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仲直り


 

「それは……っ」


 一瞬声を大きくして立ち上がりかけたパトリチィアだったけれど、その勢いは続かなかった。口をつぐみ、再び腰を下ろす。顔は一層朱色を帯び、目線は私よりも少し右側をうろうろしている。


 ……中々に口が固いわね。さっきの勢いのまま、己の口から言ってくれたらよかったのだけど……。


 パトリチィアが来るまでの間、私も色々考えを巡らせていた。今思い出しても、やっぱりあの照れ具合は普通ではない。


 だとしたら。


 パトリチィアは一体誰を想って、あそこまで照れていたのか。……残念ながら私は該当する人物を1人しか知らない。けれど、おそらくそれで間違ってはいないだろう。



「リオ兄様、なのではありませんか? パトリチィア様の想い人は」

「――っ! どうして、それを……いえ。そこまでお見通しなのでしたら、もう隠すのは野暮ですね」



 一瞬目を見開いたパトリチィアは、観念した、と言う風に肩を上げ下げしつつはにかんだ。


「でも、どうして気づいたのかしら? 私、誰にも気づかれないようにしていたつもりなのだけど……」

「そうですね……気づいた要因はいくつかありますが、確かにパトリチィア様は他の人に気づかれないようにされていたな、とは思います」


 私は顎に人差し指を添え、左上に目線をずらしてこれまでの研究室の様子を思い出す。


 マリエル様は時折ゲオルク様を想っているらしい言葉を呟かれていたり、積極的にゲオルク様の隣に座ったりしていたけれど、パトリチィア様はそういったことはしなかったものね……。


 そんな風に思い返していると、パトリチィアに「要因って?」と聞かれる。私はどう伝えようか、と思案してから「パトリチィア様が私に相談して下さった時のこと、覚えていますか?」と逆に問いかける。


「相談した時のこと?」


「えぇ、あの時、ゲオルク様への贈り物の話だったのに、途中から『リオ兄様に贈り物をするなら?』という話になりましたよね。あの時は、例えとして挙げて下さったのかと思いましたが……」


「だとしても、どんな贈り物を喜ぶかなんて、人によって千差万別です。それなのに、私の答えを聞いたパトリチィア様の様子はとても顔色が良くなっていらっしゃいました。――まるで、求めていた答えが聴けて満足、というかのように」


 一度口を閉じて、再びゆっくり語り出す。


「そして、決定打は『リオ兄様に何も話していないこと』です。1月前ならまだしも、これほど時間が経っていてなお仲直りできていないのに、相談していないのは不自然です」


「ある意味当事者であるゲオルク様には言えなくても、リオ兄様はこの件に関しては部外者で、それでも研究室のメンバーなのですから、普通はリオ兄様に相談するでしょう?」


 1番相談しやすいはずの身近にいる当事者ではないリオ兄様に何故相談しなかったのか。不思議に思っていたが、パトリチィアがリオ兄様に恋心を抱いている、と考えれば納得がいく。


 パトリチィア様にとってリオ兄様は当事者としか思えなかったのよね。相談してしまえば、少なからずリオ兄様を巻き込み、下手すれば自らの恋心に気づかれる危険性もあるもの。


 そんなことを考えながらパトリチィアに視線を戻すと、彼女は小さく息を吐いた。


「まさか、そんなことで気づかれるなんてね……。クラリッサ様の仰る通りよ。私は……エ、エリオットが、好き。エリオットにその気がないのは知っていたから、私の胸の内にとどめておくつもりだったのだけれど……」


 照れながらも、しっかりと自身の言葉でそれを肯定してくれたことに私はほっとする。そして私は目線をパトリチィアの左側、空いている椅子へと向けた。




「――というわけです。誤解は解けましたか? マリエル様」



「え?」



 目を見開いたパトリチィアが、私の視線の先を振り向く。誰もいなかったはずのその場所には、いつの間にかマリエルが俯いた状態で座っていた。机の上に置かれた右手の人差し指には、私がオウムシュラハトで使用した指輪がはめられている。




 マリエルとパトリチィアが誤解を解いて仲直りするためには、2人が直接話し合うしかない。そして誤解を解くには、「パトリチィアがゲオルクを好きではない」と証明しないといけなかった。


 けれど、1月もの間こじれてしまった以上、当事者の2人だけではこの条件を満たすのは難しいだろう。


 だから私は2つの条件を満たすために、まず先にマリエルを呼びだし、決して私が声を掛けるまで声を出さず、姿を表さないよう念押しした上で姿を隠す魔術具を使ってもらった。そしてパトリチィアの本音を引き出すところを見ていてもらっていたのだ。




 パトリチィア様の口が固くてどうなるかと思ったけれど……無事自分の口で「好き」って言ってくれたし、あの様子を見ていればそれが嘘ではないことはマリエル様にも伝わったでしょう。



 そんなことを考えていると、驚いて固まっていたパトリチィアが口を開いた。


「マリエル? 貴女、最初からそこに――?」


 少し肌色を取り戻してきていたパトリチィアが、再び頬を朱色に染めながらマリエルに尋ねる。マリエルは俯いたまま、コクリと首を縦にふる。表情は見えないが、耳が赤い。


「……なんで」


 マリエルが消えそうなほど小さな声でぽつりと呟く。やっと顔を上げたマリエルの顔は、今にも泣きだしそうに瞳を潤ませていた。


「なんで、言ってくれなかったのよっ! 私達、親友じゃなかったの? 最初からパトリチィアがエリオットのことを好きだって知ってたら、こんな勘違いせずに済んだのに……!」


 マリエルの言葉は至極当然だ。私はうんうん、と頷きつつ、寄り掛かっていた窓際の壁から腰を浮かした。


 ここまでくれば、私はむしろお邪魔虫よね。あとは、2人で仲直りしてもらいましょう。


 ああでもない、こうでもない、と言い合う二人を横目に、私は扉の方へと歩いて行く。取っ手に手を掛けた時、後ろから声を掛けられた。


「「ありがとう、クラリッサ様」」


 息ぴったりな様子に、2人はお互いの顔を見て一瞬目を白黒させ、次の瞬間に笑い出す。私はその様子を微笑ましく思いながら、「では、また木の日に研究室で」とだけ言って退室した。



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