行きづらいだろう。ひょっとしたら、そういう雰囲気だと勘違いされた可能性もある。


「つまり、マリエル様の目が赤く腫れていたのは、私とゲオルク様の様子を見て泣かれた後だったから、ということですね?」


 パトリチィアの目も赤かったのは、宥めている内にパトリチィアも感情が高ぶったのかもしれないな、と思いつつ発言すると、「そういうこと」とリオ兄様が頷いた。


「今までにも何度かそういうことがあってさ。ゲオルクには伝えていたし、ゲオルクもマリエルのこと好きなくせに、腰抜けでまだ伝えられてないんだ。今回の勘違いはそのせいで起こったようなもんだろ? だから謝ったんだよな、ゲオルク」

「……お、おう」


 顔を赤らめてそっぽを向きつつも、リオ兄様の言葉をゲオルクは肯定した。


 あら。じゃあ、マリエル様とゲオルク様は両想いなのね。


「――なら、気持ちを伝えてあげればよろしいのに」


 ぽつりと漏れた言葉に、ゲオルクが「そんな簡単に言うなよ……」と呟く。


「ま、万が一ってこともあるだろ? その時に研究室の空気が変になっても嫌だし……だから時期を見て伝えようと……」

「それがいけなかったんじゃないか。だいたい、万が一ってなんだよ? あそこまで明らかに好意を向けられていて、まだそんなこと言うなんて、ほんとゲオルクは腰抜けだなぁ」


 ちょ、リオ兄様、流石にそれは言い過ぎでは……!


 あの時だって、とさらに話を続けるリオ兄様と、赤くなってぷるぷるし出したゲオルク様を交互に見て、私はわたわたしてしまう。


 ど、どうしよう、これ……!


 とりあえずリオ兄様を止めなきゃ、と決めた私がリオ兄様、と呼ぼうと口を開いた時、ゲオルクがばっと顔を上げた。


「俺だってなぁ! 俺だって……くそっ、とりあえず、魔術具が恋人のエリオットには言われたくねぇ!」

「僕はそれで構わないし。だから早く伝えてくれよ。全く……」


 ――なるほど。これじゃパトリチィア様がリオ兄様への想いを胸に秘めるのも頷けるわね。


「リオ兄様は、恋人が欲しいとか思わないのですか?」


 内心ではそんなことを思いつつ、せっかくの機会なのでその気がないのか聞いてみる。


「別に欲しくないとは言わないけど……今は魔術具作りが楽しいし、そのために色々するぐらいだったら魔術具を作っていたいかな」

「だから言っただろ? エリオットは魔術具が恋人だって」


 ってことはパトリチィア様にも機会はあるってことね。これは朗報だわ。


「魔術具は恋人じゃない」「恋人みたいなもんだろ」と言い争う2人を眺めつつ、私はどうやら丸く収まりそうな研究室内の人間関係にほっと胸を撫でおろした。



「まぁまぁ、お2人ともその辺で。リオ兄様、あまりゲオルク様の恋路を茶化してはいけませんよ。そんなことをしていると、その内やり返されますよ?」

「僕がゲオルクに? ないない。そもそも僕はそういったことと縁遠いし」


 手を振って大仰に「ない」と言い張るリオ兄様に、「もしその機会が来たらその時は盛大にやり返してやるから覚悟しとけよ」とゲオルクが宣言する。


「では、その時が来ることを楽しみに待ちましょうか、ゲオルク様。――さぁ、お話は済んだようですし、そろそろ研究室に戻りませんか? ひょっとしたら、マリエル様達の魔法陣が完成しているかもしれませんよ」


 目の色を変えた2人ににこりと笑って、膝に置いていた素材と木札を持ち直す。我先にと踵を返した2人を追うように、長椅子から立ち上がって研究室へと足を向けた。


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